第3話 フレイア・ユーサリスはシンにお熱

シンがこの場所を去った後、フレイアの捜索をしていた私兵団が彼女を見つけた。


「フレイア様ここにおられたのですね」


私兵団のリーダーがフレイアへと声をかけた。


「どうしたのですか?本日は大事なパーティの日ですが」


フレイアの言葉が詰まる。

彼女は無断で家を飛び出してここに来ているからだ。

後ろめたかった。

だがリーダーは彼女の現状を見てそんなこと百も承知だった。


「ひとまず服を着替えませんか?そんな服では示しがつきませんよ」


フレイアがボロボロの服を身につけていたのには理由がある。

こんな森の中で高貴な服を身につけていた場合、盗賊などに身代金目的として誘拐されたりする可能性が高まる。

しかし安そうな服であれば盗賊団からも狙う理由が無くなるからだった。


「…」


いつまでも話さないフレイアにリーダーは怪訝な顔をしたが。

やがてフレイアがポツリと呟いた。


「私はどうして立派な服を身につけなくてはならないのでしょう?」

「あなたは貴族の娘なのです。いかなる時でも立派な身だしなみをしていなくてはならないのです」


フレイアはキッと目を細め睨みつける。


「あの人はそんなことを気にしませんでした」

「あの人?」

「私がこんな身なりでも彼は命をかけてクマから私を守ってくれました。あの人は私を助けることに見返りなんて求めていなかったのです。つまり私が追い求めていた真実の愛なのです」

「何が起きたか分かりませんが、ここで他の者と出会ったのですね?」

「他の者ではありません。あの方は私の運命の人です」

「は、はぁ」


フレイア・ユーサリスという少女は生まれながら貴族の娘として生かされてきた。

寄ってくる人間はみんな「フレイア」という少女にではなく「貴族の娘」に寄ってきていた。

そして今回彼女はユーサリス家の今後のために婚約者を決められようとしていた。

まるで自分は景品かなにかのようだと感じていた。


『私は死ぬまで父親の人形なのでしょうか?』


内心ではうすうすそう感じていた。

だがフレイアは自分の好きなように生きてみたかった。

だからフレイアは今日家を飛び出してしまった。


『今日からはこの家を抜け出して、ひとりの女の子として生きてみたい』


そう思った彼女だったが何も知らない箱入り娘は森を抜け出すことすらできなかった。

そして危険な動物に追いかけられるわ、クマに襲われるわと散々な目にあっていたところに登場したのがシンだった。


シンにとっては夕飯を取りに来たら女の子がいたくらいの感じだったのだが。

絶体絶命のところに現れたシンはフレイアにとって運命に見えたのだった。


そして、結婚するのならこの人をおいて他にないとまで思うようになっていた。


「決めました。私は家に帰ります」


その言葉にリーダーはほっと胸を撫で下ろす。

フレイアは彼女にとって主である。

無理に連れ戻すことはできるだけやめたい、かと言って家に帰ってくれないのは論外。

そんな状況で自分から帰ると言ったからホッとするのも当然だった。


「今日のパーティは中断となってしまいましたが、次回パーティには参加なさってくださるのですよね?」

「もちろん。私は次回のパーティに出ます。ですがひとつだけお願いがあります」


そこでフレイアは地面を指さした。

地面にあったのはシンの足跡。

くっきりと刻まれていた。


「この足跡から靴を作りなさい。その靴をピッタリ履けた人こそ私の運命の人であり婚約者候補です」

「え?」


リーダーはポカーンとした。


「無理をさせることは分かっています。しかし私にも譲れないものがあるのです」


リーダーの中では複雑な思いが渦巻いていたが答えは決まっていた。


「仰せのままに」


フレイア自身は気付いていないが、少なくとも彼女に近しい人間は「貴族の娘」だから大切にしている訳ではなく、「フレイア」だから大切に思っていた。


つまり、彼女は自分が気付いていないだけで周りに恵まれていた。



家に帰ったフレイアはさっそく父親の部屋に向かった。

中には心配そうな顔をした父親がいたがフレイアの顔を見た瞬間安堵の表情を浮かべる。


フレイアは余計な会話を省いて本題へと入る。


「お父様、このたびは勝手に家を抜け出してしまい申し訳ございませんでした」

「構わぬ。無事に戻ってきてくれてよかった。すまなかったな。お前の気持ちも考えず婚約者を決めようとしてしまって。どうする?パーティは取りやめるか?」

「いえ、パーティをもう一度開いて欲しいのですが」

「いいのか?婚約者を決めるのが嫌では無いのか?」

「むしろ私は婚約者を早く決めたいと思っています。早くしないと他の人にあの方を取られてしまいます」

「あの方?もう相手を決めているのか?名前を言ってみろ。今すぐにでも呼び出してやろう」

「それが名前も身分も分からないのです」

「そんな相手をどうやって見つけ出せばいいのやら」

「簡単ですよ。どんな身分の人間でもパーティへの申し込みをできるようにして下さい」

「お前は自分の身分を分かっているのか?とんでもない数の応募がくるぞ」

「条件付きですよ。今日私の想い人の靴のサイズが判明しました。それから靴を作り、靴を履くことが出来た人間のみを新たな婚約者候補とします」


「ふむ。良くは分からんがお前の言う通りにしてみよう」


フレイアの父はにっこりと満面の笑みを浮かべる。


「私にとってお前の幸せは一番優先度の高い事だからな。お前が選んだ人間であれば大丈夫だろう」


「ありがとうございます。お父様」

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