第2話 予想もしないこと
掃除は順調に終わった。
ネズミたちは俺の前からほとんどが消えていったが、一匹だけ残ってる。
最初に俺の近くにやってきたネズミだと思う。
そいつは俺に懐いたっぽい。肩の上まで登ってきてた。
「ちゅっちゅー!」
「なに言ってるのかわかんないけど、掃除の件は助かったよ。お疲れ様」
掃除が終わってやることもなくなった。
(少し早いけど夕食の準備でもしようかな)
俺はいつもこっそりと家を抜け出して近くの森まで夕飯の食材を取りに行ってる。
獲物を探すのも兼ねて今日は早めに出ようかなと思ったのだが。
がんがんがんと乱暴に旧館の扉が叩かれる。
こんな叩き方をしてくる人間はだいたい予想できる。
(ハリントが出ていく前の挨拶にでも来たのか)
扉を開けてみるとそこにはやはりハリント。
それからその実の息子であるジョージが立っていた。
ジョージの身なりはとても綺麗だった。
貴族の子供にふさわしいような綺麗な肌、そして綺麗な服。
装飾品をいくつも身につけているが、そのどれをとっても高価なものだろう。
逆に俺はボロボロの布のような服を着ているだけ。
これが「忌み子」と「愛し子」の違いだ。
「これよりユーサリスの家へ向かう」
ジョージがぷぷぷと笑ってた。
「お前には一生縁のない場所だろうね、お前は死ぬまでこの埃まみれの場所で……」
話の途中ですまない。
殴らせて頂きます。
吹き飛ばされてジョージは尻もちを着いた。
「俺に絡んできてもお互い得することないだろ?そのへんでやめとけよ」
「この灰まみれがぁぁぁぁぁ!!パパァァァ!どうにかしてよぉぉぉ!!!」
だがハリントには俺をどうすることもできない。
俺は「表向きには」貴族の息子として生を受けてる。
その貴族の息子になにか起これば損をするのはハリント自身。
だからこいつは俺に手出しできない。
俺がこいつらにペコペコしていない理由はこんなところだ。
「このゴミが僕を殴った!!許せないっ!」
ジョージは喚いているが、俺はすっぱりと言い切った。
「お前らと会話するのは時間の無駄だ。とっととユーサリスの家にでも向かうがいい。俺も俺の時間を過ごす」
俺は2人の横を素通りして森の方へと向かっていった。
◇
森の中に入ると今日の夕食を物色する。
森の中は食材が歩いてる。
まず目に入ったのはボア。
(ボアは昨日食べたな)
パスだな。
なによりボア肉は固くて俺はあまり好きではない。
どうしても他の食材が見つからなかったら食べるくらいだ。
食材を探して森の中を練り歩いてた時だった。
「きゃぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!!!」
つんざくような悲鳴。
(あっちか、【
考えるよりも前に俺の体は動いていた。
道無き道を通り悲鳴の出処まで最短で突っ走る。
やがて俺の目に映った光景は、ひとりの女の子が一匹のクマに襲われているところだった。
「グォォォォォォォォォォ!!!!」
「魔弾」
俺の手から魔力の塊が放出された。
クマに当たる。
クマは倒れた。
「大丈夫?」
女の子に近付いてみた。
女の子は俺と近いかっこうをしていた。
ボロボロの布のような服に乱れた髪の毛。
(なぜこんなところにいるんだろう?)
理由は分からないけど、まぁいいか。
女の子は我に帰ったように口を開いた。
「ありがとうございました」
「別にいいよ。今日の晩飯を確保したついでだし」
驚いたように女の子は目をぱちぱちとさせた。
「晩飯とは?」
「このクマだよ。意外といける」
「食べられるのですか?」
「このクマ【フルーティベア】って言うんだけど、普段はフルーツを食べてるから肉は甘いよ」
「えっと、私食べられかけましたけど?ほんとにフルーツ食べてるんですか?」
「あれは君が縄張りに入って怒ってただけだよ。食べるつもりは無い」
「なーんだ。追い払われてただけなんですね」
「食べることは無いけど。こいつは人を殺すよ。危ないところだったね」
「ひぇっ」
女の子の顔から血の気が引いてた。
・
・
・
「ほんとにフルーツみたいな味がするのですね」
クマを食べ終わった。もちろんネズミも一緒だ。
女の子はネズミを見て首をかしげてた。
ネズミを連れ歩く人間なんてどこの世界でも珍しいからだろう。
ちなみにクマ肉だが全部は無理なので食べられる分だけ食べた。
残った肉は他の動物が食べてくれるので命を粗末にするな勢も黙ってくれるだろう。
「さてと、じゃ俺は食事も終わったし帰るね?」
そう言って帰ろうとしたところ、女の子が慌てたような様子で俺の手を掴んできた。
「お待ちください」
「なにかあるの?」
聞いてみると女の子は深呼吸して名乗る。
「私はフレイア・ユーサリスと申します」
口から出てきた名前は予想もしていなかった。
(ユーサリスの娘か。でも、なんで?護衛もなしにひとりでこんなところにいるんだ?)
「今日は私の家で私の婚約者候補を決めるパーティがあるのですが、私は親に婚約者を決められるのです。それが嫌で逃げてきました」
(それは俺も知ってる)
ユーサリスの家はかなり地位が高い。
だから俺の父親ハリントもこの家とコネクションが欲しくて今日のパーティに息子を連れて出席しようとしてたという背景がある。
「でも君は貴族だろう?逃げても連れ戻されるのは分かるだろう?」
「はい。ですが、もう連れ戻されることにします。私は決めました。あなたと結婚したいです」
「ん?」
「ぜひ、私の婚約者になってください。あなたなら父も了承するでしょう。私と一緒に家に向かってくれませんか?」
そのとき、声が聞こえてくる。
「フレイア様ー?!どこですかー?!」
「聞こえたら返事をしてください!フレイア様!」
(ユーサリスの関係者がフレイアを探しに来たか。俺がここにいるのがバレたら厄介なことになるかもしれない)
パッと見の俺は明らかに身分の低い男。
そんな男の横にフレイアがいたらまずは身代金目的の誘拐を疑われる。
そうなれば厄介なことになるだろう。
「ここにいまーす」
あろうことかフレイアは居場所をバラした。
恐らく俺が考えてるくらい、深いところまで考えていないんだろうけど
(タイムリミットだな。これ以上はここにいられない)
「じゃあね、フレイア。もう会うことは無いだろう。俺と君は住む世界が違う」
俺はフレイアの手を振り払ってこの場を逃げ出した。
これでいい。
それに、俺には目的がある。
実の両親であるへーロとビルティの顔面に鉄拳パンチをぶち込むっていう目的。
その目的の前ではフレイアとの婚約という話がどう影響してくるか分からないし。
今の対応としてはこれがベストだろう。
(俺を捨てたこと後悔させてやる。お前らのせいで俺はこんな生活を送ることになったんだからな)
これまでの14年ほど。
実の両親を憎まなかった日はない。
俺の胸の内では復讐の炎は絶えることなく燃え盛っている。
(誰にも俺の復習を邪魔はさせない)
必ず奴らを地獄へと落とす。
それはそうと、ネズミさん。肩に乗るのは構わない。
でも、尻尾が当たってるよ。
キュートでロングな尻尾が鼻にあたってくすぐったい。
真面目な話してるんだからひっこめてくれないか?
ぶえっくしょん!!!!
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