クラン加入試験
第9話 キミと一緒に旅するために
月の光に目を細めながらルプスがはにかむ。
「リュートにこの車で運んでもらってるのに、そのリュートを“送り届ける”って表現はヘンだけど……でも安心して。もしミュータントと遭遇したらあたしが戦うし、それに村に着いたら村長には話を通すからさ」
ルプスは得意げにぐいと胸を張った。
「もちろんリュートが旅をするって言うなら、反対はしないよ。リュートが普通じゃないってのは認める。クロコも優秀なAIだしね」
クロコが『そうでしょう』と胸を張るようなポーズをとる。
「今回だってトラックがなかったらこんな安全に、快適に、移動できなかったかもしれない。リュートが機転を利かせてくれたおかげだよ。ありがとう」
ご飯も美味しいしね、とルプスは微笑んだ。
それから「……本音を言えばあたしは──……」とまで言って、ルプスは「なんでもない!」と首を横に振った。
思ったことはハッキリという彼女らしくない行動だった。
「とにかく! 明日は村に行こう! 大丈夫大丈夫、この車ならすぐに着くから!」
「……あっ!」
ルプスが放った言葉で、リュートは閃いた。
(すぐに着く、そうか……! ゲームよりも展開が早いんだ!)
『
(やばい、俺の行動で本来のルートとは違うシナリオ展開になってるってことじゃん!)
親密度が足りていない。そして、ともに旅をする必然性が足りていない。
〈
「ルプス、俺は──……」
「ん? どうしたの?」
「…………いや、なんでもないよ」
君と旅がしたい。
そう言えばいいのに、どうしてか言葉は口の中にとどまったままで。
結局、夜のはじまりを告げる冷たい風が荷台に吹きこんできて、ささやかな晩餐会はお開きとなった。ルプスはそのまま荷台でポルルクゥと眠るという。
リュートは運転席に移ると、腕を組みながら目をつぶる。眠りにつく前のひとり反省会だった。
(……今の俺はゲームの主人公ほどにはルプスに頼られていない。そりゃそうだ。積み重ねた信頼がないんだから)
(それなのに一緒に旅がしたいだなんて俺の願望を押し付けたところで彼女を困らせるだけだよな……)
きっと人がいいルプスは眉を八の字にしながらも、ともに旅をすることを検討してくれる。けれどそれは相手の善意に付けこんでいるだけだ。
憧れのヒロインにそんな顔をさせたくない。
そんな想いがあったから「君と旅がしたい」と言い出せなかったのだと、リュートは気付く。
では、諦めるのか?
(それは、ない。それだけはありえない。俺はルプスとの旅を諦めたくなんかない。それすら諦めちまったら、もはやなんのために『
前世で死ぬ直前、もし生まれ変われるならルプスと一緒に旅がしたいと強く願ったのは本心からだった。それほどリュートにとっては、自分の誕生日をたった一人だけ祝ってくれたルプスは大きな存在だった。
(じゃあ、どうするか? そうだな──……)
リュートは考える。考える。口下手な自分にできることはそのくらいだからと、相手に信頼してもらえる方法を考える。
星々が夜空を埋めつくすころには方針が定まって。
目標はブレていない。覚悟は決まっていた。
* * *
リュートはほのかな眩しさに目を覚ました。
(朝日で起きるとか……いつぶりだ? てか、そんな経験したことないか?)
大自然のなかにいるんだということを肌で感じながら、意識が覚醒していく。伸びをすると体のあちこちからパキパキと音がした。
「う……凝ってやがる……」
運転席で座って寝ていたためである。
(まあでも、ルプスと一緒に荷台で寝るわけにもいかないしな……あの子に警戒されたら俺、泣くぞ)
トラックをおりてストレッチをしていると腹がぐぅと鳴った。
(
「ふふっ、お腹すいたの?」
トラックの陰からルプスが現れた。腹の虫が鳴くのをバッチリ聞かれていた。しっかり恥ずかしいじゃねえか、とリュートは誰に対するでもなく文句を言う。
「おはよう、ルプス」
「ん。おはよう、リュート。朝ごはん作ったから、起こしに行こうと思ってたんだ。そしたら、ふふ」
朝日に包まれながらルプスは笑う。
(ああ、『
「ほら食べよう、腹ペコさん」
「ぜひいただきます」
そういうわけで、二人は荷台に腰かけて朝ごはんとなった。メニューはルプスの作ったお椀いっぱいの雑穀の粥(ヤギの乳入り)である。素朴ながらも濃厚な味わいだ。
「でさ、リュート」
ルプスは白い息を吐きながら言う。
「これからどうしたいか決まった?」
「俺は──……」
リュートは昨晩考えた方針と、固めた決意をいま一度思い返す。
親密度が足りない? ならこれから増やしていけばいい。
ともに旅をする必然性がない? なら作ればいい。
そのために。
「
「…………ほぇ?」
ルプスの声が裏返った。目が点になっている。想像もしていなかったという顔だ。
一方でリュートの顔は覚悟が決まっている。オッドアイを微塵も揺らさず、真っ直ぐにルプスを見つめる。
「考えたんだ。今の俺にはやりたいことがあって……でも、今のままじゃ説得力が足りない」
「うん……うん?」
「だから、新人
勢いよく頭を下げる。慌てたのはルプスだ。
「ちょっ、ちょっとまってよ! リュートがうちのクランに入ってくれたら心強いとは思うけど……じゃなくて! あたしにはなにがなんだか分かんないよ」
「え、ど、どのへんが?」
「どうして
「それは、その」
君と一緒に旅をしたい。迷惑をかけずに、並び立って。
そんな純度の高い不純な動機を言えたらいいが、いかんせん、そこまで明け透けに言うのはリュート的には恥ずかしいことで。
(というかキモいって思われたら死ねる! ほぼストーカーだもんな!!)
だが、そんなリュートの不純な純情を──脳波を読み取れる人物が一人。否、一機。
『リュートはルプスに惚れたので対等な存在として、ともに人生を送りたいそうですよ』
クロコだ。どこからともなく現れたクロコが、リュートの頭上によじ登りながら爆弾発言を投下したのだ。
リュートは味方のふりをした伏兵に慌てた。
「ばっか、クロコおまえ!」
『なにか違いましたか?』
「ちがうっつーの!」
リュートは頭上のクロコの言葉を必死に否定する。
しかし隣のルプスに尋ねられる。
「ちがうの、リュート?」
「ちがいません!」
思わず即答。彼女への純情を否定したくないという反動から脳が暴走して、リュートの答えはつい一秒前とは真逆のものになっていた。
それを聞いたルプスはというと。
「へえ、そうなの、へえ、ふぅん、君があたしを、ねえ」
値打ちを確かめるように「へえ」だの「ほお」だのを繰り返す。
リュートは絶望した。
(やばい、キモいって思われた……終わった……!)
憧れていたヒロインから蔑みの目を向けられることを覚悟しながら、ちらりと半目でルプスを見た。
するとバチッと火花が散るように目が合う。
「……なにさ」
ルプスの頬はこころなしか緩んでいた、ようにリュートには見えた。しかしルプスは慌てたように目を逸らしてしまい。
(あれ、意外とキモがられてない……? いや、でも目を逸らされたし……どっちだ?)
ルプスはわざとらしく咳払いをひとつする。
「まあね、いいよ。動機はなんでも。
「て、適性、ッスか」
「そう! もしウチの
ルプスは粥の椀をそばにおくと、人差し指をピンと立てて宣言する。
「リュートには加入試験を受けてもらいます!」
「か、かにゅうしけん?」
「そーです! こうなったらいちばん近くの村じゃなくて……あたしが拠点にしてる集落まで来てもらうよっ」
いい? とルプスは問うてくる。
リュートは頷く。
「んじゃ、食べ終わったらしゅっぱーつ。おー!」
「おー!」
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