第5話 二兎を追う者は

「──という事情があってですね。俺はけっして変態というわけでは……」


 リュートは隣を並走する少女・ルプスへと言い訳のような説明を尽くした。

 二人は施設の出口へ向かって走りながら会話をしている。互いに息切れひとつないのが人間離れしているところだ。


「ふーん。さっき生まれたばかりの人工生命体だから服を着てない、と」

「そう! 好きでこんな姿じゃないんだ!」


 リュートは力説する。人造灰人ホムンクルスがなんなのかは長くなるので割愛したが、さっき生まれたばかりの人工生命体だから着るものが無いのだと伝えると、ルプスは唸りながらもひとまずの納得をしてくれた。


「うーん……とはいえ、パンツが喋るのはまだ納得できないけど、〈超越遺物オーパーツ〉ならありえる、のか?」


 ややちない様子。それに不服を唱えるのはクロコだ。


『むっ、失礼な。私はバグズロイドです。本来ならば蜘蛛の姿なのですよ? 証明してみせましょうか』


 クロコはカチャカチャとパンツフォルムから蜘蛛フォルムへと変形しようとする。


「きゃああ!」と悲鳴をあげたのはリュートだ。


『なんですかマスター。かよわい女の子みたいな声を出して』

「なんですかじゃねえよ! クロコが変身したら俺のアレが見えちゃうだろ! 俺の尊厳を守ってくれよ! えっち!」


 恥ずかしそうに金属パンツことクロコを手で押さえる。

 ルプスは一連のやり取りを呆れた目で見つめて。


「こーゆーときって見せられたあたしのほうが、きゃあ! って言うのがフツーなんじゃないかなあ」


 しかしリュートは首を横に振った。


「いや、ルプスはそんなキャラじゃない」


 『灰路彷徨グレイ・トレイル』をプレイしていたから知っている。

 ルプスは独特なキャラクターだった。


 見た目は孤高の銀髪美少女なのだが、言動はボクっ娘にちかい。喜怒哀楽もしっかりしているし、距離感も近い。

 さっぱりとした性格で嫌味がないのが人気の秘訣ひけつ


 けれど、一人称は「あたし」だ。そして何度見ても美少女。

 想像して欲しい。

 男友達のような距離感でのスキンシップ、それが彫刻めいた美少女フェイスによって繰り出される。


 。それがルプスの神髄しんずいだ。

 近いから親しみを覚える。安心する。けれどふとした拍子に「あれ、この子って美少女すぎない? こんな距離が近くていいんだっけ」とドキッとさせられてしまう。


 そんなギャップに多くのプレイヤーの脳はやられてしまった。

 もちろんリュートも。だからこそ断言する。


「ルプスならきっと『うわぁ!』って叫ぶ、そういうキャラだ……!」 

「ちょっと! なんであたしのキャラとか分かるのさ! 初対面でしょ!」


 ルプスが抗議の声をあげる。

 するとクロコがボソッと呟く。


『……光学迷彩ステルスオン』


 その声をトリガーに、クロコの機体……つまりは金属製のパンツがみるみるうちに透けていく。


「うわぁあ!!!」とルプス。

「きゃああああっ! クロコっ! やめろおまえっ!!!」とリュート。

光学迷彩ステルスオフ』とクロコ。


 AIのささやかな反乱によってルプスの真の反応が明らかになった。たしかにルプスは「うわぁ!」と叫んだ。リュートの見立てどおりに。


「うぐ……たしかに当たってたけど……なおのこと、どうしてあたしの性格とか知ってるのさ」


 ルプスに言われてリュートは焦った。

 思わず熱をこめて語ってしまったが、さっき出会った相手の性格を知っているなどありえない。


「えと、ゲーム内で……じゃなくて、ほら、〈超越遺物オーパーツ〉がアレコレ機能してて色々知ってるんだ」

「ふー……ん? まぁ、超越技術オーバーテクノロジーだし、そういうこともあるか」


 一応の納得を見せるルプス。リュートはホッと胸をなでおろした。

 ルプスも〈超越遺物オーパーツ〉と呼ばれる先史文明の遺物を使いこなしているため、信じやすかったのだろう。

 たとえばルプスが頭に乗っけているゴーグルも生体反応を検知することのできる〈超越遺物オーパーツ〉だ。


『お二人とも、もうすぐ出口です。イチャイチャするのはそのくらいに』


 クロコのたしなめるようなセリフに、リュートはまんざらでもなさそうに言う。


「俺たちはそんな、へへ、いちゃついてなんかないぜ?」

「そうだよ。あたしだってそんなつもりないんだから」

「んぐっ……!? そ、そうだよなー、うんうん」


 素っ気ない対応にダメージを受けるリュートだったが。


(ま、ゲームのときだってちょっとずつ親密になっていったんだし、もう一度仲良くなっていけるって考えたら、それはそれで楽しみか! 

 てか、ゲームと違ってルプスの表情の細かい変化だって感じられるし、むしろラッキーじゃん!)


 とポジティブな答えを出した。


『それで、ルプスさんは移動方法のあてはあるんです?』

「もちろん! 相棒の騎獣きじゅうに乗ってきたんだよ!」


 騎獣きじゅう。それは『灰路彷徨グレイ・トレイル』における馬だ。馬が〈灰幻素グレージュ〉という未知の物質に適応した結果、天然の装甲をまとった姿へと進化したのだ。

 平均速度はバイクに匹敵する。


『なるほど。騎獣きじゅうでしたら平気でしょう』

「でしょ? ずっと旅をしてきた、頼れる相棒なんだ。ポルルクゥって名前なの」


 クロコとルプスのあいだで話がまとまりつつある。

 けれど。


「──いや、やめておこう」


 リュートは異を唱えた。

 首を傾げたのはルプスだ。


「む? 怖がらなくても平気だよ?」

「ええと、そうじゃなくって……」


 口ごもるリュート。なぜなら。


(マズい、このままだとルプスは大怪我を負うことになるんだ……!)


 それは『灰路彷徨グレイ・トレイル』のプレイヤーだったリュートにしか知り得ない展開。


 ルプスと主人公を乗せた騎獣きじゅうは〈灰幻嵐テンペスト〉によって巻き上げられた岩の直撃を避けられずに命を落としてしまう。落馬したルプスたちは逃げ延びるために、仕方なく騎獣きじゅうと荷物を諦めて歩いた……ということが彼女の口から語られる。


 とくに厄介なのはロストした荷物だ。


 荷物には彼女の戦闘面をサポートする〈超越遺物オーパーツ〉なども含まれており、それを失った彼女は弱体化した状態でしばらく戦うことになる。


 結果、ルプスが大怪我を負う展開へと繋がってしまうのだ。


(くそっ、騎獣きじゅうって単語ワードを聞くまで思い出せなかった……!)


 リュートは己を責めるが仕方のないことだった。

 知識は万能ではない。

 憶えていることとすぐに思い出せることは違う。先の展開を知っていることは大きなアドバンテージだが、いつでも活用できるわけではない。


(ルプスに「相棒の騎獣ポルルクゥを捨ててバイクに乗ってくれ」って……説得をするのか? できるか? 時間もないのに?)


 二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず。

 今も未来も欲すれば、待つのは破滅かもしれない。今を生き延びなければその先だってあるはずもないのは確かだ。

 しかし、のちのちルプスが傷つくことだって簡単には受け入れられない。

 人の心とは難儀なんぎなもの。

 だが現実は非情だ。悩んでいる時間などなく。


『リュート、間もなく出口です。いかがしますか』


 クロコがリュートの思考を察したうえで尋ねてくる。つまり、他の道を選ぶのか、どうするのかということだ。彼女は優秀ではあるがあくまでAIでしかない。

 ゆえに、決めるのはリュートでなければいけない。


(くそ……本当にそれしかないのか!? 今も未来も犠牲にしないような、二兎にとを追う者が二兎にとを得るような奇跡は無いってのか──!?)


 リュートは必死に『灰路彷徨グレイ・トレイル』の設定を思い出す。利用できるなにかがなかったかと脳をフル回転させる。そして、あたりを見渡して。


 閃いた。


「クロコ、加速念話プルス・テレパスだ。作戦会議といこうぜ」


 その言葉をトリガーにクロコが加速念話プルス・テレパスを発動。

 リュートの意識は加速領域へと誘われ──……


 長くて短い一秒後。

 を終えたリュートは、確信をもって不敵に笑ってみせた。

 

「ルプス、先に外に出ててくれ。絶対に追いつくから」

「えっ!?」


 ルプスが不安そうな顔をする。


「まさか無策だとは思わないけど……ほんとうに大丈夫なの!?」

「ああ、もちろんだ!」


 力強くリュートは頷く。

 ルプスは躊躇うように視線を揺らすが、結局は覚悟を決めて出口のほうを見つめた。


「じゃあ、待ってるからね」

「ああ」

「絶対だからね!」

「ああ!」


 そう言って、ルプスは丁字路を左に、リュートは右に曲がった。

 一人きりになったリュートは呟く。


攻略開始ミッションスタートだ。さぁ、を捕まえに行こうか──」




 ◆ Tips ◆

 騎獣きじゅう

 『灰路彷徨グレイ・トレイル』の大地にて〈灰幻素グレージュ〉に適応した馬。鎧のような外殻をもつ。

 他にも魚や鳥、虫などなど、〈灰幻素グレージュ〉に適応した姿がそれぞれある。大抵は灰色の外皮・外殻を持つ姿になる。

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