第4話 運命の出会い

 だだっ広い空間に、培養ばいようポッドが真っ直ぐに列をなして並んでいる。それが何列も何列も続いている。

 その間を、金属製メタリックパンツ一丁の男──リュートが全力で走っていた。


(さっきまでは気にしないようにしてたけど……ここ、広すぎないか?)


 窓のない空間。地下だろうかとリュートは考える。

 見渡す限り一面の培養ばいようポッド。遠くのほうなど光の点にしか見えない。

 透明なが寒色の間接照明によって照らされているさまは、なんともSFらしい異様な光景だった。


「なぁ、気になってたんだが。これってクローン、だよな」

『もちろんです、リュート。あなたと人造灰人ホムンクルスたちです』


 パンツ──もとい、優秀なサポートAIのクロコが答える。

 下半身から声がするのに慣れないなと思いつつも、彼女の返答に納得する。


「そっかあ。じゃあ俺の見た目もこうなのか」


 通りすぎてゆく同じ顔の男たちを見つめる。


 灰色の髪。黒と赤の色違いの瞳オッドアイ

 引き締まった肉体。

 そして中性的なイケメンフェイス。


 いずれも『灰路彷徨グレイ・トレイル』の主人公の見た目の特徴に一致する。


「うーん、イケメンに転生できてよかった」


 などと軽口をたたいてみるが、リュートは実際には別のことを考えており。


(こんなシーン、


灰路彷徨グレイ・トレイル』本編では、主人公はメインヒロインのケモミミ少女・ルプスに助けられたところから始まる。

 そこからシナリオが進んでいくうえに、主人公は記憶喪失だった。

 つまり、のだ。


(『灰路彷徨グレイ・トレイル』だと、砂漠の岩陰でルプスに膝枕ひざまくらされながら目を覚まして……あっ、俺もルプスに膝枕ひざまくらされたい!)

『リュート。真面目に』

(はい)


 頼れる仲間であるAIにたしなめられ、冷静になって序盤のシナリオを思い出していく。

 サービス開始から五年も経つ人気作だ。

 その開幕のエピソードともなると、ヘビーユーザーであっても詳細に思い出すのは容易ではない。

 普通なら。


(たしかルプスは『〈灰幻嵐テンペスト〉が来る前に助けられてよかった』とか『建物から生体反応があったから』とか『せめて君だけでも』って言ってたよな?)


 リュートは正確に思い出す。


(ってことは、もしかして主人公が助け出された建物が……なのか?)


 そう考えると辻褄つじつまが合う。


(やっぱり俺は『灰路彷徨グレイ・トレイル』の主人公に転生したのか)


 改めて考えると感慨深い──などとひたっていたかったが状況がそれを許さない。

 それに。


(なんか違和感があるんだよな。俺が主人公なんだとしたら、このクローンたちはなんなんだ? 主人公候補か? にしては一向に起きる気配もないけど)

『リュートの疑問には私が答えましょう。優秀なAIなので』

(おお、頼もしい)


 走りながらなので口を開かずに念話で応じる。


『彼らは目覚めません。なぜなら人格がインストールされていませんので』

(……ん? ああ)


 そういえばそんな設定あったっけと思い出す。

 人造灰人ホムンクルスというのはつまり人造生命体だ。当然、“創造主”がいる。


『彼らは、“創造主”の手によって人格がインストールされて初めて意識を得るのです』


 そう、『灰路彷徨グレイ・トレイル』でもそのような設定だった。

 じっさい、シナリオが進むにつれ主人公に人格を与えた人物が明らかになっていくのだが、それはさておき。


(つまりこいつらって今の状態は)

『人形と言っていいでしょう』

(そう、なのか)

『むしろリュート、あなただけなのです。意識を宿した個体は。あなたが特例なのです』


 特例と言われるとむず痒く感じてしまう。


(へへ、そんなそんな……とかやってる場合じゃないよな!)

『そうですよリュート。いくら特別でも生き延びなければドクロです』

(こえーこと言うなよ!?)


 リュートは培養ばいようポッドの畑を抜け切ると、部屋のドアを見つけて駆け寄る。


『当施設の警備システムに侵入。ドアのロック解除を試みます。開始──………………成功』


 クロコがスムーズに導いてくれるままに、部屋の外へと一歩踏みだす。


「……じゃあなクローンたち」


 リュートはそう呟いて部屋をあとにした。



 * * *



 右、左、左と角を曲がって走っていく。

 地下ではないかというリュートの推理は残念ながら当たっていて……つまりは、地上に出るまでに時間がかかってしまうということ。


「クロコ! 残り時間は!」

『〈灰幻嵐テンペスト〉の到着まで6分19秒です』


 六分以上もトップスピードで走りつづけていたことになる。

 だというのに息ひとつ乱れていないとは。さすがは人造灰人ホムンクルス。リュートはこの肉体を授かったことを感謝していた。


「……それで、施設の出口までは?」

『2分もあれば』

「あれ? 施設を出てからはどうすりゃいいんだ? 〈灰幻嵐テンペスト〉と追いかけっこ?」

『走ってください。……と言いたいところですが、私の権限で遠隔操作可能なバイクをすでに外に手配済みです』

「さっすがクロコさん。優秀なAIだな」


 リュートはホッとした。

 このまま順調にいけば──……


 そう思った瞬間だった。


『! 警告! 曲がり角の先に生体反応アリ!』

「へ?」


 クロコの言葉の意味を理解するより前に衝撃がやってきた。



 ドンッッッッ!!!



「ぃでっ!」

「っきゃあっ!」


 二つの悲鳴が上がる。そう、

 ひとつはリュートのもの。そしてもう一つは。


「う…………イテテ………………」


 しりもちをついた女の子がいた。


「もぅ……なんなのさ……」


 女の子は、着けていたゴーグルをずらしてリュートを見てきた。


 そこでリュートはハッとした。

 


「あ、え……そうか……まじか……」


 どう考えても、人造灰人ホムンクルスであるリュートが全速力で衝突したのだから「イテテ」で済はずがないのだが、それで済むほど優れた身体の持ち主であり。

 Lupusを意味する名のキャラクター。


「──ルプスだ」 


 曲がり角でぶつかったのは、リュートが恋焦がれた少女──『灰路彷徨グレイ・トレイル』のメインヒロイン。

 ルプス=サファイアナイトだった。


 リュートの目が一瞬で奪われる。

 それほどまでに美少女だった。


 白銀のサラサラヘアは薄暗い施設の通路でも輝いて見える。

 そして名前のとおりに煌めくサファイアブルーの瞳。

 オオカミの遺伝子を持つキャラクターであるため、もふもふとした尻尾も持つ。


「……まじのルプスだ……」

「うぅ……、って……んん?」ルプスはしりもちをついていた姿勢から体を起こして「キミいま、あたしの名前、呼んだ?」


 サファイアの瞳がきゅるんと光る。


「あ、えっと……」


 リュートはもごもご口ごもる。しかし明瞭な答えを返す前に、ルプスが悲鳴に近い声をあげた。


「ってキミ! なにその格好!」

「え?」

「ちょっと! ちゃんと服着てよ!!!」


 言われて、自分の体を見下ろす。

 全裸。

 ……に、申し訳程度のメタリックパンツ(サポートAI搭載)。


 ルプスはサーっと青ざめた顔をして唇をわななかせて言う。



「変ッ態! 金属パンツ男だーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」



 会いたかったヒロインとの運命の出会いは、パンイチでした。




 ◆ Tips ◆

 ルプス=サファイアナイト

灰路彷徨グレイ・トレイル』のメインヒロイン。 犬狼族カーニスの少女。

 白髪碧眼で尻尾がもふもふ。

 ゲームでは、培養ポッドから出てきたばかりの主人公プレイヤーを助けて運命の出会いを果たす。

 なお今回は金属パンツ男と遭遇してしまう。

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