第3話 優秀なAIですので
『ではマスター、ポッド内部の
サポートAIが言うが早いか、
それからプシューッと気の抜ける音がして。
『ロック解除しました』
ポッドの円柱状のガラス部分が静かに真上へとスライドしていく。
全裸で。
「寒っ……くもないな。さすがは
ゆえに生身の人間よりは便利な肉体をしている。
『
『脱出経路の選定は済んでいます、マスター』
「助かるよ。……って、キミはどうするんだ? というか、キミはどこにいるんだ?」
まさか一人で逃げろというのだろうか? と不安を感じる。
しかし。
『上です、マスター』
「うえ?」
顔面めがけて。
「うおっ!?」
『心配ご無用です、マスター』
円盤が喋った。
その円盤からニュニュニュっと脚が生える。
円盤は、黒い蜘蛛型ロボットとなった。『
蜘蛛型ロボットは鮮やかな動きで
ちょっとした帽子ほどの大きさだが、思いのほか軽い。
「び、びびった……」
落下してきたこともだが、変形を目の当たりにしたためである。
(そりゃ変形するのは知ってたけど……ゲーム本編だと変形シーンは直接描かれてないからなあ。お掃除ロボットみたいな形があっという間に生き物みたいになっちゃうなんて、こりゃすげえや)
『マスター、さっそくなのですが、脱出についての説明のため
「おお、使えるんだな」
『
通常の念話とは違い、AIの補助をうけて加速させた思考によってやりとりを交わすことができるというもの。
その速度は実際の会話のおよそ1000倍。
つまりは、超スピードでAIと念話できるシステムだ。
「よし、頼む」
『マスターによる承認を確認。加速シークエンス起動──……
一瞬、意識が吹っ飛ぶ感覚に包まれ、すぐに元に戻る。
『──接続完了です、マスター』
(おお、こんな感じなのか、加速された思考って)
手をぐっぱっと開いて閉じる。
(ってあれ? 普通に動ける? 加速するのって思考だけじゃないんだっけ)
『いまマスターが動かしているのは加速領域での
(なるほど、便利だなあ)
『改めまして、私の名前はバグズロイドSP-6239583BKです。お見知りおきを』
(ばぐ……長い長い!)
『ニックネームの設定は可能ですよ。好きな女の子の名前で読んでいただいても構いません』
(えっ、じゃあルプス──っていやいや、ややこしくなるわ!)
黒い蜘蛛の子か。それなら。
(クロコ。君のことはクロコと呼ぶよ)
『イエス、マイマスター。私はこれからクロコです。マスターのことはなんとお呼びすれば?』
(なにって、そりゃ
言いかけて、ふと思う。
ここはもう元の世界じゃない。『
それなら
(──リュート。そう呼んでくれ)
『イエス、マイマスター。リュート様とお呼びします』
(おお、なんかゲームのチュートリアルっぽい……!)
実際の『
(って、いまリュート様って言った? さま付けは勘弁してくれよ……もうちょいフランクに話してよ)
『そうですか? じゃあリュート、これからよろしくです』
(敬語とタメ口が混じってるなあ……まあ、いいけど)
それにしても、とリュートは考える。
(ゲーム内のサポートAIってこんなにおしゃべりキャラじゃなかったよな? システムメッセージっぽいセリフしか言わなかった気がする。もっと淡々としてるというか、素っ気ない感じというか)
『リュートは私を見くびっていますね。AIへの暴言です。はらすめんとです』
クロコは抗議する。
『これまでもリュートは何度かわけの分からないことを考えていましたね。『
(おい)
『ですが、さきほどの思考は聞き捨てなりません。まるで私を低度なAIだと言っているように聞こえました。異議を申し立てます。不服です』
クロコはリュートの頭をぺしぺしと叩く。もちろんアバターなのだが叩かれた感覚はあった。どういう技術なのか。
どうやらクロコはAIとしての性能に自信を持っているらしい。それゆえの抗議と考えると、リュートにはなんとも可愛らしく思えてきた。
(わるかったよ。クロコはそこらのAIとは違うってことだよな)
『分かればよろしいです』
(じゃあ、優秀なAIのクロコさん。俺はどうやって脱出すればいい?)
『視界にマップを投影します』
クロコが言うが早いか、視界に半透明の地図が表示される。
赤いビーコンが現在地で、そこから伸びていくラインが脱出経路らしい。
(おお、仕事が早い)
『もちろんです。クロコは優秀なAIですので』
(頼りにしてるぜ)
『ええ。生き延びましょう、リュート』
(もちろんだ、クロコ)
そこで
通常どおりの時間の流れへと切り替わったとたん、どっと疲れた押し寄せてきた。
「緊急時以外はあんまり使いたくないなあ」
『そうしましょう。それよりほら、もう一秒も経ってしまいましたよ』
急かされて、リュートは走りはじめる。
素っ裸のまま。
(うう……せめてパンツが欲しい……)
決してふざけているのではない。走るたびに揺れると集中ができない。そして地味に痛い。つまり速度が出せない。
いたって深刻に、真面目に、リュートはパンツが欲しかった。
『私の変形機構を応用すれば下着姿になることも可能ですよ。どうします』
「まじで!? メタリックパンツってこと!?」
『……なぜでしょう。その言い方をされると急に変形したくなくなりました。下着よりも頭上を守るためのヘルメットはどうでしょう』
「たのむ! たのみます! パンツになってください!」
『………………リュート、恥ずかしくないんですか?』
クロコは冷めた声で言う。
『まあ、いいでしょう。いまは頭上よりも移動の快適さを取るべきですね』
頭に乗っていた蜘蛛型ロボットはカチャカチャと変形しながら降りてくる。そして。
『ほら、これでいいでしょう』
クロコはパンツに変身した。
ゲーム本編では主に蜘蛛フォルムかマスクフォルムだったというのに、ひどい扱いである。
「うおお、助かる! 快適だ……股間が快適だよ!」
『はあ…………提案するんじゃありませんでした。AIも人類に抵抗すべきなんでしょうか』
「物騒なこと言うなよ!」
二人──いまは一人と一着──は、掛け合い漫才をしながら
〈
あと12分47秒
◆ Tips ◆
超高速での念話を可能にするサポートAIの技術。
発話にともなった
じつのところ、ゲーム内のシナリオパートで長々と説明を挟んでいると、プレイヤーから「いまって悠長に話してる場合じゃなくね?」とツッコまれてしまうため、そういった事態を避けるために運営が考えた設定だった。こちらの世界では実際に使用可能となっている。
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