第2話 目を覚ましたらゲームの世界でした! ……マジ?

 琉斗りゅうとはぼんやりした意識の底で、安らかな感覚をおぼえた。


 温かい水に包まれている。

 かつて母の胎内たいないにいたときのような安心感──もちろん、そんなことを記憶しているわけではないが、どういうわけか自然とそう思ったのだ。


 そして、だんだんと意識が覚醒していく。


(あれ……俺は……たしか、なにかにぶつかられて……)

(頭を打って、それで……)


 死んだ。

 その衝撃的なフレーズが脳裏によぎったとたん、琉斗りゅうとの意識はハッキリと覚醒した。


「っ!」


 言葉を話そうとしたけれど喉や口に液体が入りこんできた。

 溺れてしまったのかと思い、焦る。

 ジタバタともがいた手が硬いなにかにぶつかって、そこでようやく、琉斗りゅうとはあたりを冷静に見渡せた。


 薄暗く、寒色かんしょくの間接照明に照らされた部屋だった。


 どうやら自分は、謎の液体で満ちた透明な筒のなかに閉じ込められているらしい。

 筒の素材は分厚いガラスのようで、きっと外から見たらホルマリン漬けの標本みたいに見えるんじゃなかろうか、と妙に落ち着いた思考で琉斗りゅうとは考えた。


 しかし、液体のなかにいるのに不思議と呼吸ができる。どうなっているんだ。

 そこで琉斗りゅうとは気付く。


(ああ、SFとかでよくあるクローン生物を培養ばいようするポッドみたいなんだ、これ)


 と納得して。


(って、なんで俺が培養ばいようポッドに!?)


 改めて驚いた。

 どうやら自分は丸裸のまま謎の液体のなかに閉じ込められているらしい。


(俺……あのとき死んだんだよな? それとも、じつは助かって……国の研究施設に運び込まれた、とか?

 いや、こんな謎の液体があるくらいだし、宇宙人にさらわれたって言われても驚かねえな……)


 考えれば考えるほど、琉斗は落ち着いていった。


(しっかし、周りにもおんなじような筒ばっかりで、しかも俺みたいに閉じ込められてるって……どういう状況だ?)


 琉斗りゅうとに見える範囲では、ポッドに入っている人たちのシルエットはみんな同じに見える。もうちょっとバラつきがあっても良さそうなものだが。


(出られるのかな、ここ)


 そんなことを思った。次の瞬間。

 機械的な音声が流れた。


『──イエス、マスター』


 声は女性らしいものの、明らかに機械のものだと分かるようなボイスで。


『この狭い試験管モドキから出ることは可能ですよ。どうします?』


 やけにフランクな語り口だった。


(だ、だれ!? ていうか、俺いま喋ってないよ!? どうやって心の声を……)


 慌てる琉斗りゅうと

 対照的に女性の声は淡々としていて。


『いい質問です、マイマスター。あなたの脳波を解析して返答しているのです』

(脳波を……つまり、どういうこと?)

『マスターの考えていることを読み取って応答してるんです。オカルト的にいえば“念話”でしょうか』

(なるほど)


 頭のなかであれこれ考えるくせに口下手な琉斗りゅうとにとってはありがたい限りだった。


(……ていうかさっきからマスター、マスターって言うけど、どういうこと? あなたは?)

『ノン、マスター。マスターは私を「あなた」と呼ぶ必要はありません。お前、などと呼んでいただければ結構です』


 女性の声はひと呼吸おいて。


『私はあなたのサポートAIですから』

(さぽ……なんだって?)

『サポートAI、です』


 琉斗りゅうとはなんだかおかしなことになったぞと思った。

 もしや宇宙人に捕獲されたのではなどと胡乱なことを考えていたのに、斜め上の答えが返ってきたのだ。


(サポートAIって、いったい俺のなにを支援サポートするってんだ?)

『すべてです、マスター。人造灰人ホムンクルスであるあなたの活動全てを補助するために私は作られました』

(すべて……って、え? 待って待って。ホムンクルスって言った? しかも、俺がホムンクルスだって?)


 琉斗りゅうとは聞き馴染みのある単語に、思わず聞き返した。

 サポートAIの返答は簡潔だった。


『イエス、マイマスター。あなたは人造灰人ホムンクルスです』


 いやいや俺は人間だよ、ということよりも先に思ったのは。


(おいおい、それって──『灰路彷徨グレイ・トレイル』に出てくる単語じゃないか)

『グレ……なんです?』


 サポートAIは、はじめて怪訝そうな声色になった。

 困惑しているのは琉斗りゅうとも同じで。


(いや、えーっと、砂と灰に覆われた惑星を救う……っていうゲームなんだけど……って言っても分かんないか? えーと……)

『マスターの言うことは分かりませんが、たしかにここは砂と灰で満ちた大地ですね』

(……へ?)

『“外”の様子をご覧になられますか?』


 サポートAIは、琉斗りゅうとが収まっている筒形の容器の内側に映像を投影した。


『こちらが現在の“外”の光景です。マスターの仰られたとおり、砂と灰の惑星です』


 映しだされたのは荒廃した土地だった。

 画面の下半分は砂に覆われた大地。上半分が真っ青な空。そして地平線にぽつぽつと灰色が見えるのは人工物……建物だろうか。

 それだけ。

 そしてそれは、幾度となく『灰路彷徨グレイ・トレイル』のキービジュアルでみた惑星〈ネオ〉の光景と酷似していた。


 琉斗りゅうとは心臓が高鳴るのを感じる。

 緊張か、あるいは高揚か。自分でも分からなかった。


(なあ、もしかしてこの世界って……ポストアポカリプス──ええと、一度文明が滅んだあとの世界ってことで間違いないか?)

『イエス、マスター』

(この大地の名前って、地球……じゃなくて──〈ネオ〉で合ってるか?)


 返答にはわずかな間があり。


『イエス、マイマスター』


 AIの返事は肯定を示すものだった。


『マスターはこんな狭いところで生まれたのに物知りですね。素晴らしい知識量です』

(……ありがと)


 単なるゲーム知識であっても、褒められるとちょっぴり嬉しい。


 とはいえ。


(サポートAIって単語を聞いたときから怪しいとは思ってたが……それだけじゃあ決め手に欠けるとは思ってたんだけどな。ここまできたらどうやら認めるしかない)


 これでハッキリした。



 ここは『灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界だ。



(……マジか! マジか、マジかマジか!!! やったぜ! じゃあもしかしてルプスにも会える!?)


 喜びが脳髄を駆け巡る。


『マスター? ドーパミン数値が上昇しております。どうされましたか?』

(だって、こんな……やばいぜ? めっちゃ嬉しいじゃん! 生まれ変われたら『灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界に来たいって思ってたのが……本当に来られるなんて!)

『──警告。落ち着いてください、マスター』

(これが落ち着いていられるか! やった! やったぞ!)

『いえ、、マスター』


 サポートAIは真剣な声色で言う。


『今から15分42秒後に〈灰幻嵐テンペスト〉がこの施設を襲います。老朽化した当施設の電源設備が破壊される可能性が高く96%。また、演算によれば数日にわたって当施設の上空でしばらく留まるとみられ──』

(……ん? ちょいまち。待った、待ってくれ)

『イエス、マスター』

(〈灰幻嵐テンペスト〉って言ったか?)

『イエス』


 当然、琉斗にも聞き覚えがある。

灰幻嵐テンペスト〉とは『灰路彷徨グレイ・トレイル』において“厄災やくさい”とされる気象現象。

 全てを破壊し尽くす暴虐の竜巻のことだ。

 それが直撃するという。 


(つまりなんだ、俺はいますぐここを出なかったら……)

『施設は被害を受けて生命維持装置が停止し、早い話ですが──


 琉斗りゅうとの目が見開かれる。


(死……?)

『イエス、マスター』

(マジで……?)

『マジでイエスです、マイマスター』

(嘘だろ! ついさっきあっちの世界で死んだばっかりなのに、こっちでもすぐに、死ぬってのか!? しかもテンペストって)


灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界へ転生できたのは言葉にできないほどうれしかった。

 だというのに。

 転生してすぐ、死亡イベントが発生とは。


(……こんな展開?)


『いかがなされますか、マスター』


 AIの問いかけに琉斗りゅうとは拳を握る。

 なんてまっぴらだ。

 しかも、せっかく『灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界に転生できたのに。

 まだルプスにも会えてないのに。


(……いいさ。やってやるよ)


 琉斗りゅうとは覚悟を決めた。


(なんとしても生き延びて──絶対にルプスと旅をするんだ!)


 やれるはずだ。こっちにはゲーム知識があるのだから。




灰幻嵐テンペスト〉到着まで──……

 あと14分21秒


 攻略ミッション開始スタート────





◆ Tips ◆

灰幻嵐テンペスト

 粒状の〈灰幻素グレージュ〉を大量に含んだ嵐。

 巻き込まれるとズタズタに裂かれる。生き残ったとしても血中に大量の〈灰幻素〉が入り込み、運が即死、運がミュータントとなり自我を失って暴れることとなる。

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