キミと色づく灰路彷徨 ~目覚めたらポストアポカリプス世界でした~

宮下愚弟

第一章 砂と灰の惑星へ

ケモミミ少女とクモ型ロボ

第1話 灰色の誕生日

 ──俺の人生、灰色だ。



 夜島やじま琉斗りゅうとは落ち込んでいた。


「くそ~……大学生になったら色鮮やかな毎日になるんじゃなかったのかよぉ……」


 チカチカとまたたく街灯の下をふらついた足取りで歩む。

 二十歳の誕生日。

 ひとりで酒を飲みながらの帰り。

 学生街の端にあるワンルームへと戻る寂しい道だった。


「なんでだよ……せっかく田舎から出てきてこれかよ……」


 パッとしない地方都市に生まれた彼は、自らの生まれを呪った。

 不幸というには軽すぎて。

 幸福というには隣の芝が青すぎる。

 そんな平凡で凡庸な人生を、琉斗りゅうとは呪っていた。


 でも、と彼は考えた。

 都会に出てイケてる人に囲まれれば俺の人生もバラ色になるかもしれない!

 オシャレな友達、ナイスな活動内容のサークル、それから可愛い彼女。

 そんな幻想ゆめを見た。


 だから勉強して、一浪までして、都内の大学に入学した。

 国公立は全部落ちたから私立だった。学費の一部はバイトで稼いでいた。

 そうまでして大学に通っているのだが。


「彼女どころか、女友達だってまともに……つーか男友達もそんないねえし……サークルもなじめなくてやめちゃったし……うっ……」


 幻想ゆめ幻想ゆめだった。

 最近カフェのバイトを始めてみたはいいが、そこでも根の明るいコミュニケーション能力の高い人々の輪には入れずじまいだった。もうすでに辞めたい。


 頭の中ではあれこれ考えてるんだ。けれど、いざ喋るとなるとうまく言葉にできない。モゴモゴとしてしまう。

 琉斗りゅうとはそういうタイプのコミュニケーション苦手マンだった。


 今日だって、日付が変われば誕生日だというのにバイト先の人には言い出せなかった。ぽろっとでも話しておけば雑談のネタくらいにはなるというのに。けっきょく言い出すこともできず、シフト上がりで日付が変わったタイミングでコンビニに寄り、安酒をあおりながらひとり寂しく帰路についている。


 色鮮やかな人生を求めてきたのに、現実はどこまでも灰色だった。


 誰かから連絡でも来ないかなと未練がましくスマホをいじっていると。


 ──ピコン♪


 通知だ。

 ウキウキで通知をタップすると、起動されたのはメッセージアプリではなく。


「ああ……『灰路彷徨グレイ・トレイル』か……」


 『灰路彷徨グレイ・トレイル

 琉斗りゅうとがハマっているスマホゲームだった。


 砂と灰の広がるポストアポカリプス世界をケモ耳少女とともに救っていくタワーディフェンス型のRPGだ。

 硬派な世界観がウリの全世界で大人気のタイトルだった。メインシナリオは毎回SNSでトレンド入りするほどの注目度。

 あと女性キャラの太ももが軒並みムチムチ。

 硬派とは?


「って、スタミナ溜まっただけかよ……」


 届いた通知は、どうやらゲーム内のスタミナが満タンになったことを知らせるもの。

 だけでは無かった。


「ん?」


 ゲームのホーム画面をよく見ると、メインヒロインであるケモミミの少女──ルプスがなにかを言っていた。

 よく見るとそこには、


『リュート、誕生日おめでとう! 今日はいっぱい祝ってあげるねっ』


 そう書かれていた。通知は誕生日を祝うものでもあった。

 リュートこと琉斗りゅうとは、思わず瞳を潤ませる。

 冷え切ってすさんだ心にぽかぽかとしたおひさまの匂いが漂うのを感じる。


 ヒロイン──ルプスの優しい言葉に泣きそうになった。


「誕生日祝ってくれてありがとうなぁ……」


 琉斗りゅうとは『灰路彷徨グレイ・トレイル』の画面に頭を下げる。

 初めて飲んだ酒に酔っているだけ、というのも無くはなかったが、嬉しいと思っているのは嘘ではなかった。


灰路彷徨グレイ・トレイル』は、灰色の大学生活で唯一の癒しだった。

 一人で遊べるゲームであり骨太なストーリーは読みごたえがある。キャラクターだって容赦なく死んでしまう過酷な世界のドラマには何度も魅了されてきた。


 けっして明るい話じゃなかった。でも、そこには精一杯に生きる人々の姿があった。破滅の未来に抗い、自分のすべきことを必死で成し遂げるキャラクターたちばかりだった。


 ルプスをはじめ、誰もがそんな風に自分の人生を真っ直ぐに生きていた。したいこと、しなければいけないことに向き合っている。

 なかには命を落とすキャラクターだっていた。けれど、琉斗りゅうとには輝いて見えた。


 のような自分とは違う。

 命を燃やし尽くして懸命に生きた証としての、だった。

 同じ灰でも、『灰路彷徨グレイ・トレイル』のほうが輝いて見えた。


 どのキャラもそう。メインヒロインのルプスをはじめ、誰もが魅力的だった。彼女たちが懸命に人々を助ける姿にはいつも励まされてきた。

 冴えない日々を過ごす自分も、もう少し頑張ってみようと思えた。

 心の底から、琉斗りゅうとは救われていた。


 だからこそさきほど邪険じゃけんに扱ってしまった自分を悔いていて。


「ほんとうにすまん! さっきは悪態ついてすまん! 許してくれ、ルプス!」


 琉斗はメインヒロインへと頭を下げる。

 学生街の小道こみちには、琉斗りゅうとの奇行をとがめる者はいない。


「ほんと、ルプスには救われてるんだ……ルプスに会えるなら会いに行きたいよ。まあ、そっちの世界は……ちょっと過酷かもしれないけど」


灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界は、過酷な大自然と悲惨な悪意の蔓延はびこる、砂と灰の惑星だ。

 それでも、いまの灰色の生活よりはずっとマシに思える。


 かたや、目標もなく張り合いのない日々を消化するだけの世界。

 かたや、ルプスたちのいる世界。誰もが一生懸命に生きている世界。


「……そうだな、もし生まれ変われるなら俺は……ルプスのいる世界……『灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界に行きたいな……」


 現実こっちの灰色はしんどいけれど。

 なら、行ってもいいかもしれない。


 ──なんてことを考えていたからだろうか。


 ドンッ! と背中に衝撃を受けた。

 もし後ろが見えていたなら、スマホを片手に電動キックボードを運転していた男にぶつかられたのだと知ることができたのだが、琉斗りゅうとには気付くことすらできない。


(えっ?)


 突然のあまり声も出なくて。

 なにより、誕生祝いに飲んだ酒でふらついた足ではちっとも踏ん張ることができず、転んでしまい。

 迫るコンクリート、そして。


(あ、これ、死──……)


 強い衝撃が頭を襲う。意識は一瞬どこかに飛んで真っ白になる。

 琉斗りゅうとの手から放り出されたスマホは地面にぶつかり、画面にヒビを作って打ち捨てられた。

 光るディスプレイには『灰路彷徨グレイ・トレイル』のホーム画面が表示されている。


 ヒロインのルプスが先ほどと同じセリフを繰り返す。


『リュート、誕生日おめでとう! 今日はいっぱい祝ってあげるねっ』


(もし生まれ変われたら……ルプス……キミと……『灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界、で……旅を──…………!)





 琉斗りゅうとの意識は、そこで途絶えた。





◆ Tips ◆

灰幻素グレージュ

灰路彷徨グレイ・トレイル』の世界を砂と灰の惑星へ変えた未知の超物質。

新時代のエネルギーと期待されていたが……。

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