第3話

 ――テオ、ここを出て村で暮らそうか。

 父さんが言った。テオは首を振る。父さんは困ったように微笑を浮かべた。

 ――でも、ここの暮らしは寂しいだろう? 村に住めば友達もできるし。

いらない、とテオは答えた。

 ――いらない。ぼくは父さんさえいてくれたらいいんだ。


 窓から差し込む朝陽で、テオは目を覚ました。ぼんやりとした頭で父さんを探しかけ、やめる。夢を見ていただけだ。

 横になっていたのは、自室のベッドではなく、暖炉の前のソファだった。どうして、こんなところで眠ったのだっけ。そう考えてすぐに、昨夜の少女のことを思い出す。少女にベッドを譲ったのだ。しかし、思い返せば思い返すほど、流れ星の少女の存在は、有り得ないことのように思えてくる。

「流れ星が目の前に落ちて、それが少女の姿をしていて、おまけに願い事をひとつ叶えてくれる、だって?」

そこまで考えて、テオは吹き出してしまった。

「とんでもない夢だったな」

 お喋りで自分勝手な少女に、テオは辟易していたのだ。一人が良いから多少不便でもここに居るのに、居候なんてとんでもない。

「夢で良かったー」

と、起き上がって背伸びをすると、金の瞳と目が合った。

 あの少女が、窓際に椅子を動かし、足をぶらぶらさせながら外を眺めていた。テオはひっと息を呑む。彼女はテオを振り返ってにっこり笑う。

「残念、夢じゃないのよね」

おまけに独り言を聞かれていた。赤面するテオにお構いなしに少女は言った。

「おはよう、テオ! ねぇ、どうしてこの辺りはここ以外、おうちが一軒もないの? 私、良いことを思いついたのよ。とにかく、おうちが沢山あるところに連れて行ってよ!」

テオはため息をついてソファに突っ伏した。


 少女の提案はこうだ。

「なにもあなたの願い事じゃなくていいのよ。あなたが願ってくれさえすれば、誰かの願い事でも叶えられる。だから、あなたが叶えてあげたいと思った人の願いを叶えてあげましょう!」

 テオの家から一時間程歩いたところに小さな村がある。少年のテオが、この荒野で生きていけるのはその村のお陰だ。週に一度、テオは村に行って生活に必要な物を調達してくる。

 村の人たちは親切で、テオのことを良く気にかけてくれる。しかしテオは村の人たちが苦手だった。村の人というよりも、父さん以外の人とはどう話したらいいのか分からない。できることなら必要最低限の会話で済ませたいし、もっとできることなら顔だって合わせたくない。こちらはそんな気持ちでいるのに親切にされてしまったら――。されればされる程、テオは胸が苦しくなるのだ。

 そもそも村には昨日行ったばかりだ。二日続けて行けば、どうしたなんだと世話好きの村人たちが話しかけてくるに違いない。おまけに珍しい金色の少女付きだ。考えただけでうんざりする。

 テオは嫌だ行きたくないと主張したが、少女の笑顔には有無を言わせぬ圧力があった。

 そういうわけで、沢山の人の願いを聞くため、テオ達は村にやってきた。テオは、苦虫を噛み潰したような顔で村に足を踏み入れた。

「おい、テオが女の子を連れてきたぞ!」

「わぁー、きれいな髪!」

 村に着いた途端、二人は子供たちに囲まれた。あからさまに嫌な顔をしたテオは、子供たちの興味が少女に向いているのを見て、静かに後ずさる。人は全般的に苦手なテオだが、中でも子供は苦手中の苦手だった。少女から、彼女が流れ星であると聞かされた子供たちは、目を輝かせて次々に願い事を口にした。

「流れ星さま。わたし、お人形さんが欲しい」

「ぼく、汽車に乗ってみたい」

「もっと大きなことをお願いしろよ。例えば、お菓子を沢山食べても虫歯にならないようにしてください、とか」

「あのね、にんじん、おいしくしてほしいの」

少女は子供たちの言葉ひとつひとつに頷いて、にこにこしながら言った。

「お願い事はテオに言ってね。誰の願いを叶えてもらえるかはテオ次第!」

 一斉に、子供たちの視線がテオに集中し、テオは思わず「ひっ」と声を上げた。子供たちがしずしずとテオの傍にやってきて、彼を取り囲む。テオが恨みを込めた目で少女を睨むと、少女はテオを見つめ返して楽しそうに笑っていた。

「テオ、お願い」 「頼むよ、テオ」

 子供たちからの懇願の大合唱。気が付けば、騒ぎを聞きつけて大人たちが集まってきている。注目の的となったテオはどう対応したものか、困り果ててしまった。

「よさぬか」

 一言、声が響いた。そのしわがれた声は、強くも鋭くもなかったが、そのたった一言で、子供たちのざわめきが、ぴたりと止まる。カツンカツンと杖の音が聞こえる。大人たちの背後から静かに現れたのは、村長だった。

「これは、テオの権利じゃ。テオに頼んで叶えてもらおうとしてはならぬ」

 村長の背は曲がり、テオよりも小さかった。蓄えられた真っ白な髭で、その口元は見えない。しかし、その声は朗々と響き、誰も反論することができなかった。村長がテオを見上げる。

「テオや、これは天から授かったそなたへの贈り物じゃ。きちんと自分で考えて、必ず、自分で答えを出しなさい」

テオは困った顔をしながらも、はいと答える。村長は頷いて、

「さぁ、話はしまいじゃ。みな、戻るがよい」

と、手を振った。

 子供たちは「ちぇー」「つまんないの」とぼそぼそ言いながら、大人たちに手を引かれ、その場を離れていった。

「残念ね」

 少女がぽつりと言った。しかしその顔は笑っていて、少しも残念がっていない。村長はそんな彼女を一瞥して言った。

「昨夜の流れ星は世界中で見られている。じきに噂が広まるじゃろう。」

そして、再びテオに目を向けて言った。

「気をつけなさい。」

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