第2話

 ――娘の手のひらに落ちてきたのは流れ星でした。流れ星はひとつだけ、どんな願いも叶えてくれるのです。

 あの夜、父さんが話してくれたおとぎ話が、今更、答え合わせをするかのように思い出された。それは幸せな夢物語であって、現実にはあり得ないことだと思っていたのに。

「ねぇ、あなたのおうちはまだなの?」

 後ろから声がかかり、テオはため息をついた。流れ星と名乗った少女は、柔らかな光を放ちながらテオの後ろを歩いている。テオのカンテラが無くても彼女の光だけで難なくこの夜道を歩けるだろう。それだけで、彼女が少なくとも人ではないということが、嫌でも分かってしまう。だからと言って、流れ星であるという彼女の話を、すんなり受け入れることはできなかった。テオは、研究者の息子として科学的に証明できないことが嫌いだった。

「もう着くよ。暗くて見えないだろうけど、すぐそこに家がある」

 テオの家は、荒野の中にポツンと立っている。明かりのついていない家は、闇に溶け込んで、静かに主の帰りを待っていた。

 テオが部屋の明かりを付けると、少女がわっと歓声を上げた。

「わあっ! おうちの中を見るの、初めて!」

「ちょっと、あんまりジロジロ見ないでよね」

慌てるテオにはお構いなしで、少女は楽しそうに室内を見回している。

 簡素な木のテーブルに椅子が二つ。暖炉と寛ぐためのソファ。ひとまず見られて困るようなものはなく、テオは安堵する。出かける時に着替えたシャツを脱ぎ捨てたままにしなくてよかったなと、ひっそり思った。

 安心したら寒さを思い出して、テオはやかんに水を汲み、火にかける。テオが少女を盗み見ると、

「これが椅子ね! 椅子って初めて!」

と、椅子に座って足をぶらぶらさせている。その間にも、彼女の金の瞳が好奇心に輝いて、家のあちこちを眺めていた。

ウェーブがかかった金の髪が、腰のあたりでさらさらと揺れている。着ているのは、フリルの沢山ついたワンピース。細かい刺繍が施されている。こうして見ると、普通の女の子にしか見えない。そんなことを考えていると、少女のぱっちりとした瞳がテオに向けられた。

「ねぇ! あなた、名前は?」

「テオ」そう答えてから、それだけでは良くないと思い聞き返す。

「……君は?」

「私は流れ星よ。名前はないわ」

少女はそう言ってから、ぱっと顔を輝かせて言った。

「そうだわ、あなたが付けてくれたらいいのよ!」

「は?」

テオがあからさまに嫌な顔をするのを見て、少女は頬を膨らませる。

「いいじゃない。どんな願い事も叶えてあげるんだから、私のお願いもひとつくらい聞いてよ」

「そ、の、話だけど!」

テオは突然、語気を強めて言った。彼女が驚いた顔で口をつぐむ。テオは声を抑えて続けた。

「ぼく、叶えてほしいことなんてないから」

嘘だ。

「他を、あたってよ」

 流れ星の力をもってしても、テオの願いは叶えられないだろう。もし叶えられるとしても、叶えてはならない願いなのだ。

 それを聞いた少女は、両手で口を覆い、大きな瞳を更に見開いた。そして、その眉が悲しそうにゆがむ。テオは決まりが悪くなって、「そういうことだから」とモゴモゴと付け足して、彼女に背を向けた。

 やかんの中の湯がグラグラと煮え立っていて、テオは慌てて火を止める。後ろを振り向くのが怖くて、お茶を入れる動作がいつになく丁寧になってしまう。マグカップにお茶を注いだところで、背後から予想外に明るい声が投げかけられた。

「でも残念! 私が叶えられるのは、私を最初に見つけた人の願いだけなの。そのうち願い事なんていくらでも思いつくわよ。思い付いたらいつでも言って。」

 明るい声に安堵しつつ、少女の勝手な物言いにテオはげんなりしたが、次の言葉はそれを吹き飛ばす威力があった。

「仕方がないから、しばらくこの家に居させてもらうわ。よろしくね」

「はぁ!?」

テオが振り向くと、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべてテオを見つめていた。

「テオの願いを叶えるまでのほんの一時よ。嫌ならさっさと願い事を考えてね」

そうして、彼の手にしたマグカップを見て、

「まぁ、それはもしかしてお茶? 私、お茶って初めて!」

と、嬉しそうにはしゃいだ。テオは、盛大なため息をついた。

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