第28話 ヴァリアンツの牙は折れやしない

「あり得んッ、あり得んッ! 魔人の力だぞ!? 伝説の存在だぞ! どうして我がこれ程の傷を」


ディズモンは恐怖を感じていた。


全身の至る所から、血が溢れ出ていた。

傷口から魔人の力が抜けていくのを感じる。

立っているのもやっとで、はやく倒れてしまいたかった。


十回殺してもお釣りがくるほどの魔法を喰らわせてやったのに、ルドルフ・ヴァリアンツは剣を盾にして、致命傷を避けながら、ディズモンを着実に追い詰めていた。


「ふう、ふう、ふう、もう終わりかディズモン。安心しろ、すぐにあの世に送ってやるぜ」



確実に蓄積されたダメージは相手の方が上だ。

なのに、何故倒れない!?


ボロボロのルドルフが剣を振り上げる。

ディズモンが後ずさりして一歩さがると、地面に足をひっかけて、尻もちをついてしまう。


「や、やめろ、こんな殺し合いは無意味だ! 永遠の命を手に入れるのだ。こんな辺境の地で死んでたまるか!」


起死回生の一手はないか、ディズモンが周囲を見渡す。


既に戦闘は終わっていた。

いや、違う。誰もが手を止めて、この一騎打ちを見届けていた。


そこには、まだ戦えるディズモンの兵士達が残っていた。


「お前等ッ、何をしている見てないで助けろ馬鹿者!」


死を目の前にして、迫真の籠ったディズモンの命令に、兵士の一人がハッと顔をあげる。手に持っていた弓を構えて、ルドルフに向けて矢を放った。


「しまった!」


一騎打ちを見届けていた、ジンの間抜けな声が響く。

しかし、もう遅い。


ディズモンに集中していたルドルフの腹に、深く矢が突き刺さる。

それは、放置すれば、間違いなく致命傷となる一撃であった。


「いやーーー!」


「父上ぇ!」


ミラとハイネの絶叫が、全兵士の耳に届く。

張り詰めた糸が切れたように周囲が動きだす。


「一騎打ちの誓いすら守れぬのかッ、ディズモン!」


ジンが兵士に命令をだしながら、ディズモンを責める。


「ふん、命を失うくらいなら、そんなもの幾らでも捨ててくれるわ!」


既にルドルフは剣を手放して、腹を抑えながら四つん這いに伏せていた。


漆黒の剣が地面に転がる。


「クソッ、この剣がッ、こんな剣さえなければここまで苦戦しなかったものを!」


忌々しいそうに、ディズモンが剣を蹴り飛ばして、手の届かない位置まで弾く。


この距離なら、助けがくるより先にこの男の首を跳ねれる。


ここまで虚仮にされたのは、ディズモンにとっても生まれて初めてだ。

必ず、この手で殺さねば気すまない。


ゆっくりと、ディズモンは倒れるルドルフのもとへと足を進める。



腹が痛い。

いつの間にか矢が腹に突き刺さっていた。


正直、立っているのもやっとで、朦朧としながらディズモンとの闘いに集中していたから、射られたことにすら気が付かなかった。


こちらに近づく足音が聞こえる。顔をあげれば、醜悪な笑みを浮かべ俺を見下ろすディズモンが目の前にいた。


「はっはっは! いい気味だルドルフ! なにがヴァリアンツは倒れないだ! 無様にひれ伏してみっともない」


みっともないのはテメエの方だ。

魔人なんぞの力に頼りやがって。

いや、俺も破滅の剣ブレイクソードの力を借りて、最後は息子のハイネ頼りだから、人のことは言えないか。


「はあ、はあ……無様なのはどちらだろうな。そんな姿になって、ようやくこんな辺境の中年貴族といい勝負だったのだから」


「勘違いするな。勝ったのは私だ、貴様は死ぬ。剣も失った、もう貴様に勝ち目はない。偉そうにのたまっていたヴァリアンツの牙とやらは、もう折れたのだ。私に歯向かったことを、あの世で後悔するがいい」


ディズモンが剣を振り上げる。


俺はそれを見上げて、



「ふっふっふ」


思わず笑ってしまう。


「何が可笑しい!?」


ああ、おかしいよ。

みっともないのも、勘違いしているのも全部お前の方さ。


「ヴァリアンツの牙は決して折れない。誇りを失ったお前如きに剣と盾たる我らの牙に、傷一つつけられやしない」


「剣もない貴様に出来ることはないッ死ね!」


―――ヴァリアンツの牙とは、我らの心だ。


誇り高く、正しくあろうとするプライドだ。

たとえ剣を手放そうとも、失われる物ではない。


まだ残っている。

貴様にとどめを刺すために残していた最後の力が!

剣よりもはるかに使い慣れた鋼鉄の拳俺の武器が!


魔力を最後の一滴まで絞りだす。

右手の拳が、眩いばかりに雷撃の閃光を放つ。


俺を舐めたなディズモン。

矢が一本腹に刺さった程度で止まってたら、馬鹿なヴァリアンツ軍の総大将は務まらねえんだよ。


つまりは根性だ!


不意を突くように、勢いよく立ち上がり、振り下ろされる剣をギリギリで躱す。


「なっ!?」


「終わりだぁぁディズモォォォン!」


雷を纏ったゲンコツが、ディズモンの顎をとらえる。

確かな感触と共に、穿った下顎が、空へと飛んでいく。


倒れたディズモンを見下ろすと、顔の下半分が消失しており、完全に息絶えていた。

それを見届けて、俺は誰にも聞こえないように、情けなく囁いた。


「か、勝った。死ぬかと思ったぞ」




気が抜けた途端に、腹の痛みが我慢できない程に膨れ上がってきた。


やばい、冗談抜きで死ぬかも。


その場で倒れそうになったところを、二人の兵士に支えられる。

こいつらは確か、ジンが俺につけた護衛だったな。


どうやら怪我もなく生き延びたらしい。良かった、良かった。


「チ゛チ゛ウ゛エ゛~!!!」

「ルドルフ様ぁぁぁわーん!」


ん?

父上?

それと聞きなれた女の声がしたぞ、まさか!?


「お前達、そのヘルムを外せ!」


ヘルムの下にあった顔は、泣きじゃくるハイネとミラであった。


「はあ~、お前達マジか」


あれだけ来るなと言ったのに、勝手についてきたらしい。

ということは、ジンもグルだな。

クソ、どうして俺にはあんなに厳しくするくせに、弟には甘いんだよ!



馬に乗ったジンが慌てて駆け寄ってくる。


「父上、すぐに治療を!」


「ああ、頼むよ」


ようやく平穏が訪れる。

これで少しは休めるだろう。


その時だった


「これはどういうことだ。なぜディズモンが死んでいる……生贄の血はどこだぁぁぁ!」


その咆哮は、魂を揺さぶる根源的な恐怖を宿していた。

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