第29話 窮地に追いやられた時に真価を発揮する

空からこちらを見下ろす赤い瞳。蝙蝠のような皮膜がついた翼。

頭からは二本の角が生えて、肌は闇のように黒かった。


魔人。

勇者でしか太刀打ちできない伝説の存在。


「馬鹿な、どうして魔人がここに!?」


「貴様らがディズモンを殺したのか。よくもやってくれたな!」


魔人が手を振り払う。

それだけで、闇の魔力を纏った風が周囲の兵士達を吹き飛ばす。

圧倒的な力だ。



「あいつは生贄を集めるのに優秀だった。余計なことをしてくれる」


こいつは、ゲームでいえば中盤以降でやっと姿を現す存在だ。

どうあがいても、今の俺達に勝ち目はない。


俺の両脇を支えようとするハイネとミラを交互に見る。

最悪だ。最悪な形で出会ってしまった。


俺は二人の背中を押し飛ばして、ジンに命令する。


「撤退だ! ジン、この場にいる全員の命と引き換えても、ミラとハイネを生かせ!」


その命令に、ジンも、ハイネもミラも目を丸くする。


「なにを言っているのですか父上!?」


「冗談ではない! たとえお前が死んでも、二人を守るんだ。分かったな!?」


俺の本気が伝わったのか、ジンは大きく頷き、大声を張り上げる。


「騎馬隊、ハイネとミラ殿を拾い撤退しろ! 急げ、動けない者は置いていけ。二人を死守しろ!」


それを合図に全兵士が動き始める。


「ちょっと待ってください、どうして私を!? 父上はどうするのです!?」


「俺は、こいつを倒す」


空に浮かび、上空から俯瞰して様子を見ていた魔人を睨みつける。


「ほう、貴様ごときが俺に歯向かうか」


「ディズモンを殺したのは俺だ。文句があるなら俺にいえ」


「待って、ルドルフ様はすぐに手当てしないと死んでしまうのよ!?」


「ジン早くしろ!」


「ハッ!」


ジンとその部下が、ハイネとミラを捕まえて無理矢理、二人を馬上に引き上げる。


これでいい。

俺の代わりは、いくらでもいる。

しかし、二人は世界を救う為に絶対必要な存在なのだ。




ハイネは怒号響き渡る戦場で、流されるままに馬に乗せられて、魔人に立ち向かう父上の背中を見ていた。


助けなければいけない。

自分が生き残るより、父上が助かるほうが、遥かにいいはずである。


ずっと父のようになりたいと願い、その背中を追っていたのに、いまは、ただひたすらに遠ざかっていく。


助けたい気持ちはあるが、いま駆け付けたところで、あの魔人には勝てない。

それほどまでに、あの魔人から放たれるプレッシャーは圧倒的だった。


本能が逃げろと叫んでいる。

魔人から逃げたとしても、だれもハイネを責めないだろう。


父を見捨てるのか?

でも仕方ないだろ。

無属性の自分になにができるというのか。


僅かな時間のなかで、自分を慰める言葉と、責める言葉が次々と溢れだして交錯する。


恐怖から、現実から目を逸らし、ハイネは視線を落とそうとした。

しかし、視界の端を突如通り抜けていった眩い光に目を奪われる。


自分と同じく保護されたはずのミラが兵士の拘束を振り払い、父上へと駆けていく、その姿を。


ミラの背中は、聖なる光に守護されているかのように光輝いていた。




魔人を前にして、俺に出来ることは、できるだけ長く時間稼ぎをするくらいだ。


しかし、腹に矢が刺さり、魔力も尽きた俺は、殺される前から死にそうな状態だ。だから、魔人の一撃を正面から受けて、ハイネ達を救う一瞬の隙をつくる程度しかやることがない。


魔人は虚空に手を突っ込み、どこからともなく巨大な剣を取り出した。

呪われたように赤黒い不気味なその剣が、容赦なく俺に向かって振り下ろされる。


(ここまでか……)


死を受け入れて、せめて一撃、手痛いしっぺ返しを叩きこんでやろうと、拳を構える。


だが、攻撃が俺に当たることは無かった。


眩い光が、その攻撃を防いだ。


颯爽と駆け付けた光の少女。

光に反射して煌めく美しい銀髪が躍動して翻る。


彼女の手には俺が地面に落としていた破滅の剣ブレイクソードが握られていた。


魔人は思わぬ伏兵に目を見開き余裕の表情を崩す。


「な、何者だ!?」


「ふん!」


ミラは神々しい光を纏っていた。

圧倒的だった魔人のプレッシャーを、ギラギラと輝く神聖な閃光が打ち消す。


それは間違いなく、聖女へ覚醒した証だった。


「絶対にルドルフ様は殺させない。わたしが命に代えてもお守りする」


ミラが破滅の剣ブレイクソードを掲げると、主の望みに答えるように、刃から漆黒のオーラを吹き上げる。


そのオーラは、チート武器破滅の剣ブレイクソードのみに許された魔法属性『破滅』が発動していることを意味する。


ゲームでは勇者のみ装備できる武器であり、他のキャラに持たせることすら出来ない。そのはずだった。


なのに彼女はその力を解放している。


勇者しか装備できないのはゲームのシステムの話だ。

実際に俺だって、装備するだけなら出来ていた。


けれども、ミラは破滅の剣ブレイクソードの真の力を引き出していた。

勇者の力のみに呼応すると思われたそれは、もしかすると、聖なる力に覚醒した者にのみ応える力だったのかもしれない。


ゲームではミラに持たせることがシステム上不可能だった。

でもここはゲームじゃない。現実だ。

ゲームでは出来なかったシステム外の行動奇跡も、ここなら起こりえる。


闇のオーラを纏う破滅の剣ブレイクソードの剣先を空に向けて、ミラが構える。


「魔人だがなんだか知らないけど、あたしの愛するひとを傷つける奴に容赦はしない」


「っぐ!?」


聖なる光と破滅の闇が混じり合う。

白と黒、光と闇。

相反する二つの光が、破滅のブレイクソードに集約されていく。


魔人は咄嗟に、闇のオーラを展開して防御壁を張る。


しかし、あの剣はその程度で防げる能力ではない。

魔人、魔獣に対する戦闘ダメージを200%上乗せ。筋力、俊敏など各種ステータスを2倍に増加。属性『破滅』は相手に固定ダメージ与える。


それに加えて、ミラが覚醒した聖属性の力は魔人へのダメージ上乗せ120%の特攻能力がある。


魔人はあらゆるダメージを80%軽減する能力を持つが、基礎ステータス2倍になり、その上で320%のダメージ増加が加わった聖女の攻撃は、魔人の能力を余裕で貫通する。


優しき閃光ホーリー・スマイト


極大の閃光が、音を置き去りにして、闇を切り裂く。


大いなる存在を連想させる幻想的な光の柱が、夜空に向かってそびえたち、魔人の体を貫いた。




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残り2話です!

是非最後までお楽しみください。

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