第7話 目覚め




―――朝。


俺の気分は今にも胃に穴が開きそうなほど暗く沈んでいる。悩みが多すぎて。


結局一睡もできずに朝食を食べるため食堂へやってきたのだが


「ハイネだけまた居ないな。どうしたんだ?」


席についてるのは、ジンとリアの二人。


俺も椅子に座り、食事が運ばれてくるのを待つ。我が家では、必ず食事は家族全員でと決まっている。だが、ハイネの姿が見当たらない。昨晩の夕食にも顔を出さなかった。


「お父さんが、ハイネお兄ちゃんを追い出すとか言ったから、顔を出しづらいんでしょ!」


リアがそう発言する。不満を示すためか俺にそっぽを向むけると、リアのおさげ髪がブンブンと揺れた。


「そう怒るな。あれは仕方のないことだったんだ。許せ」


「いいやっ、発言を撤回するまで絶対に許さないからね。いい? ハイネお兄ちゃんは将来リアと結婚するのっ。幸せな家庭を築くんだから、一生家を出ていく日はありませんーっだ!」


「お前な……もう十五だろ。兄弟で結婚だなんて、いつまで子供みたいなこと言ってるんだ」


非現実的な発言をするリアは、俺にとって初めての娘ということもあり、存分に甘やかせて育てた記憶がある。


ハイネも似たような気持ちだったのか、初めての妹で親子そろって、蝶よ花よと可愛がった結果、とんでもないブラコンが爆誕してしまった。


「家族とか兄弟とか関係ないし、愛はどんな障害でも乗り越えるものだし」


「はあ、勘弁してくれよ。ジンも何か言ってくれ。リアは俺のいうことにまるで耳を貸さない」


「ふうん」


ジンが考え込むように、あごに手を添える。ジンは今年で二十歳になる我が家の頼れる長男。


身長も既に俺を追い抜き、手足も長くモデル体型の美男子。いずれ領主の立場を引き継ぐジンには、他の兄弟よりも厳しく育ててきた。自頭も良く、今では仕事関連について色々相談に乗ってもらっている。


「父上の言う通りだ。もう子供ではない。そろそろ分別のある行動を心がけるべきだ」


「おお分かってくれるか。兄弟でなんてやはり間違っている」


「ええ、血縁者同士で子供を産むのリスクが高すぎる。だから結婚するにしても軽いスキンシップに程度に留めた方が良いかもしれませんね」


「いや、ジン、お前さあ、そういうことじゃなくてな……はあ」


そうだった。コイツも兄弟に対しては激アマだった。


つまり、相談するだけ無駄。普段は真面目で良い奴なんだが、なぜかハイネやリアのことになると、視野が究極に狭くなるのが珠に瑕だ。ハイネもちょっと変だし、我が家でまともなのは俺くらいか。


「それはそうと、ハイネが食堂に現れないのは、単純に殴られ過ぎて口の中が痛いからごはん食べれないそうですよ」


とジンが教えてくれる。


「ええ!? お父さんまた、殴ったの!? しっんじらんない! リアが看病してあげないと」


「それには及ばない。セレンが付きっきりで面倒をみてくれてる」


「なんだ。それならよかったわ。セレンがいるなら安心ね。お父さんが近くにいたら、ハイネお兄ちゃんの身がもたないもの」


いや、むしろハイネをそこまで痛めつけたのはセレンの方だぞ。俺は途中で怖くなって止めたのに。


「けれど、ハイネも父上にしぼられて随分と心を入れ替えたらしい。今は一分一秒を無駄にするのが惜しいと言って、厳しい鍛錬を己に課していたよ」


「なにっ!? それは本当か!」


ジンの言葉で、俺は椅子から立ち上がる。


「ええ、『ついに目が覚めた』と言ってました」


「おお!」


なんたることだ!


ついに目覚めたか! もしハイネが勇者にならなかったら、この先どうなるのか不安で仕方なかったが、息子は己の使命に気が付いたようだ。


結局、親が子を思い通りにするのは土台無理な話だったということ。自然と子供は親の背中を追い抜いて成長していくらしい。


なんか急に一日がバラ色に見えてきたぞ。


「それで、ハイネは今どこにいる!? 道場か? それとも修練場か? 頑張っているなら、一言ぐらい声をかけてあげないとな。食事も忘れる程熱中してるなら、差し入れも必要か!」


パンパンと手を叩く


「マーヤはいるか!? 料理長に豪華な馳走を用意させよ!」


「落ち着いてください父上。ハイネは道場にも修練場にもおりません」


「なに、それではどこに? まさか滝行でもしてのるか?」


「そんなまさか。普通に資料室ですよ」


「し、資料室? なぜそのような奇怪な場所に。室内で剣など振り回しては危ないだろ」


「わっはっは、父上こそ奇妙なことをいいますな。なぜハイネが剣を持つ前提なので?」


「それはお前が、ハイネが戦士として『目覚めた』と言ったからであろう!」


「とんだ早とちりだ。いいですか、ハイネが言ってたのは戦士に『目覚めた』のではなく……としてですよ」


「はあああああああ!?」


「父上にどうすれば認めて貰えるか悩んだ末にだした答えみたいですよ。わっはっは流石は我が弟、無属性と宣告された翌日に立直れるとは素晴らしい……って父上どこにいくのです!?」


「あの馬鹿息子ぉぉぉぉぉぉぉ!」


俺は全速力で資料室に駆け出していた。




「ハア、ハア、ハア、ハイネェー!」


「父上!? まさか、激励しにきてくれたのですねッ!?」


バカンと資料室のドアを開けたら、ハイネとセレンが並んで座り本を読んでいた。突き動かす衝動のままに、ハイネの胸倉を掴み持ち上げる。


「んなわけあるかぁッ! 貴様っ、文官になるとはどういう了見だ! 俺を小馬鹿にしてるのか!?」


「心外ですッ、私が父上を馬鹿にした事など、生涯でありましたでしょうか? イイエッ、ありません。なぜならッ愛しているから!」


「馬鹿な事言ってないで質問に答えろぉぉ!」


「ルドルフ様。ハイネ様の傷に響きますので……」


「セレンは黙っていなさい! とういか、その傷はお前がつけたものだろ」


「……記憶にございません」


悪徳貴族のような言い訳をしやがって!

セレンが気まずそうに視線を逸らす。もう全てが無茶苦茶であった。


「父上、話をきいてください」


「はあ、はあ、いいだろう。俺も少し熱くなりすぎた」


掴んでいた手を離して、一度冷静になるため呼吸を整える。


「ジンから聞いたのですね? 私が文官を志すというのを」


「そうだ、ついさっきな。一体どういうつもりか説明してもらおうか」


「そうですね……」


何から話すか迷ったような口ぶりでそう呟き、ハイネは静かに語りはじめる。


「父上はヴァリアンツ領の内情について、詳しくご存じですね?」


「当たり前だ。日頃から部下の報告や領民の陳述書には目を通している」


「では、我が領土がどれだけ王国にとって重要な場所なのかについても、分かっているはず」


そういって、ハイネは資料室にあった、我らが国の、エンバース王国の地図を引っ張りだしてくる。


ハイネは、ヴァリアンツ領の地形などが詳細に書き込まれている部分を指さす。


「地図を見れば一目瞭然ですが、我らが領の実に半分もの面積が、魔獣の住む森、『獣深森じゅうしんりん』と隣り合わせになっている。つまり、ヴァリアンツは古くから魔獣が王国全土に侵攻をするのを防ぐ防波堤の役割をになってきた訳です」


地図を見れば地図の端まで続く深い森と、ヴァリアンツの領土の境界線には綺麗に線が引かれて東西にくっきり分かれている。


―――魔獣とはゲームに出現してくるモンスターのことだ。ゲーム本編では主に勇者のレベルアップための経験値として養分にされていた。そして、そんな魔獣が住む未開拓の森は『獣深森じゅうしんりん』と呼ばれている。現実となった今では人類にとって脅威ではあるもの、魔人のように知能が高い訳ではないので、危険性で言えば一段下がる。



「ヴァリアンツ領が重要なのはこの点だけに留まりません。我らの土地は肥沃な平原地帯が続き、農業や畜産業なども活発で、食料生産量は王国全体の三割を担っている。だから、もしヴァリアンツが魔獣の進行を許せば、この国は魔獣への防波堤を失うだけに留まらず、巨大な食糧生産地をまるごと食い荒らされることになる」


「そんなのは承知している。だからこそ、我らヴァリアンツはどの貴族よりも重い責任を持ち、ゆえに民や王国の為の『剣と盾』として、誇り高い心でこの地を統治している」


まあ、ゲームでは俺が断罪された後に、領を引き継いだジンとリアが私利私欲な統治をしたせいで、滅茶苦茶になるのだけど。


しかし、俺の瞳が黒い内は、そんなことはさせんし、今のジンとリアはそんな馬鹿なことをする奴等じゃない。


魔獣対策のために、ヴァリアンツ家の兵は強者ぞろいと有名だ。


毎日、戦闘訓練と獣深森じゅうしんりんで魔獣との戦闘で実践を積んでいるのだから、当たり前の結果である。ただ、若い内から魔獣と戦うのが当たり前の環境のせいか、兵士達は全員脳筋の節があり、ちょっとのことでキレて暴れるのも我が兵士達の悪い癖だ。


それが原因で問題が起こり、領主の俺が毎回対処して胃を痛めるまでがセットである。いい加減にしろ!


しかも、ヴァリアンツは毎日魔獣と戦っているせいで頭がおかしくなった野蛮な奴等という風評被害まであがっている。


「それで、ヴァリアンツ領の実情と、お前が文官を目指す理由になんの関係があるのだ?」


「関係大ありです! 父上は見ていたではありませんか。私が祝福の儀で、無様にも無属性になったところを!」


「……」


「無属性では魔剣士として魔獣相手にまともに戦えません。上に立つべきヴァリアンツ家の人間がそんな有様では兵士はついてこないし、士気を下げるだけで、いない方がマシの役立たずです。 私は、ただ父上のそばにいる無能に成り下がるつもりはありません! 父上の役に立ちたいッ! だから無属性の自分でも活躍できる文官の道を選んだのです!」


ハイネは息継ぎも忘れて、顔を真っ赤にしながら熱い感情を露わにそう叫ぶ。隣にいたセレンが感動して「ヨヨヨ、ハイネ様ご立派になられて」と目に涙を貯めている。


かつて息子がここまで感情的になにかに打ち込んだことがあっただろうか?


でも違う、違うんだハイネ。

お前はいずれ勇者として覚醒して誰よりも強くなる男。こんなところで文官として活躍する程度の逸材ではないのだ。お前の握るべき武器はペンではなく剣だ。なぜ分かってくれない。


しかし、ここまで決意を固くしているハイネになにを言っても耳を貸さないだろう。

この状態で魔剣士学園に通えといっても絶対に納得しない。


勇者になるために一番必要なのは、強くなりたいという意思だ。

誰かの為に剣を手に取るという正義感と、全てを跳ね返す強さへの渇望。それが、ハイネには決定的に足りない。


だが、この話を聞いて、俺は一筋の希望の光を見た。


つまり、ハイネが戦いたくない理由は己の力に自信がないという弱気な心からくるものだ。ならば、俺には一つ策がある。本当は、こんな序盤でを渡したくはなかった。


過ぎた力は人の心を成長させないから、良くないと思っていたが、この状況まで追い込まれたら致し方なし。


ハイネにアレを授けて、お前は弱くないのだと教えてやる。こうしてはいられない。急いでとりに行くぞ。


ゲーム本編クリア後に入手できる、勇者専用チート武器、救国の英雄初代勇者様が残した『破滅の剣ブレイクソード』を。

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