第8話 ゲームクリア後のイベント

聖者の冒険譚ホーリー・クエスト』には、本編クリア後に発生する特別イベントがある。


ラスボスである魔人を討伐すると、エンディングが流れ、映像の最後に獣深森じゅうしんりんの最奥にダンジョンが登場するというイベントだ。


ダンジョンのモンスターは獣深森じゅうしんりんにいる魔獣達より遥かに強く、数体用意されている階層ボスの強さは、本編の魔人達を圧倒する強さである。


いわゆる、プレイヤー向けのクリア後のやりこみ要素というやつだ。ダンジョンの最奥に到達すると、初代勇者様が残したとされる『破滅の剣ブレイクソード』が入手できる。


この剣の能力は破格で、勇者のみ装備可能という縛りはあるが、魔人、魔獣に対する戦闘ダメージを200%上乗せ。


筋力、俊敏など各種ステータスを2倍に増加、さらに新属性『破滅』が付与される。無属性の勇者は、後に聖属性に覚醒して戦うのだが、この武器を手に入れることで、二つ目の属性を得る。


『破滅』の効果は、攻撃した相手に威力中の固定ダメージ与えるというもの。ダメージ強化やステータス強化に比べるとオマケみたいな能力だが、積み重ねれば馬鹿にならないダメージがでる。


クリア後の武器なだけあって、完全にチート武器だ。ゲーム制作会社もどうせクリア後だし悪ふざけで導入したと、なにかのゲーム雑誌のインタビューで答えていたのを読んだ覚えがある。


ただ、大きな問題が一つ。

それをどうやって取りにいくかだ。ダンジョンはクリア後にしか出現しない上に、たとえあったとしても、俺程度では当然ダンジョンの攻略なんて不可能だ。


そこで、バグ技の出番である。

実はこのダンジョンとある行動をすることで、クリア前に『破滅の剣ブレイクソード』が置いてあるダンジョン最奥まで行くことが出来る。


その行動とは……


「はあ、はあ、はあ。ようやくついた」


目の前にあるのは、成人の膝下くらいの大きさしかない小さな祠。


この祠は、ヴァリアンツ領と獣深森じゅうしんりんの境界にある山の頂上にポツンと存在する不思議な祠だ。


どのプレイヤーが発見したのか詳しく知らないが、この祠に攻撃を加えると、なんとバグで、ダンジョンの最奥までワープして行けてしまうのだ。


これはゲームが販売されて数年後に、マニアックなファンが発見したらしい。このバグはおそらくゲーム会社も想定してなかっただろう。わざわざこんな要素を取り入れる必要もないしな。


偶然のバグとはいえ、ゲームの世界が現実となった俺には、まさに天から降ってきた奇跡。もし、このバグが現実でも通用するのであれば、最強武器をゲーム本編が始まる前から入手できる。


「頼むから、成功してくれよ」


使い慣れた剣を上段に構える。


屋敷からここまでくるのに2日もかかった。ずっと運動してなかったせいで、体力的にきつく、登山の途中で何度も足が吊った。中年のおじさんには、死ぬほどきつい道のりだった。だから、なにも成果が得られずに解散なんて勘弁してくれよ……


そう願いながら、剣を振り下ろして、祠を斬った。




「う……」


周囲は薄暗い。

突然体が浮遊する感覚に襲われた後、気が付けば俺は暗いダンジョンの最奥で横たわっていた。


「せ、成功か?」


顔をあげれば、目の前に石の台座のようなものがある。立ち上がって確認するとそこには『破滅の剣ブレイクソード』が置いてあった。そのすぐ近くには脱出用の転移魔法陣が青白く輝いている。



「おお! 素晴らしい。本当に成功するなんて!」


きたぞ!

これさえあれば、どんな敵が来ても勝てる!


傷だらけだが、見事に美しい伝説の剣。

巨大な黒い宝石が、鍔と握りの境目に装飾としてあしらわれている。


そして、夜を連想させる漆黒の刃。その蠱惑的美しさは、一度視線を向けたら離せなくなってしまいそうな、魅力を放っている。


手に取ってみると、ずっしりと重い感触が腕に伝わる。


―――すると


コロンと石が転がるような音が背後でなった。


「誰だ!?」


慌てて振り返り、咄嗟に破滅の剣ブレイクソードを構える。


「ほっほっほ、誰だとは随分な物いいじゃないか」


その声は、ダンジョンの奥の方から聞こえてきた。暗闇でその姿は確認できない。


そんな馬鹿な。ここはクリア後のダンジョンだぞ!? 人なんて誰もいる筈がないのに。


「姿を見せろ。何者だ!」


そう叫ぶと、コツ、コツ、コツ、と足音が近づいてくる。そして、ゆっくりと姿を見せた相手は……


「が、骸骨だとぉ!?」


完全に白骨化した、人間の骨だった。


「生きた人間をみるのは何年ぶりか」


肺も喉もないくせに流暢に喋る骨。


ダンジョンのモンスターが現れたかと思ったがゲームには、こんな奴はいなかった。『聖者の冒険譚』にはゾンビやゴブリン、スライムなどのファンタジーで定番のモンスターはいない。


出現するのは魔人と、魔獣とよばれる獣系のモンスターのみ。つまり、この骨の存在は全くの謎だ。


「そんなに警戒する必要はない。ワシはお前の敵ではない」


「……と、言われてもその見た目では信用できないが」


「ほっほっほ、まあそうなるわな。これでも生前は非常にモテたのだが、時がたつのは早いのう。それでも若い者には、まだまだ筋肉では負けんぞ」


そういって、骸骨は自分の二の腕を叩きマッスルポーズを決めながら


「って、ワシ骸骨じゃった。こりゃ一本とられたわい。あっはっはっは」


と笑った。


一人で爆笑しているが全然面白くない。

間抜けなギャグに思わず気が抜けてしまう。本当にコイツは何者なんだ?



「あの、失礼ですがあなたは一体……」


「ワシ? 初代勇者だけど?」


「ええ!?」


初代勇者様!?

こんな馬鹿っぽい骸骨がか!?


「嘘だと思ってるじゃろ。ほれこれが証拠だ」


そう言って、骸骨が右手の甲を掲げる。そこには、勇者が覚醒した時のみに現れる聖痕が青白く輝いていた。それは、俺がゲームで見た、ハイネの聖痕と全く同じであった。それが意味することはつまり本物の初代勇者様!?


「し、失礼致しました!」


俺はその場で即膝をついて頭を下げる。

初代勇者様といえば、五百年前にこの王国を救った英雄である。たとえ国王だろうとも、礼をもって接しなければいけないような存在。


そしてなによりも……


「カッカッカ、風情もなにもない薄暗いダンジョンでそのような堅苦しい態度は不要である。ところで、お主こそ何者じゃ?」


「はっ、私の名はルドルフ・ヴァリアンツ。ヴァリアンツ伯爵家、現当主でございます」


「おおヴァリアンツかっ! なるほど、なるほど。では、その名の誇りと宿命の灯はまだ途絶えておらぬな?」


「はい、これも、貴方様の多大な功績のおかげでございます。初代勇者様……いえ今はこうお呼びましょう。初代当主、シーロン・ヴァリアンツ様」


「……久しき呼び名だ。まさか、こうして時を超えて子孫に出会えるとはな」


そう、この初代勇者様こそ、王国を救い、その功績でもって我らがヴァリアンツ家を誇りある貴族へと昇格させた、初代ご先祖様であった。


「積る話もあるだろう。ゆっくり聞かせてくれ」



俺はシーロン様にダンジョンに来た経緯を説明した。


もちろん、ゲーム云々の事情は全部誤魔化した。ただ、山の上の祠は訪れたら、いつの間にかこの場所にたどり着いたと言った。正直、シーロン様が生きている(いや死んでるけど)なら、事情を説明してハイネの代わりに全ての問題を解決してもらおうかと考えたが


「ああ、ワシ聖痕は残ってるけど、勇者の力は全部失っているぞ」


と笑いながら言ってたので諦めた。


「しかし、何故シーロン様は、骸骨になってこんな場所にいるのです?」


「こんな場所とはひどいな。ここはワシの墓だぞ」


「ええっ!? そうだったんですか!?」


「おほほほ、本当だとも」


「でも、どうしてこんな場所に?」


「いやー、死ぬ間にどうせなら、未開の地をこの目で見たいと思い、獣深森じゅうしんりんの奥地まで足を運んだのだが迷子になってしまってな。で、謎のダンジョンを発見してとりあえず飛び込んでみたら、いつのまにか入り口が塞がって出られなくなったのじゃ。がははは」


なにその破天荒エピソード。ヤンチャすぎやしないか。

というか迷子になってる奴は、何故さらに奥へ進むんだ。だから迷子になるんだろ。典型的な方向音痴。まさか、こんな人がヴァリアンツ家の初代様だったとは。


「ワシも流石に死を覚悟したぞ。というか実際に一度空腹で死んだのだが、なぜか白骨した状態で生き返ってな。それ以来、ダンジョンを彷徨う亡霊として生きてきた訳だ」


「な、なるほど。まあ、そういうこともあるか? というかそこの転移魔法陣で脱出出来なかったのですか?」


「それはお主が現れてから出現したものじゃ」


「それは災難でしたね」


普通だったら到底信用できないけど、俺なんて前世でプレイしたゲームの中に転生してるしな。もはや、何が起きても不思議ではない。


「しかし、まさか山の祠がここに繋がっているとは、これも運命。愛の力じゃな」


「えっ、あの祠とシーロン様となにか関係があるのですか?」


「関係もなにも、あれは死んだ妻に遺言で頼まれてワシが建てた妻の墓じゃ。いやー、死後も繋がって、こうして子孫を連れてきたのだから、死んでも感謝しきれんのう。って、ワシもう死んでたわ。ガハハハ」


額から滝の様な汗が流れる。

やばい。どうしよう。俺その墓真っ二つにしたんだけど。ご先祖様の墓を破壊するとか笑えんぞ。最悪縛り首になるのでは?


「どうした顔色が良くないぞ?」


「い、いえ! なんでもございません。貴重なお話が聞けて嬉しかったです。剣はありがたく貰っていきます。では、私はこの辺りで失礼します。急ぎの要件が色々控えておりますので」


急いでこの場を離れよう。目的の武器も手に入ったし、これ以上ここに留まる理由はない!


「待て待て、折角子孫に会えたと言うのに、置いていくのは酷かろうて。ワシも連れてけ」


「はい!? で、でも……流石に骸骨になられたシーロン様を屋敷に置くわけには。家族も使用人も驚いてしまいます」


「それはホラ、全身を隠せるフルプレートの鎧とか用意してくれればいいからさ。ワシだって五百年ぶりに外の世界みたいんじゃ。もちろん、すぐにとは言わない。鎧が完成するまでは獣深森じゅうしんりんで散歩でもしてるぞ」


「は、はあ」


「ああ、五百年で世界がどれだけ変わってるか楽しみじゃ。おっほっほっほ。時代も進んでるし骨フェチの女子とかもいたりして」


なにその多様性。骨に群がる雌犬で勘弁してくれませんか?


「では懐かしき故郷にいくとしようか」


そう言ったシーロン様の頭蓋骨は、表情なんてない筈なのにどこか笑ってるように感じた。


シナリオ修正が目的で、ハイネに強い武器を授けて自信をつけさせようとダンジョンに来たのに、結果としてまた新たなイレギュラーが増えてしまった。どうして俺の行動は全部裏目にでるのだろうか。


嬉しそうに笑うシーロン様を見て、俺は深いため息を吐いた。


(鍛冶師には、なるべく鎧をゆっくりつくるように言っておこう……)

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