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「さて。何からお話しましょうか」


 食事のあと、ようやく人心地ついたらしいセオドアが壁や天井を見回しながらポツリと呟いた。

 この家は強固な結界で守られている上に、様々な魔法が幾重にも張り巡らされているので、人に聞かれたくない話を聞かれる心配はないのだそうだ。


「もったいぶらずに最初から最後まで全部話して。私に嘘ついてることいっぱいあるんでしょう?」

「ええ。まずこの世界がジゲマドグの背に乗っているというのは嘘で、あれは神話です。この世界はツバキ様の住んでいたチキュウと同じように丸いです」

「そ・こ・か・ら・か。薄々おかしいと思ってたんだ。じゃあ、私の体調不良は船酔いじゃないってことね?」


 軽く睨むとセオドアが申し訳なさそうに唇を歪めた。相変わらず紺色の髪はボサボサで、今は無精ひげまで軽く生やして、表情はほとんど分からないけど、彼の罪悪感は伝わってくる。


「召喚された時、ツバキ様の魂と肉体は薄れて消えかけていました。数百年ぶりの儀式で不慣れな者も多く、手順を違えたのでしょう。すぐ近くにいた私は失敗を悟り咄嗟に自分の魂と肉体の一部を使って貴女の命をこの世界に繋ぎ留めました」

「そんなこと出来るんだ」

「ええ、まあ。もともと竜を封印したらすぐ元の世界に帰れるはずでした。しかし貴女と私の魂が思った以上に複雑に絡みついてしまって、無理に引き剥がすと双方死ぬ恐れがあったのです」

「私がそんなことはさせない」


 王子がむっつりと呟く。テーブルの上に置かれた手がわずかに震えている。セオドアは宥めるように彼の手の甲を軽く叩いて話し続ける。


「私はいつ死んでも構いませんが、この世界に無理矢理呼ばれた上に救ってくれた貴女を我々の都合で死なせるのは忍びなかった」


 セオドアはそこでいったん息をつき、お茶の入ったカップに口をつけて唇を湿らせた。カードや薬のこと以外で彼がこんなに喋るのは珍しい。私は話の荒唐無稽さにぼんやりして半ば夢の中の出来事のように彼の動きを眺めていた。


「竜を封印するまでは生きていてもらわねばなりません。その後は……本当は私と貴女の魂を切り離す方法を探していました」

「そうだったんだ」

「神殿にも協力を要請しました。女神と聖女の威光を利用して権威を拡大したい彼らには好都合だったのでしょう。この世界に対する貴女の無知を利用して……というと聞こえが悪いでしょうが、ここに留まっていていただくためにたくさんの嘘をつきました。申し訳ございません」

「……」

「すまぬ。弟を失いたくなかったのだ。ツバキには辛い思いをたくさんさせた」


 セオドアが頭を下げるのを見るのはもう何度目だろう。横にいる王子も一緒に頭を下げているので、普段見えない位置にある二人の旋毛が丸見えだ。髪質や色は違うけど、位置も形も向きもそっくりだ。さすが兄弟。

 私は怒ればいいのか泣けばいいのかしばらく考えていたけど、そのどちらの感情も湧いてこないなと思って二人の顔を交互に見比べていた。


「つまり、私とセオドアを生かす為に三年もあの不味い薬を飲ませてたってことね。あれ材料なんなの? せいじょさま怒らないから言ってごらんなさい」


 我ながら妙に冷静な声が出た。人は感情が行き過ぎると却って頭が冷えるものだと知る。セオドアは一瞬肩をビクッと震わせ、視線をウロウロと彷徨わせた。目が隠れてて分からないけど多分そんな仕草。


「ツバキ様……謂わば貴女は私の肉体を分け与えた半分人形のような存在です」

「うんうん。それで?」

「背が伸びないのも……ム、ムネが小さいのも命を維持するだけで精一杯なので成長はしないのです」


 胸のとこだけずいぶんちっさい声だったけど、まったく身体に変化がないのは理解した。お腹が空くのは半分生きてるから?

 私は続きを促すように頷いて、優雅に足を組んでお茶を飲んだ。セオドアの挙動不審が戻ってなんだか余裕出てきたよ。


「その……定期的に私の新鮮な体液を摂取する必要がありまして……」

「ほう」

「味を誤魔化す為に色々混ぜ込んだ結果……あんなことになったというわけで」

「……」


 私は正しい聖女の慈愛の笑みを浮かべてセオドアを見つめた……なんて? 体液? 体液って言ったかこの男。

 一瞬遅れてやってきた衝撃に私は椅子を蹴倒して立ち上がった。


「ぎゃー!! なんてもの飲ませんのよ!!」

「すみませんすみません、やっぱり僕の血なんて飲みたくないですよね!」

「血!?」

「はい! 血です! 申し訳ございません!!」


 セオドアはテーブルに額を打ち付ける勢いで平伏した。なんだ、血か。びっくりした。あんなものとかこんなものかと思って焦ったじゃない。


「ツバキ、そう怒らないでくれ。セオドアも毎日貧血で大変だったのだ」

「お黙りなさい、ブラコン」

「ブラ……?」


 隣から取りなすように口を挟んでくる王子をキッと睨みつけた。私がセオドア液の激マズ薬飲んでる横で元気にカードゲームして遊んでたじゃないか。

 セオドアは恥ずかしそうに椅子の上でモジモジして、上目遣い? で私を見た。こころなしか頬が赤くなっている。


「私とツバキ様は魂で繋がっておりますから、貴女の状態は手に取るように分かったのが不幸中の幸いです」

「言い方!」


 私はセオドアも睨んで黙らせた。

 つまり今までの話をまとめると、神殿とグルになって嘘をついていた上に血液飲ませて魂GPSで監視してたってことですね。身内意識と政治的な思惑も絡んでやっぱり聖女なんて名ばかりで利用されてたってことだ。

 まあ、でも自分の身を犠牲にしてまで私の命を救ってくれたってところは評価してもいい。チョロいかもしれないが、過ぎ去ったことをネチネチ掘り返しても得るものは少ないのだ。


「……わかった。いや、分かりたくないけど仕方ない。それで? 帰還方法というか、魂を切り離す方法は見つかったのね? それが成功すれば自動的に帰れるってことよね?」

「はい。別の部屋にありますので一緒にいらしてください」


 私は偉そうにふんぞり返って、しょんぼり立ち上がったセオドアについて歩き出した。後ろから王子がついてきて「でかしたぞ! セオドア! さすが我が弟!」とか騒いでいたけど鬱陶しいので無視した。


 セオドアの先導でやってきたのはいかにもな実験室かと思いきや、ただのキッチンだった。外壁と同じ色の煉瓦のカマドや真ん中に大きなパンの打ち台などがある。普段は魔法の道具が忙しく働いているのだろうが、今それらは隅の方で大人しくしていた。

 セオドアは作業机代わりにしていた打ち台の上に「マジョリーナの美味しいレシピ」と数冊の図鑑を並べた。


「ツバキ様の借りたこの本ですが。これは素晴らしいものです。一見レシピ本のように見えますが、偉大な魔女だったマジョリーナの秘密の暗号が散りばめられているのです」


 セオドアが本の表紙をそっと撫でると『ふふふん』と本から得意げな声が聞こえた。マジョリーナさん、ちょっとお調子者らしい。


「生きた本というのは、文字通り素材を生きたまま封じておくことが出来るのですよ」

「え、じゃあ、マジョリーナさん、その中にいるの?」

「いえ、彼女は大昔に亡くなっているのでこれは残留思念のようなものです。この中の材料は今では手に入らないものもありますが、生きた本のコーナーで絶滅種の図鑑を探しました。ツバキ様、ボードについての私の話を覚えていますか?」

「ああ! 絶滅種の植物や動物の骨で作るって話ね?」

「そうです。これらの本の中身は取り出すことも出来るのです。多少中身は減ってしまいますが、問題ありません。まあ、本当は取り出すのは王族の許可がいるのですが」

「継承権を放棄したとはいえお前も王族だろう。良い、私が許可する」


 さっきの私に負けず劣らずふんぞり返った王子が偉そうに言うが、既に取り出した後らしいので、許可も何もないのだけど。


「ありがとうございます。そして完成したのがこちらです」


 どこかの料理番組みたいなことを言いながら、セオドアはカマドの中から出来立てほやほやのボードを取り出した。

 それはみんながゲームで使っているボードに似ているけど、二回りくらい大きさが違う。金色の陣と古代文字が書かれた薄い盤面は、白い大理石のようでいて、角度によっては虹色に輝いて見えたりする。なんだか吸い寄せられそうな気持ちになる。

 私と王子はその不思議な色合いのボードを覗き込んで、感嘆の声を上げた。


「素晴らしいな、セオドア」

「なんかよくわかんないけどすごいね」

「いえ、本を見つけてくださったツバキ様がすごいのです」

「まあね」


 謙遜するセオドアにおだてられて調子に乗る私もマジョリーナさんのことを笑えない。


「あとはカードだけね。カード大会で手掛かり見つかるかなあ」

「そのことなのですが……」


 セオドアは言いにくそうに口ごもりながらローブの内側から一枚のカードを取り出して私たちに見せた。


「マジョリーナの暗号を解読していくうちに、残りのカードの在り処も見つけてしまいまして」

「おお! なんて書いてあるの?」

「世にもおぞましい黄檗きはだです……毒も既に完成しています」

「じゃ、早速!」

「いえ、ここでは無理です。ツバキ様を召喚した神殿の祭壇で儀式を執り行わねばなりません。しかし聖女を手放したくない神殿側から邪魔が入るでしょうね」


 セオドアが思案気に唇を噛んで俯くと、それまで珍しく大人しく話を聞いていた王子が身を乗り出してきた。


「だからこそのカード大会ではないか。お祭り騒ぎに乗じて、神殿の警備が手薄になったところで潜り込むのだ」

「なるほど。いい案ですね、殿下」

「少数精鋭の護衛も付けよう。神殿長たちはこちらで抑えておく。派手にやろう! 終わったらセオドアも大会に合流するのだぞ」


 なんだか騒ぎたいだけのような気もするけど、と思ってしまった私はひねくれているだろうか。

 やっと帰れる算段がついてホッとした。今までの苦労を想えば少しくらいひねくれて文句言ったっていいじゃない?

 私ははしゃぐ王子を眺めながら隣に立っているセオドアに話しかけた。ちょっと気になってることがあるんだよね。


「上手く行くといいね、セオドア」

「そうですね」

「ところでさあ……。肉体の一部ってどこ使ったの?」

「……帰る時に教えます」


 なんだよ! また私が怒るような部分か!?

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