そっちかと思ったらこっちだった
あれから着々と大会の準備は進み、国の内外にお触れまで出して、中止を訴えるどころではなく私は完全に蚊帳の外だった。もうただのお祭り騒ぎじゃん……。
各手配や実務のことなど知りようもないから、私は祈りと聖女の仕事を再開し、たまにセオドアや王子に進捗を聞くくらいだ。ほんとにこれでいいのかなあ。
重篤な怪我人や病人を癒すために慰問に訪れた病院で各病室を回った後に、併設された薬剤を調合する建物の前を通りかかった。日本で言ったら調剤薬局みたいな感じね。
この国には聖女ほどではなくても聖力を使って癒しを行う治癒師や魔力を込めた薬を作る専属の薬師なんかもいるわけで。セオドアの作る薬があまりにもひどい味なので、一度誰かに相談しようと思ってたんだ。
でも私が勝手に行動しようとすると、神殿からついてきたお付きの人 (監視役?)が人と接するのを制限するから今までチャンスがなかったのよね。でもその日は院内が妙にバタバタしていて、思いがけず一人になる機会が巡ってきた。
「あの~、すみませ~ん」
建物の中にとことこ入って行って、おそるおそる部屋の中を覗くと、白いローブを着た数人の薬師らしき人が一斉にこちらを振り返った。
「せ、聖女様? なぜここに」
「えーと、美味しい薬に興味がありまして」
声を掛けてきた男性の薬師にモジモジしながら言ってみる。あれ? ちょっと待って、この言い方だとなんか誤解を招くか。なんて言うんだ? こういう時。即効でハイになれる薬、気持ちよくなれる薬、いや、違う違う。
ポカンとしている薬師の手元を覗き込めば、すり鉢の中で乾燥させた何かの材料をすり潰しているのが見えた。
そういえば、こういう職業があるのになぜ魔術師のセオドアが薬師の真似事をしてるのか気になって聞いたことがあった。曰く、聖女の体調不良は秘匿事項なので、あの場にいた彼がその役目を担うことになったとか言ってたっけ。
天才様はなんでもできるんですねえ。でも別に液体じゃなくても粉薬とか丸薬とかいろいろあるじゃない。なぜいつも液体なの。毒の混入を防ぐためとかなんとか言ってたけど、付け焼刃だから液体しか作れないに違いない。
あの若造変なところでプライド高いから出来ないって言いたくないのよ、きっとそうだ。ここで修行させてもらえばいいんだわ。
「美味しい薬……でございますか」
「ああ、ううん、なんでもないの。それよりセオドアに薬のバリエーション増やして欲しいからここに勉強しに来させてもいいかしら?」
精一杯可愛らしく首を傾けて、上目遣いに見上げると、彼は頬を引き攣らせて首をブンブン横に振った。
「セオドアとは魔術師の? とんでもない。あの方に教えることなど何もありません。逆にこちらが教えを乞いたいくらいです」
「マジか」
「え?」
「いえ、それは本当ですか?」
「あの方なら魔術のみならず、どんな薬でも完璧に作れるはずです」
「えー、じゃあなんでいつも液体ばっかりなのかなあ」
「事情はよく分かりませんが……あの方が液体の薬を作るならば、液体でなければいけない理由があるのだと思います」
神妙な面持ちの薬師の言葉に私は考え込んだ。うーん、液体じゃなきゃいけない理由かあ。なんだろ、薬の知識なんかないから分かんないや。
あとでセオドアに聞いてみようと思っていたら、にわかに表の方が騒がしくなって、誰かが薬局の中に入ってきた。
「あなたが聖女様ですの?」
振り返ると、そこにはピンクゴールドの長い髪をくるんくるんに巻いた貴族と思しき令嬢が立っていた。色白で緑の瞳はぱっちりしていて、唇はさくらんぼみたいに瑞々しく、睫毛は風を起こせそうなくらい長い。おまけに華奢なのにお胸は大きくぷるんぷるんで、この前私が思い描いた正ヒロインにぴったりの容姿だった。来たーーーー!!
「ぷるんぷるんちゃん……」
「え?」
「いえ、なんでも……あの、どなたですか?」
「申し遅れました。わたくしシドラ公爵家の次女、プリムローズと申します」
惜しい! プリンプリンか! 私は内心舌打ちしながら、余計なことを言わないように彼女の次の言葉を待った。
たしかシドラ侯爵って王子にカード譲った人だよね。これはあれか。その見返りに娘との婚約を取り付けたのに、いつまで経っても煮え切らない王子に痺れを切らして娘が乗り込んできたパターンかもしれない。言っとくけど王子がチャラいのは私のせいじゃないからね。この泥棒猫! とか言われても困るぅ。
ありもしない妄想にギリギリ奥歯を噛みしめていると、いきなり彼女にきゅっと両手を握られた。
「なんてお可愛らしいお方! わたくしずっとお話してみたいと思っていたのです。今日はお祖父様のお見舞いに来て聖女様がいらしてると聞いたものですから、いてもたってもいられず探しに来てしまいましたの」
「そうなんですか」
あー、そういえば病院の一番いい部屋に元気なお爺さんがいたっけ。力を流してみた感じだとあの人加齢を除けばいたって健康体だと思うんだけどね。孫に心配されたかっただけだったりして。
それにしてもプリプリちゃんの手は柔らかくて仕草も可愛くて同性だけどドキドキする。性格も良さそうだし、泥棒猫扱いされることはなさそう。王子もさっさと結婚すればいいのにな。
「あの……つかぬことをお伺いしますが王子の婚約者だったりとかは」
「いいえ。父からそういうお話を聞かされたこともございますが、お断わりしましたの。それにここだけの話……」
不敬になると思ったのか、彼女は言葉を切ってそっと辺りを見回してから、私の耳の近くにツヤツヤの唇を寄せた。ふぁー、美少女いいによいがするー。
「わたくし、セオドア様を推してますの」
そっちかー!! ていうか、あのモサ男にどんな魅力が!? 物語的に正ヒロインはモサ男に惹かれるというセオリーなのか!?
え、じゃあ、四六時中セオドアといる私、やっぱり恋敵扱いされちゃうんじゃないの?
いや、ちょっと待て推し? 推しって言った? 異世界に推しの概念あるの? まあ、日本の文化が入り込んだ設定だからありえなくはないか。
ぐるぐる考えていると、美少女は嬉しそうに一枚のカードを見せてくれた。ゲームで使う方ね。
「ご覧になって。SSレアの魔術師セオドア様ですわ。攻撃・防御・魔力、すべてのステータスが最高値ですのよ! わたくし、今度の大会で殿下に挑んでお父様のカードを取り返そうと思っておりますの! 楽しみですわね!」
プリプリちゃんもカードマニア! そりゃそうよね、多分あのマンガってカードゲームの話だもんね。
よく見れば黒いローブをまとった紺色の髪の背の高いイケメンが手を前に突き出して決めポーズを取っている。なんかキラキラしてるし。これがあのモサ男? 盛り過ぎじゃない?
まて、もしかして私のカードもあったりする? 試しに聞いてみたら彼女は良い笑顔でぷるんぷるんの胸元から黒髪の幼女っぽい絵の描かれたカードを出して見せてくれた。
幼女かよ! 異世界人には日本人が幼女に見えるってこと!?
現実に打ちひしがれくらくらしてたら本当に熱が出てたみたいで、あの後探しに来た神殿の人に連れられて、いつの間にか城に用意された聖女の部屋のベッドに押し込まれた。
急いで駆けつけてきたセオドアの不味い薬 (アンモニアっぽい臭いの赤)を飲まされ、しばらくうとうとしていたけど、そのうち視界が真っ暗になって何も分からなくなってしまった。
最後に見たのはセオドアの心配そうに結ばれた口元。いつものことじゃない。そんなに心配しなくてもいいよ。聞きたいことあったけど、今は……眠い。
日本の夢を見ていた気がする。パパとママ、お兄ちゃんと弟でただご飯を食べているだけの平和な夢だけど、涙が出そうなほど懐かしかった。熱が出て気弱になってるのかな。
眠りの淵から意識がぼんやり浮上して、ベッドの傍で誰かが小声で話しているのが聞こえた。どうやら少し熱は下がったようで、周りを見る余裕が出てきた。私が寝かされているのは天蓋付きの大きなベッドで、下ろされた薄い紗幕の向こうに人影が薄っすら見える。
「……もう時間がない。急がなくては」
「分かっている。だが私はお前の身が心配なのだ」
「殿下……」
どうやら話しているのは王子とセオドアのようだ。会話の内容が意味深だなあ。かさこそと衣擦れの音がして、二人が動いているのが見える。
「殿下などと他人行儀な。ルキウスと呼べといつも言っているではないか」
「畏れ多いことでございます。私と殿下では身分が違います」
「かまわぬ。おまえは私の大切な人間だ。命を大事にしろ」
「……」
紗幕の向こうで二つの影が重なって、どうやら抱き合って? いるように見える。え、ちょ、待って。なんか雲行き怪しくない? これってびーえるマンガだった?
王子がなかなか結婚しないのも、セオドアが女の子にあんまり興味なさそうに見えるのもそういうことぉ? 王子が私にちょっかい出すのはカモフラージュってことかもしれないわ。
腐女子の友達に聞いたけど、役割があるのよね。どっちが攻めでどっちが受けかな。たしか左が攻めで右が受けっていってた。ルキウス✕セオドア? それともまさかのセオドア✕ルキウス?
え、やだ、別に腐女子じゃないけど生びーえるちょっとドキドキするぅ。熱上がりそぉぉ。
でも病人の傍でイチャイチャしないでほしい。わざとらしく咳払いすると、二つの影は慌てて離れた。
「ツバキ様? お目覚めになられたのですか?」
紗幕の間からセオドアがそっと顔を覗かせたので、思わず生温かい微笑みを浮かべてしまった。肩をビクつかせたセオドアが一歩後退る。
「どうかなさいました? 何か悪いモノでも拾い食いしたとか」
「セオドアの中で私の印象ってどうなってるの」
「ツバキ! 具合はどうだ?」
セオドアの後ろから王子も顔を出す。さっきまで深刻な声を出していたとは思えない明るさだ。
「大丈夫です。あの……」
「なんだ? 腹が減ったのか? 何か食べるものを持ってこさせよう」
「いえ、あの、私……、お二人のことを応援しています。決してお邪魔はいたしません。もちろん皆さんにはナイショにします」
「は?」
この世界にハトがいるのかどうか知らないけど、王子はハトが豆鉄砲を喰らったみたいな顔で口を開けたまま固まった。
「聞いていたのか」
「ええ、お二人は秘密の恋人同士なんでしょう? 大丈夫です、誰にも言いません」
「はあ!?」
今度は王子とセオドアが声を揃えて大声を上げた。息もぴったり。ほら、やっぱり仲良しじゃーん。
しかし、それはすぐ私の勘違いだと分かった。ルキウスとセオドアが憤慨しながら交互に説明してくれたところによると、二人は腹違いの兄弟なのだそうだ。
魔女の家系だった母方の血を継いで、膨大な魔力を持って生まれたセオドアは、後継者争いを避けるために継承権を放棄して、魔術の師匠に弟子入りしたのだという。
「私は王位には興味がありませんからね。でも周りはそう思ってくれない」
「そうだ。子供の頃はそれぞれの擁護派の重鎮たちに反発し合うように仕向けられて大変だったのだぞ」
「別に兄弟であることを隠してはおりませんし、秘密の恋人同士というのはひどい誤解です」
「まったくあの頃はあいつらのせいで可愛い弟と思うようにカードゲームも出来なくてつらい思いをした」
「そっちかい」
ある意味原作からブレない王子だ。しかもブラコンじゃん。あ、セオドアも王子だったのか。全然そんな風に見えない。他にもいろいろ気になることはあるんだけど。
外出も監視付きで神殿の奥に閉じ込められたも同然の生活だったから、周知の事実でも知らないことたくさんあるんだなあ、私。
「セオドアの命が心配ってどういうこと?」
「……それについては時が来れば必ず説明いたしますので。まだ熱も下がっていませんし、今夜はゆっくりお休みください」
たしかにまだ頭がふらふらする。強制的に布団の中に押し込まれ、あやすようにポンポンされるとまた眠くなってくる。ほんとセオドアの中で私の印象どうなってるんだろう。
再び眠りに落ちる直前に、プリムローズの持っていたカードの幼女がふと頭をよぎった。
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