〇〇〇に優しい聖女様
「闇が世界を喰らう時、女神の慈悲を乞え! 出でよヘドホロン! 冥府の荒野を切り拓き進むべき道を示せえええ!!」
「ははははは!! かかったな! 闇の力を求める邪悪な者どもよ! 大地を揺るがすジゲドマクの嚇怒!! 喰らえええ!!」
古の邪竜が空を飛び、荒々しき創世の神獣が大地を席巻する。私の眼前で激しい戦闘が繰り広げられていた。国一番の天才魔術師とこの国の未来を背負う王子、どちらが勝っても多大なる痛手を負うことは想像に難くない。
何のために戦うのか、それぞれの信条をかけた戦いはいつ果てることも無く永遠に続くかと思われた……。
って、そんな訳ないよねえ。私は香りのよいお茶をすすりながら、目の前で繰り広げられる光景をのんびり眺めていた。珍しくセオドアが大声を出している。無駄に顔の良いキラキラ王子は今日も暑苦しい。
二人がやっているのはボードの上に並べたカードによる模擬
今日も平和だわ。ていうか大丈夫か聖都。多分この人たち国のエライ人だよね? こいつら私が祈ってる間にこんなことして遊んでたのか。しかも若干中二病くさい。
よくよく考えてみたらこれは物語の世界で、もちろんここに暮らす人たちにとっては現実ではあるんだけど、ちょっと日本の文化が入り込んでいたところで不思議はない。
魔物に襲われれば人は死ぬし怪我をすれば血が流れることは、邪竜の討伐隊に加わった時に嫌というほど思い知らされたから、安易にフィクションだなんて言うつもりはない。
でもたしかあのマンガ、カードゲーム好きの二才下の弟が「面白いからねえちゃんも読みなよ」と勧めてくれたんだった。多分対戦相手が欲しくて、ちょっとでも興味を持ってほしかったんだと思う。
兄と弟がそんな感じだったから、少し、いやかなりそういうものに触れて育ってきたけど、私が好きなものは可愛いものだからそこまで興味は湧かなかったのを覚えている。お奨めされればマンガとかアニメは見るけどね。
だいたいこういう物語の主人公はモブっぽい男でイケメンは鬱陶しく描かれがちだ。ヒロインは……オタクに優しい天然系巨乳美少女とか?
私はカップを持つ手を止めて自分のささやかな膨らみを見下ろした。おもむろに左の手の平を胸に当ててすーっと撫で下ろしてみる。
ない。引っかかるとこ全然ないな。お菓子とティーポットが乗ってる円卓の上に「たゆん!」て胸が乗ったりしない。
無情な現実に涙が零れそうになっていると、ゲームに熱中していたはずのセオドアがいったんバトルを中断して私の元に小走りに近寄ってきた。
「ツバキ様! お加減が悪いのですか!? ささ、お薬を……」
「べっ、べつになんともないわよ!」
「左様でございますか。それは失礼いたしました」
セオドアはシュンと肩を落としてますます猫背になった。純粋な心配も含まれてはいるのだろうけど、隙あらば薬を試そうとするのやめて欲しい。でもあまりにしょんぼりしているのでちょっと可哀相になった私は、椅子とお茶を勧めてみた。
はっ! これはツンデレチョロインというやつでは? いやいやいやいや、自分がヒロインだなんて図々しい。元の世界に帰還する聖女は添え物で、きっとどこかに可愛らしい巨乳の貴族令嬢やキラキラの魔法少女なんかがいるに違いない。
「なんだ、ツバキ。仲間外れが寂しかったのか?」
「そんな訳ないでしょ」
「でもカードについてはツバキ様も詳しく知りたいでしょう?」
「そうだけどさあ」
「まあ、参考までに聞いておけ」
後からやってきた王子は当然のように椅子にふんぞり返ってお菓子をパクついている。まあ、自分の
なんでこうも布教したがるのか。ふん、カードゲームなんか全然興味ないんだからね! いや、帰る方法は興味あるよ?
むくれる私になぜか興奮状態のセオドアが早口でゲームの説明を始めた。
もともとセオドアの師匠がカードコレクターで、その遺志? を引き継いだセオドアもゲームにはまり、いまや王子や国まで巻き込んでイベントやゲーム大会などを開催しているらしい。
専用ボードに描かれた五芒星の真ん中に微弱な魔力を帯びた四十枚の取り札と、その周りに五枚のカードを並べ、魔物や神を召喚した
こ、こいつオタクだ。薄々そうじゃないかと思っていたけど、カードゲームの話をする時のオタク弟にそっくりだ。そもそもイベントのためにレアカード探しを師匠の家でしていて、偶然あの古いカードを見つけたらしいのだ。
なんだ、私が帰る方法を研究してたんじゃないのか。やっぱり添え物決定じゃない。
「カードの四隅にあるのが属性で、この右下が魔力・聖力量、左上が攻撃力・防御力などを表しています。真ん中の下にあるのが
「……ほーん」
あー、今、クリーチャーとかデッキって言っちゃったね。実際魔力を含んだカードからは立体の神や魔物が飛び出してくるのだそうだ。そんな事細かに説明して私をカード沼にでも沈めるつもりか。ミリも興味ないけど。
「このカードは芸術的にも優れているのだ。見よ、私のこの女神カードの美しい造形を」
「イイデスネー」
「コレクターのシドラ公爵に無理を言って譲ってもらったのだ」
「う、うらやましい……!」
「へーへーへー」
なぜか王子までカードを取り出してウットリしながら私に見せてきた。国家権力乱用しまくりじゃーん。わー、女神様ムチムチぷるんぷるんだー。多少盛ってる気がしなくもないけど実際に見た女神様はたしかにぷるんぷるんだったなあ。
王子のドヤ顔に悔しがるセオドアだが、私はしらけ切ってお菓子を口に入れた。どうせ私は巨乳でも正ヒロインでもないオタクに優しくない虚弱体質の貧乳聖女ですから。あ、言ってて悲しくなってきた。
なるほどねえ。なんでこのハイテンション王子とローテンション魔術師が仲いいのかずっと謎だったけど、ゲーム仲間ってことね。
二人が盛り上がっている横で黙々とお菓子を頬張る。ちなみに今食べているのは図書館で借りてきた「マジョリーナの美味しいレシピ」を参考に王宮料理人に作ってもらった焼き菓子だ。テブラタというこの国特産の赤い実をすり潰してムチリという牛に似た生き物の乳に混ぜ合わせて焼いたものらしい。
やっぱり物の名称もそっち寄りだし巨乳ヒロインはどこかにいるんだろう。へっ、どうせムチムチも手ブラも関係ありませんよ。
思わず遠い目をした私に気付いたセオドアが、まだ王子のカードをちらちらと伺いながら話しかけてくる。
「ツバキ様、ゲームには興味ないかもしれませんが、カードの原型はあの古代文字のものなのですよ」
「なるほど」
「本物のボードもどこかにあるはずなんですが、それも見つけないといけません」
「え、作るとかチョークかなんかで地面に描けばいいんじゃないの?」
「まさか! 作るなど不可能です。今はもう手に入らない絶滅種の植物や動物の骨なども使っているのですから。ボードの現物を探す方が現実的です」
「そういうもんかあ。魔法でちょちょいとどうにかならないの?」
「……魔法は万能ではありません。そうであるならあなたはとっくにチキュウに帰っているはずです」
「……じゃあ、胸を大きくする薬とかは?」
「は? え? む、むね?」
原作者め。ややこしい制約つけおってからに。ぷうと頬を膨らませた私の八つ当たりな質問にセオドアの挙動不審が最高潮になる。髪の端から出ている耳や首筋がみるみるうちに真っ赤になった。いや、胸って言っただけだよね? どんだけ耐性ないの。この世界の淑女は胸という単語を口にするのも卑猥になるのか? もう儚げのイメージなんてどうでもいいわ。
「なんだ、ツバキは胸を大きくしたいのか! 揉んだり子を産めば大きくなると聞いたことがあるぞ。なんなら私が揉んで……」
「セクハラですよ、王子」
「セクハラ? セクハラとはなんだ? 新たなお告げか?」
「いいから黙っていてください」
王子は王子でグイグイ来すぎてキモチワルイ。この人が絡むとややこしくなる。セオドアは今や全身真っ赤になる勢いでブルブル震えながら黙ったままだし、なんとなく胸のあたりに視線を感じなくもない。被害妄想かもしれないけど、ものすごく失礼なことを考えている気がする。が、彼はそのうち蚊の鳴くような声で早口で話し始めた。
「……いま食べていらっしゃるテブラタを食べると大きくなると聞いたことはありますが」
「声ちっさ。なんて? あるの?」
「あ、あるような無いようなことも……あったりなかったり……」
「結局どっち!?」
「あります!」
「よし、作れ!」
しどろもどろのセオドアと勇ましい私のやり取りを聞いていたルキウス王子が、突然立ち上がりお茶を一気飲みして叫んだ。
「そうだ! 残りのカードとボードの情報を集めるためにも国を挙げて大会を催そうではないか!」
「はあ!? いや、民の血税使ってそんなもん開催しないでくださいよ」
「素晴らしい案ですね!!」
「聞け、おまえら」
「これは歴史を変える大会になるぞ」
「さすがです! ルキウス殿下!」
「んな訳あるか、おい、聞けって」
部屋の隅にさりげなく控えている侍従や侍女に助けを求める視線を送っても、すーっと目を逸らされてしまった。王子やセオドアがこうなってしまったら何を言っても聞かないのが分かっているのだろう。
この国ほんとに大丈夫!? 王様に直訴した方がいい? もう言葉遣いや態度に配慮している場合ではない。興奮した二人は当事者の私をさし置いてどんどん話を進めていく。
ダメだ、完全に沼ってやがる。やっぱカードゲームしたいだけだろ!?
あまりの馬鹿馬鹿しさにめまいを起こした私は、結局セオドアの新作「泡立つショッキングピンクの飲み薬」を飲まされる羽目に陥ったのだった。……味は言うまでもない。
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