38話:若月「行けよ!」
◆◆◆
電気のついていない、だだっ広い部屋。
ホールだと言っても良いくらいの広さの空間で僕は一人、座ってるのか立っているのかわからないふわふわとした感覚のまま、前方に映し出される白黒の映像を黙って見ていた。
その映像は女の子が病気になって後遺症に苦しむ姿を映し出していた。
その女の子には見覚えがある。園田さんだ。
映像はずっと園田さんを追いかけている。車椅子の上で嘔吐して、衣服を汚してしまった。歩くのにも苦労して、ご飯も食べない。リハビリに行きたくないって駄々を捏ねて、占拠されたと言って病院から抜け出そうとする。
近くには必ず誰かがいる。礼子さんや千堂さんが多い。もう一人誰かがいるけど、そのもう一人はずっとモザイクがかかっていて誰かわからない。
そのモザイクがかった人間は凄く良い奴だった。
後遺症に苦しむ園田さんの傍にずっといて、優しく話を聞いて、時間がどんなにかかっても諭した。園田さんが喜ぶから何枚も絵を描いて見せて、二人で笑っていた。ご飯を食べたくないと喚くと、園田さんの好物である卵トーストを持参して一緒に食べた。園田さんがリハビリなんて拷問だというと、リハビリの大切さをゆっくりと優しい口調で説明して、納得した園田さんはリハビリを始めた。病院が占拠されたって抜け出した園田さんを見つけると、みんなには内緒だと言って背中におぶり、一緒に少しの間抜け出した。やがて落ち着きを取り戻した園田さんと病院に戻って、みんなに頭を下げていた。
そんな二人の様子を、僕はただ悔しそうに眺めているだけだった。僕があの映像の中にいたらモザイクの人間の代わりに、全部そうしてあげられたのにと嫉妬した。
だけど、思い出す。
園田さんから手紙を貰う前の僕は、そんなことはできなかった。
あのモザイクの人間は僕の理想通りのことをしているんだと気付いた。僕ができなかった恋人としての理想像。ずっと傍に居て支えてあげたかった。でも僕は怒鳴り、突き放した。それを後悔している。
いくら後悔しても、過去に戻ることはできないってわかっている。それならこれからをどうにかしないといけない。僕はもう絶対に園田さんを離さない。何があっても支え続ける。
俯いていた僕の視界の端が明るくなった。顔をあげて、光射す方を見る。車が一台、スピードを緩めずに近づいてきていた。ライトが照らす先に園田さんが横断歩道を渡っていた。
「園田さん危ない!」
必死に叫ぶ。でも、その声は園田さんには届かず、ゆっくりと歩いて行く。もう一度、叫ぼうとしたのに今度は声がつっかえて出てこなかった。
車はさっきよりも近づいている。このままだと園田さんが轢かれてしまう。助ける為には僕が身を挺して守らないといけない。
足が震えて、棒になったかのように動かなくて前にでない。ダメだ、僕は助けることができない。
諦めかけた瞬間、怒声が響いた。
「行けよ!」
園田さんからの手紙を読んだ後、病院に行けと言った千堂さんの言葉だってすぐにわかった。でも、その声は千堂さんじゃなかった。声の主はモザイクがかった奴で、僕自身だった。
やっと足が動いた。猛スピードのまま車がすぐそこにまで来ていた。伸ばした手が園田さんの背中に触れそうになったとき、光に包まれて何も見えなくなった。
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