36話:園田「死んでいればよかった。わたしを殺して下さい」
☆☆☆
頭が痛い。病院に行かなくちゃ。
その思いだけで道を歩いていると、誰かに肩を掴まれた。そして、私には抗いようもないくらい強い力で後ろに投げ飛ばされた。
最初は何があったのか理解できなかった。だけど、歩道の上に尻餅をつきながら、私は微笑む若月くんの表情を見た。瞬間、甲高いブレーキ音を響かせた車が若月くんを撥ねた。
車は少し先で停車した後、何事も無かったかのように走り去っていった。車のいなくなった道。電灯に照らされた反対側の歩道の上に若月くんが倒れている。
「いや」
声がほとんど出ない。全身の血が凍ったみたいに冷たくなって体が震える。道を挟んだ向こう側、電灯に照らされて、倒れた若月くんの体から血が流れてるのが見えた。
「きゅうきゅう車、電話、しなきゃ」
私はポケットの中に入れていたスマホを取り出して、救急車を呼ぼうとする。だけど、番号を押そうとしたところで指が止まる。
「なん番、だっけ……?」
私の頭は、救急車の番号を記憶していなかった。何番を押せば良いのかわからない。
「わからない。わからないよ。わか月くん。どうしよう」
目の前にいるのに、私は若月くんを助けられない。自分に激しい嫌悪感と憤りを覚える。
声にもならない嗚咽と共に、涙が溢れる。
私の耳にエンジンの音が聞こえてきた。その音はどんどん近づいてきて、私のすぐ傍にサイドカーのついた黒いバイクが停まった。
「ナコ?! 良かった。見つけた」
莉歩の声。私はすぐに顔をあげる。
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
莉歩が凄く心配そうに私を見つめる。私は必死になって莉歩に訴える。
「わか月くんが、わか月くんが!」
だけど、私の頭はパニックになってるのかそれ以外の言葉を導き出してくれない。
「若月? そういえば、若月はここにはまだ来てないの?」
言いながら莉歩が辺りを見回し、向こう側の歩道を見たところで動きを止めた。「えっ」という声が莉歩の口から漏れた。
「わか月くんが、わたしを助けようとして……きゅうきゅう車! 莉歩、呼んで。わたし、番号、わからないの」
莉歩の胸にすがりつきながら、涙を流して懇願する。
莉歩が私の頭を優しくポンとした後、向こうの歩道へ走っていく。倒れる若月くんを見て、遠くからでも絶句しているのがわかった。
莉歩はすぐにスマホを取り出して、電話をした。
「人が倒れてます。事故だと思うんですが、辺りに車はないです。はい、場所は」
莉歩の声がいつもより震えて聞こえた。それでも冷静さを失うことはなく状況と場所を伝えて電話を切った。そのまま莉歩は、若月くんの体に手を置いて何かをし始めた。止血をしてるのか、怪我がないかを見てるのかは、私の位置からはわからなかった。
なんでこんなことになってしまったんだろう。
私が病気にならなかったら番号は覚えてて、もう若月くんは救急車に乗ってる筈なのに。そもそも私が病気にさえならなかったら、若月くんが事故に合うこともなかったんだ。
私が病気で死んでいたら、こんなことにはならなかった。
苦しい、胸が痛い。私なんて病気になったときに死んでいれば良かったんだ。そうすれば、みんな幸せだったんだ。
サイレンの音と共に救急車がやってくる。気がつくと人だかりができていた。
莉歩が救急隊員に説明をしている。若月くんがタンカで車内に運ばれた。腕が力なく、だらりと垂れたのが見えた。
雨で濡れた体が寒くて震える。雲で月が隠れて、電灯の明かりしかなかった道を救急車のランプが真っ赤に染める。静かな町にサイレンの音が響き、遠ざかっていく。
若月くんが乗った救急車が私の視界から見えなくなってから後のことは、ほとんど覚えていない。なんとなく、お母さんと警察が来たこと。警察の人に話を聞かれたけど、上手く答えられなかったことはおぼろげに覚えてる。
その後、私も怪我をしていないか病院で診て貰った。お母さんと一緒に検査結果を聞いた。
結局、夜中の頭痛は出血なんてないただの頭痛で、若月くんが私を助けようとして投げ飛ばしたことによる怪我はかすり傷だけだった。
なんてことをしてしまったのだろうと、後悔ばかりが私を襲う。
「わたしがいなければ。わたしを、殺してください」
診察してくれたお医者さんに、そう懇願して涙を流した。
お医者さんが困惑した表情を浮かべて、隣に座っていたお母さんが顔を俯かせた。
やっぱり誰も私を殺してくれない。こんなに人に迷惑をかけてるのに死なせてくれない。それだったら、どうしてたらこんなことにならなかったのかな。もっとリハビリを頑張ってたら、こんな風にパニックを起こすことなんて無かったのかな。私がワガママばかり言って、リハビリを始めたのが遅かったから、こんなことになったのかな。
やっぱり全部、私のせいだ。
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