35話:若月「このくらいの覚悟、もうできてんだよ」
◆◆◆
けたたましい着信音とスマホの振動で目を覚ました。
外からは車の音や近所の家の音が聞こえない。静まり返った町の様子から夜中だということはわかった。こんな時間に誰が電話なんてしてきたのだろうと、寝惚け眼でスマホを手に取った。
光に慣れていない瞳にスマホの灯りはあまりに眩しい。一度、目を強く瞑った後、しかめ面で電話をしてきた相手の名前を確認した。
画面には園田さんのお母さんの名前、『園田礼子』と表示されていた。その名前を見た瞬間、嫌な予感がして、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
こんな時間に礼子さんが僕に電話をしてくるなんて、園田さんのこと以外にありえない。
心臓が嫌な強い鼓動を打つ。恐る恐る、通話ボタンを押して耳にあてた。
『ひなから連絡とか来てないわよね?!』
スマホの向こうから、取り乱した様子の声が耳に飛び込んできた。やっぱり園田さんに何かがあったらしい。
「来てません。園田さんに何かあったんですか?」
僕は少し早口気味に問いかける。
『さっきひなの様子を見に部屋に行ったらいなくなってたの。家の中、どこ探してもいなくて、ひなの靴が玄関から無くなってて』
取り乱したような口調から、今にも泣き出しそうな声に変わっていった。
「今から探しに出ます。見つけたら連絡します」
すぐに返事をして電話を切る。寝巻きにしているジャージすら着替えず、慌てて部屋を出た。階段を下り、靴を履いて玄関を飛び出した。外は雨が霧状に降っていて、体にまとわりつくようだった。
雨のおかげで頭が冷えたのか、少し冷静になった僕は、とりあえず園田さんに電話をしてみようとスマホの画面をつける。そこでようやく園田さんからLINEが来ていたことに気がついた。
『頭がいたいよ。助けて、病院に行かなくちゃ』
それだけの内容。それでも、園田さんは病院に向かっているということがわかった。ともかく電話をしよう。連絡が取れたら近くに何があるか聞いて、そこで待つように言おう。しかし、園田さんは出なかった。何度かけなおしても出ない。探しに行くしかない。だけど、一体。
僕が悩み始めたと同時にスマホが鳴る。
画面を見ると、千堂さんからの着信だった。園田さんのことで何かあった時だけ連絡を取り合おうと、少し前に番号を交換していたのだった。
『ナコのお母さんから聞いた!?』
「聞いた。それと園田さんからLINEがきてたのに気付いた。園田さんは、頭が痛くなったらしくて、病院に行こうとしてるみたいだ」
『ほんと? それなら』
千堂さんは、そう口にしたところで言葉が詰まる。僕と同じことを考えたのだとわかった。だから僕は、千堂さんにそのことについて問いかけた。
「どっちの病院だと思う?」
そう、園田さんはくも膜下出血になってから、二つの病院で入院をした。
手術をした幹線道路沿いの十心病院か同系列のリハビリ病院か。十心病院は市内の南側にあり、リハビリ病院は北側にあって反対方向だ。園田さんの家からは、どちらに向かっても同距離くらいで、近い方に向かったという判断ができない。
『二手に別れて探す!』
千堂さんは考えるよりもそうやって探した方が良いと判断したらしい。僕は少し考える癖があるから、その案はすぐに思いつかなかった。今はそれで探した方が良さそうだ。
「僕は幹線道路沿いの十心に行くよ」
家から十心病院まではゆるやかな下り坂になっている。自転車の僕はそっちの方が動きやすいという理由だ。千堂さんはバイクだろうから、リハビリ病院側でも問題無いだろう。
『わかった。見つかったら連絡してよ。こっちにいないと思ったらそっちに向かうから』
僕は了解と返して電話を切った。家の駐輪場から自転車を引っ張り出す。十心病院へと向かいながら園田さんを探し始める。
僕の家からだと中道を通れば早い。だけど、園田さんの家からだと、南北に通る広い県道を通っていくだろうと推測して、その道沿いを自転車で走った。
雨を降らす雲のせいで月明かりもなく、随分と夜道が暗く見えた。少し前まで聞こえていたコオロギや鈴虫の鳴き声も十月の下旬にもなると鳴りを潜めて、やけに町が寂しく思える。
そんな中、僕は何度も園田さんの名前を叫びながら自転車を漕いだ。
暗い夜中の町。僕の「園田さん」と叫ぶ声と自転車のチェーンとタイヤが高速で回る音が響く。営業時間が終わっている居酒屋やホームセンター、営業中のコンビニの横を通る。夜中の灯りの無い店舗はどこか怖く感じ、コンビニの灯りは怖さを和らげてくれた。
一台の車が僕を追い越していった。ヘッドライトで道が照らされる。僕は目を凝らして遠くを見る。目測で百メートル程先の歩道を歩く人影が見えた。
その人影の歩き方はたどたどしくてゆっくりだ。遠くからでもその姿に見覚えがあった。
「園田さん!」
人影に向かって叫ぶ。これまで以上にペダルを漕いで速度を上げて近づく。だけど、僕が近づいているのには気付いていないみたいで、尚も歩き続けていた。
距離が近づく。園田さんで間違いない。僕は何度も名前を呼んだ。それでも僕には気付かずに点滅信号の横断歩道を渡り始めた。僕もすぐ近くまで来ていて、少し安堵した。
さっきとは別の車の白いヘッドライトが園田さんを照らした。その光は僕の背中から飛んできていた。
普通なら減速するだろう距離になっても、車がスピードを緩める様子がない。
やばい。
ドクンと胸が一度、強く鼓動した。
自転車を投げ捨てるようにして降りる。横断歩道を駆けて、左足をひきずるようにして歩く園田さんの肩に手をかけた。
園田さんが怪我をしませんように。
僕はそう願いながら、肩にかけた手に力をいっぱい込めて、自転車を投げ捨てた歩道に向かって、園田さんの体を思い切り投げるようにして引っ張った。
白く眩しいヘッドライトが点いた車へ顔を向ける。
世界がスローモーションになった。
車はもう目の前に迫ってきていた。視界の端に驚いた表情の園田さんが、歩道の上に倒れていくのが見えた。
今までのことがフラッシュバックする。園田さんと出会ったときのこと。告白をしたときのこと。花火大会、登山、流星群、病気、HCU、転院、園田さんを怒鳴り散らした砂利の駐車場。
ああ、これはあれだ。
神様が僕を試したんだ。
覚悟が足りなくて、園田さんに怒鳴り散らしてしまった僕に、本当にこれから園田さんを守れる覚悟があるのか問いかけてきたんだ。
それならこう言ってやる。
見たか。このくらいの覚悟、もうできてんだよ。
神様に向かって心の中で覚悟の言葉を吐き捨てた瞬間、視界が暗転した。
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