25話:園田「九月になっても来なかったら」
☆☆☆
夜中の病室。
いつもならもう寝てる時間。それなのに今日は目が冴えて寝られそうにない。
今日は新月なのかな、それとも、曇りで月が隠れてるのかな。
いつもカーテン越しに月の灯りを感じるのに、今日の病室は真っ暗だ。ずっと若月くんのことを考えてしまう。
走り去っていく若月くんの後姿が瞼の裏に焼き付いて、目を瞑ると鮮明に浮かんでくる。
病気になる前は、いつも私が前を歩いてた。そのせいで若月くんの背中をちゃんと見たことが無かった。それを今日、初めてしっかりと目にした。それは大きくて、凄く寂しく見えた。でも、いつも寂しそうなわけじゃないと思う。そんな風に若月くんを悲しみで染めてしまったのは私のせい。私がしっかりしていなかったせいだ。
私はみんなに甘えてたんだ。病気になって、目を覚ましたときのことは覚えていない。でも、ここの病院に来てからのことはある程度覚えてる。みんな私に優しかった。
ご飯を食べたくないって言えば、食べなきゃダメよと言いながら無理強いはしなかった。リハビリなんてしたくないって駄々をこねたら、わがままを聞いてくれた。
それが普通なんだって思ってた。私は病気だから、このくらい聞いてくれるって思い込んでいたんだ。それを若月くんは気付いてたんだ。
今日の若月くんの言葉は、神様の言葉なんだと思った。神様がどこかから見てて、若月くんの体を借りて、私に説教をしたんだ。
だからといって、あの言葉が若月くんの本心じゃないとは思わない。きっと若月くんも、みんなも心のどこかでそう思ってる部分はあると思う。私があまりにも酷いわがままを言い続けたから。
私はみんなの重荷になってたんだ。
特に若月くんに頼りすぎた。どんな人にだって耐えられない重さがある。
私が背負わせてしまっていた重荷は、若月くんの許容範囲を超えてしまってたんだ。だから、もう別れなきゃいけない。別れて楽にしてあげなきゃいけない。だけど、別れたくない。
若月くんのことが好きだから。病気になる前にはわからなかったはずの好きって気持ちで胸がいっぱいで、若月くんに誰よりも可愛いって思ってもらいたい。傍にいたいって思っちゃう。
枕元においてあるスマホを右手で持って時間を確認する。暗闇に目が慣れていて、灯った画面がやけに眩しい。
目を凝らして画面を見る。まだ夜の十時を過ぎたばかり。たぶん、若月くんはまだ起きてる。
「電わ、しようかな。こえが、聞きたいな」
ポツリと本音が漏れる。だけどそれはしちゃいけない。また若月くんに重荷を背負わせてしまうから。
スマホを見てると電話をしたくなる。だから、枕元にまた置いた。こつん、と指先に何かが当たった。
そこにあったのは、いつか若月くんが私のために持ってきてくれた図書館の絵本。
私が読めるようにって平仮名ばかりで書かれたもので、優しい物語。
その絵本の表紙を見ていると、涙が溢れてきた。
この絵本は若月くんの優しさだ。
それがわかるから、ギュッと胸が締め付けられた。
その優しさに私は甘えすぎてたんだ。その結果、こんなことになっちゃったんだ。
涙が止まらない。枕が濡れていくのを右頬で感じる。
若月くん、若月くん、若月くん。
真っ暗な病室、心の中で若月くんの名前を何度も唱える。
だけど、このままだといけない。ずっとこのままだと、迷惑ばかりかけてしまう。
だから、決める。
九月までに若月くんが来なかったら。
胸が締め付けられたように痛くなった。
自分で決めたことなのに、凄く苦しい。
胸の痛みに耐える為に左手を動かそうとしたけど、上手く掌が開かない。右手だけでシーツを皺になるように強く握った。
暗い病室の空気に溶けてしまいそうな程か細く、「ごめんなさい」と呟いた。
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