とても綺麗な君を好きになったクズな僕と、煌びやかな世界に生きてるあなたに恋した壊れた私。

６話：園田「風が秋の色がついているように見えた」

　☆☆☆

　十一月。

　木枯らしが吹く晩秋。赤や黄に色づいた紅葉も少しずつ散り始めて、冬が顔を覗かせ始めている。

　「今年最後の紅葉狩りに行こう」と若月くんからお誘いがあった。誘われたとき、若月くんと眺める紅葉は、私にも綺麗に見えるかもってわくわくした。

　行き先は隣の市と跨る標高三百メートルくらいの山。午前中に登って頂上でお昼ご飯を食べようと、私は早起きをしてお弁当を作ることにした。

　二人分のお弁当を作るねと提案したのは私の方からだ。今でも若月くんのことが異性として好きかはわからない。だから、彼女らしいことをして、その後ろめたさからくる罪悪感を少しでも和らげようとした。

　そんな自分がとてもずるい人間のように感じて自己嫌悪に陥る。それでもこの先、若月くんのことを本当に好きになる可能性は感じてる。だから、まだ別れようとも思わない。

　ごめんね。

　そう思いながら作ったお弁当はスクランブルエッグを、焼いたトーストに挟んだトーストサンド、私の好物だ。からしは苦手だからバターとマヨネーズを少しだけ塗るのがお気に入り。

　そのお弁当をリュックに入れて、動きやすい服と靴、それとツバの広い帽子を被って、集合場所の駅前に向かい若月くんと合流する。

「その帽子似合ってる」

「ありがと。でも、『似合ってる』だけかー」

　私はわざとらしく頬を膨らませた。

　私の態度に、若月くんが「え、えっと」と困惑する。

「山登るための服だけど、私なりに『可愛く』見繕ってきたんだけどなー」

「あっと、その･･････凄く可愛いよ」

「ふふふ、よくできました。ありがと」

　私が誘導したとはいえ、顔を真っ赤にさせながらそう言ってくれたことが素直に嬉しい。きっと私がどんな格好してきてたとしても、若月くんは褒めてくれるつもりだったんだってわかる。その優しさが十分に伝わってきた。

　改札を通ってホームに下りた。丁度やってきた電車に乗って、二駅下った先の駅で降りる。そこからバスに乗り換えて、目的の山の登り口に到着した。

　登山口の近くに神社があった。

　若月くんの提案でお参りをしてから登ることにした。

　お賽銭を入れて、手を合わせる。

　何を祈願しようかな。この神社が何にご利益があるかわからない。少し考えて、思いついたことをお願いすることにした。

　若月くんの見てる世界に少しだけ触れられますように。

　顔を上げて隣を見ると、若月くんはまだ何かお願いをしている。

　少しすると若月くんが顔を上げて、「行こうか」と言ったので頷いて歩き出す。

　薄暗い山道を歩く。地面は登山する人によって踏み固められていて、歩きやすかった。

　紅葉のシーズンからは少し遅れたと思ったけど、山道を歩けばどこを見ても、赤と黄に色づいた鮮やかな木の葉が目に入る。どこかから鳥の囀りも響いて、歩くだけで心地よかった。

「さっき、どんな、こと、お祈りした？」

　緩やかな坂を歩き始めて、まだそんなに距離は進んでいない。それなのにもう息が上がっている若月くんが尋ねてきた。

「若月くんは何をお願いしたの？」

「僕は、園田さんと、二人で無事に、怪我無く、登って帰って来れますように、って」

　若月くんはそう言うと、僅かに微笑んだ。

　若月くんのお祈りした内容を聞いて、自分のことしか考えていないお祈りをした自分が恥ずかしくなった。同時に若月くんの優しさに胸が痛んだ。

　人の為にお祈りができる優しい男の子と、好きかどうかもわからない状態で付き合ってる自分に強い罪悪感を覚えた。

「それで、園田さんは、どんなお願い、したの？」

　若月くんがまた同じ質問を投げかけてきた。

「うーんとね、内緒」

　自分だけの為にしたお願いなんて言えない。

「どうして？」

「言わない方が叶いそうだからかな」

　私は悪戯っぽく笑みを浮かべて見せた。

「それだったら、僕のお願い、叶わなく、なりそうだ」

「そんなことないよ。それよりも一旦休む？」

　隣を歩いていた若月くんの肩が大きく上下に揺れて辛そうだ。

　私は普通のペースで歩いてるつもりだけど、若月くんはもともと歩くのが遅い。私に合わせようとして、余計に疲れたんだと思う。

　若月くんは「ごめん」と言って、近くにあった程よい大きさの岩に腰掛けた。私はリュックから水筒を取り出し、お茶を入れて差し出す。

「ありがとう」

　若月くんはお茶を一気に飲み干した。疲労のせいか俯いて口で息をしている。

　少し強い風が吹いて紅葉が舞った。その音に若月くんが顔をあげる。

　癖の強い黒髪の前髪に隠れたきらきらと輝く三白眼の目。その瞳と私の目が合わさった瞬間、どきりとする。

　この瞳には風に舞った紅葉がどんな風に見えてるんだろう。そんなことを考えると胸がドキドキする。

「さあ、行こうか」

　じっと目を見つめていると、それに気付いた若月くんが照れたように顔を背けながら立ち上がって歩き出した。

「もう？　大丈夫なの？」

　すぐに隣に追いついて心配して問いかける。すると、若月くんは困ったように笑った。

「大丈夫じゃないって言ったら、かっこ悪いよね」

　その返事がなんだか可笑しくて、私は少し笑いながら「そんなことないよ」と否定した。

　休憩したとはいえ、山を登っていくうちに若月くんはまた遅れていく。私は先を歩いて、時折立ち止まって若月くんが追いつくのを待つ。また歩き出して止まる。それを繰り返しながら頂上を目指した。

　私にとっては休憩の多い登山だったけど、凄く楽しかった。立ち止まっている間は周りの景色を見ることができたからだ。

　途中から岩道に変わって視界が開ける。特に頂上付近になると私達が住んでいる町が一望できた。遠くには海も見えた。小さな山だけど周りに障害物はなく、秋晴れだったおかげで、目に映る景色は、凄く爽快だった。

　その景色を楽しみながら、私なりのゆったりとしたペースで歩いて頂上へと到着する。頂上にある大岩の上に立って、辺りを見渡す。百メートルから二百メートルくらいの小さな山が連なっていた。大きく呼吸をすると、歩いて火照った体には心地よい、冷えた空気が肺に入ってくる。

　しばらくその景色に見惚れた後、若月くんのことを思い出して、登ってきた登山道に目を向ける。

　若月くんはまだ頂上には着いてなくて、下の方で俯きながら歩いているのが見えた。

「若月くん！　ファイト！」

　私は、慣れない登山に息も絶え絶えな若月くんに向かって大きな声援を送った。若月くんの顔があがる。遠いけど目が合ったような気がした。

　私は帽子を手にとって大きく振ってみせた。

「頑張れ！」

　すると、若月くんが「うああっ！」と叫び声を上げて、頂上まで駆け登ってきた。

　その姿を見て最初は驚いたけど、頑張ってるんだなってわかったら、なんだか顔が綻んだ。もっといっぱい応援したくなった。私は大岩の上で何度か撥ねながら声援を送る。

「もうちょっと！　もうちょっと！」　

　どんどん若月くんは近づいてきて、ようやく私のすぐ目の前にまで辿り着いた。すぐに腰を下ろして、空に顔を向けて苦しそうに荒く呼吸をしている。

　他の登山客から「頑張ったな！」と声をかけて貰って、辺りが笑い声で包まれた。

「お疲れ様。とりあえず、はいこれ」

　私は岩から下りて、途中休憩した時みたいに水筒のお茶を渡す。

　若月くんはそれをまた一気に飲んで、長い息をついた。

「疲れたけど、気持ちいい」

　若月くんが腰を下ろしたまま、私達が住む町を眺めてポツリと呟いた。

　ひやりとした風が吹いた。その風には紅葉のような色がついているように感じた。その風の色がとても綺麗で、私は息を飲んだ。

「若月くんには、この景色どんな風に見えてるの？」

　私も若月くんの隣に腰を下ろして尋ねる。若月くんはこちらに視線を向けると、にこりと笑った。

「秋の色だよ」

「それは風も色づいてる？」

「うん、風も紅葉みたいな秋の色だ」

「そっか」

　私は、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

　一瞬だけど、若月くんの見てる世界を見れたんだ。だからこそ、私も垣間見たその世界の絵を描いて欲しいと強く思った。

　それを伝えようと口を開いて、すぐに閉じた。

　私がお願いすれば、若月くんは描いてくれる。だからこそダメだ。若月くんには自分の好きなように描いて欲しい。私からの頼みで描いた絵はきっと、若月くんが普段見てる世界とは違うフィルターがかかる気がしたからお願いできない。

　しばらく休んでから、家で作ってきたトーストサンドを若月くんと分け合って食べた。

　卵にかけておいた塩コショウとトーストに塗ったバターとマヨネーズの塩みが、疲れた体に丁度良かった。家でもよく食べてるトーストサンドなのに、いつもより何倍も美味しく感じた。