7話:若月「どうしてそんな、悲しそうな顔をしたのだろう」
◆◆◆
吐いた息が白くなって消えていく様子が、公園の外灯に照らされて見えた。
ふたご座流星群を見に来たのだが、十二月半ばの夜の公園はさすがに寒すぎた。
僕は、入り口付近に設置された自販機でホットココアを買い、カイロ代わりに両手で持ってブランコに座っている。
隣のブランコには、ライトグレーのボアコートに白いマフラーを巻いた園田さんが座っている。足で軽く揺らしているのか、キイキイと金属が擦れる音が夜の公園に微かに響いている。
「流星群って言っても、思ってたより流れ星見えないんだね」
園田さんが、空を見上げてそんなことを口にした。
「ピークは明日の朝らしいから、この時間だと一時間に二十個くらいが平均らしい」
「もっと流れてるもんだと思ってた。それにしても、この枝ちょっと邪魔だね」
僕は「そうだね」と頷いた。
近くに植えられた木から枝が飛び出している。ブランコに座ると、視界の端の方が隠れてしまう。これだと、そっち方面の空に流れ星が落ちたら見えない。
その飛び出した枝が余程邪魔だったのか、園田さんはブランコから立ち上がると、少し先にあるジャングルジムに向かって登り始めた。すぐに天辺まで行くと、その上にバランス良く立ち上がった。
「危ないよ」
「動くわけじゃないから大丈夫だよ」
ジャングルジムに立つ園田さんを見上げるとは月明かりが逆行になって顔が陰り暗く見える。それでも笑みを浮かべているのがわかった。
園田さんがまた空を見上げる。タイミング良く一筋、流れ星が流れた。
「流れた! 見えた?!」
「うん、見えた」
「若月くんにも見えたみたいで良かった。なんか、金平糖がはじけたみたいだったね」
さあっと冷たい風が吹いた。木の枝が揺れてサワサワと細い枝同士がぶつかる音がする。風が収まると、木の枝も動きを止める。僕の耳に微かにメロディが聞こえてきた。
ジャングルジムの上に立つ園田さんが空に顔を向けながら鼻歌を奏でていた。その曲は聴いたことがある。確か金平糖の精の踊りだ。
その鼻歌に呼応するように、一つ、また一つと流れ星が立て続けに流れた。
「もしかして私、流れ星呼び寄せてたりするのかな」
鼻歌を止めた園田さんが、こちらに振り返りながらそんなことを真面目なトーンで言った。
「なにそれ。園田さんは魔法使いか何かなの?」
「そうだったりして」
園田さんが「しししっ」と無邪気に笑った。公園という場所がそうさせているのか、今日の園田さんはいつもより子供っぽい。普段の少し大人びた印象とのギャップで僕の胸は高鳴った。
その後もしばらくの間、園田さんはジャングルジムの上に立って夜空を眺めていた。僕は手に持っていたココアが大分ぬるくなってきたので、冷たくなる前に一気に飲んで空き缶を地面に置き、流れ星が落ちるのを待った。
星空を見上げると、自然とジャングルジムの上に立つ園田さんの姿が視界に入る。
ほぼ満月の月が園田さんを照らす。月と園田さんが入るように、両手の人差し指と親指で四角を作る。その画角の中にいる園田さんの横顔はとても幻想的に見えた。
この先、僕がどんなに頑張って絵を描いてもこの姿には敵いそうにない。そう思ってしまう程に美しかった。
強めの風が吹いた。それを合図にしたように、園田さんはジャングルジムから下りてきて、また僕の隣のブランコに座る。
「ねえ、知ってる?」
「ん?」
「流れ星ってさ、宇宙に漂ってる塵が地球の大気圏で燃えてる姿なんだってね」
「そういえばそうだったね。小学生のとき図鑑か何かで見た気がする」
僕の返答に、園田さんは「なんだー知ってたか」と少しだけ不服そうに口を尖らせた。でも、すぐにいつもの表情に戻った。
「流れ星が塵なら、流星群は大量の塵が燃えてるだけってことなのかな」
「うん、たぶんそうだと思う」
園田さんがこちらを向いた。月明かりに照らされた表情がとても綺麗で、思わず息を飲んだ。
「いっぱいの塵が燃えてるだけだって知っても、若月くんには綺麗に見える?」
どうしてそんな質問をしてきたのかわからない。でも、煌びやかな瞳に真っ直ぐ見つめられ、冗談ではなく真剣に尋ねてきてると感じたから、僕もちゃんと答える。
「うん、綺麗だよ。園田さんと見てるから、より綺麗に見える」
率直な気持ち。一人で見てたとしても、流れ星は眩く綺麗だったと思う。でも今は、隣に園田さんがいるから何十倍にもなって美しく見える。
園田さんが驚いたように目を丸くさせた後、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふーん、そんなこと言っちゃうんだ」
「素直な気持ちだから」
少し恥ずかしくなる。
「まっ、それだけ私のこと大切にしてくれてるってことかな」
園田さんのからかうような口調。でも僕は、ちゃんと想いを伝えたくて、恥ずかしいという気持ちをお腹に押し込み、真面目にこう言った。
「凄く大切だよ。何よりも大切に思ってる」
さあっと冷たい風が吹いた。園田さんの栗色の前髪がなびいた。仄かに桃の香りが漂った。
本当は「僕のことは大切に思ってくれてる?」なんて女々しいことを聞きかけた。でも、園田さんの表情を見て、それ以上何も言えなくなってしまった。
園田さんが何も言わずにブランコの上に立ち上がって、ゆっくりと漕ぎ始めた。
「Twinkle Twinkle little star」
漕ぐのに合わせてきらきら星を歌い出した。その歌声は冬の空気に溶けてしまいそうなくらい儚くて、でも澄んだように綺麗に聞こえた。
園田さんの漕いだブランコは、かなりの勢いがついている。
「How I wonder what you are, Up above the world so high, Like a diamond」
そこで一度、歌が止まる。園田さんが乗ったブランコが後ろから前に勢いよくやってくる。そして、最高点に到達する直前。
「in the~SKY!!」
園田さんがそう叫び、飛んだ。一度弛んだブランコの鎖が伸びると同時にガシャンと大きな音をたてた。園田さんは、ブランコの前にある黄色の塗装が剥げた鉄の柵も越えて、驚く程音も立てずに着地した。
「さあ! 今の着地、園田選手何点でしょう!」
園田さんが振り返る。白い歯が見える程に満面の笑みを僕に向けてきた。
「えっ?」
「さあ、何点でしょう!」
どうやら僕が審査員らしい。あまりに楽しそうに聞いてくるから、そのノリに付き合うことにする。
えっと、たぶんこういうのって十点満点だろうから。
「それじゃあ、10点!」
「えー思ってたよりも低いー。100点満点欲しかったな」
園田さんが僕の採点に不満げに口を尖らせた。
「それなら100点満点って言っといてよ」
僕は呆れたように、肩を竦めてみせた。
「たはは、そりゃそうだ」
そう言って、園田さんが空を見上げる。つられて僕も空に目を向ける。すると、今日一番の大きな流れ星が流れた。
実際には一秒にも満たない時間だった。それでも夜空に流れ星の痕が残る。まるで真っ黒な色画用紙に白い線を一筋描いたようだった。
少しの間、その光景に目を奪われた。少ししてから空に向けていた顔を戻すと、園田さんが目を輝かせて、興奮を隠しきれない様子で僕に尋ねてきた。
「今のめっちゃおっきくなかった?!」
「うん、あんなに大きいのはもう一生見れないかもってくらい大きかった」
「ねっ! 若月くんが満点くれなかったから流れ星が代わりに満点くれたのかも」
「なんだよそれ」
僕が不服そうに言うと、園田さんは「ししし」と楽しそうに笑った。
その笑顔は、普段学校で見せている優しいものとは違い、子供のように純粋で無邪気だ。
僕はその顔を見て胸が苦しくなった。それは、さっき僕が「大切だよ」と言った後に園田さんが浮かべた表情が頭の中に浮かんだからだ。
今はこんなに楽しそうに笑ってるのに、さっきはどうして、あんなに悲しそうな顔を浮かべたのだろうか。
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