モキュメメント
スマートフォンは左尻ポケットに収めることにしている。だから、二つに分かれた左の尻が「モキュ」と鳴いた時に、また架空請求詐欺のメールが届いたなぐらいのことしか頭に浮かばなかった。
見上げれば、11月の空は高い。
右の尻ポケットからスマートフォンを取り出し、念のため、メールアプリをチェックする。たまに顔見知りから近況報告のメールくらいはくる。
モキュ?
そういえば聞き慣れない音だった。左の尻だ。俺は右の尻からスマートフォンを取り出した。なぜ、今に限って右の尻にスマートフォンをしまった? 左の尻で「モキュ」と鳴いたのはどいつだ?
俺は混乱した。混乱させたのは当然「モキュ」だ。
再び、左の尻に手をやる。何か硬いものが触れた。それはスマートフォンではあり得ない。小さい。丸いものだ。俺はそれをポケットから取り出した。それは、ボタン電池のような、あるいは、小さな卵のような形をした、見慣れない物体だった。
「なんだこりゃ」
11月の空の光に透かしてみた。すると、物体の中心から微弱な光が漏れ輝いているのがわかった。それはまるで、小さな星が俺の掌の中で輝いているかのようだった。
「まさか」
俺はスマートフォンで検索した。「光る物体」「尻ポケット」「モキュ」
検索結果は俺の予想をはるかに超えるものだった。それは、とあるSF小説に登場する人工知能の核に関する記述だった。小説の中で、その核は、人間の体内に埋め込まれ、宿主の意識と融合することで、新たな生命体を生み出すとされていた。
息を呑んだ。もしかして、俺の中に、何かが生まれているのかもしれない。
恐怖と興奮が入り混じった感情が俺を襲った。スマートフォンを握りしめ、空を見上げた。11月の空は、相変わらず高かった。しかし、その空に、今、俺だけの秘密が隠されているように思えた。
それは、新しい生命の誕生を告げる、最初の鳴き声なのかもしれない。
……つづく
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