成層圏まで切手はいくら?


 時期外れの転入生は最近テレビでよく見る悲劇のヒロインだった。




「天城月子です。私に関わらないでほしいです。放っておいてください」

 彼女は俯き気味に言い放った。転入の挨拶にしてはあまりに衝撃的で、あたしは一発で彼女が好きになってしまった。

「では、みなさん、よろしくお願いします」

 黙りこくる月子さんの代わりに担任の都築が頭を下げてしまう始末だ。

 私たちも新しいクラスメイトを歓迎したものか、それとも希望通りに放置プレイに徹したものか、迷った。

 月子さんはそれ以上言葉もなく窓際の後列、空席に向かう。私たちも無言のままにテレビでよく見た俯き加減のきれいに整った横顔を見送った。

 彼女は宇宙飛行士の娘。みんな知っている。

 俯いて歩く月子さんの向こう側。窓からはるか遠くの空に一筋の光が走っていた。昼間でも明るく消えることのない流れ星。月子さんの父親だ。

 日本初の有人ロケットが打ち上げられたのは三ヶ月前のこと。日本人初の国産有人ロケットで宇宙に飛び出した人の名は天城祐之介。月子さんのお父さんを乗せた人工衛星は無事に衛星軌道に乗り、地球を何周も周回して、そして、帰ってこなかった。

 事故が起きたらしい。軌道を下げることができず、成層圏のすぐ上を飛び続けている。もう三ヶ月もの間、宇宙を飛んでいるのだ。

 もう父親の声を聞くこともできない悲劇のヒロイン、宇宙飛行士の娘、天城月子。テレビは彼女の悲しげな横顔を映し続けた。

 だから、月子さんが私たちの高校に転入してきた時、みんな驚いたのだ。あの悲劇のヒロインが転入してきたぞ!

 何を話す? 父親は生きているのか? 父親を見捨てられた気分は? 毎日壊れた人工衛星は私たちの頭上を光って飛んでいく。どうすんの、あれ。

 そりゃあ、放っておいてだなんて言いたくもなるわ。クラスの女王様気取りの奴らも早速目をつけて、テレビで話題の宇宙の美少女をどういじってやろうかと画策中って顔してる。

 月子さんが私の席を通り過ぎた時、私は言ってやった。

「ねえ、月子さん。あたしと成層圏まで行かない?」


   ……つづく

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