微睡めば青く


「おちっ……!」

 三戸部理夏は最後まで最期の言葉を言えなかった。

 800ヘクトパスカルを切る勢いで大気をかき混ぜる極限低気圧が観測史上最大級の突風を叩きつけた。

 想定外の強風に大気圏観測船が大きく傾く。歪む。軋む。超微細金属粒を含む砕氷片が風とともに船体にぶつかり、核融合エンジンが咳き込む音を掻き消してしまった。あまりに強固な風の塊に、エンジンは空気を取り入れることが出来なかった。

 理夏の搭乗する船外作業ロボットはワイヤーで牽引され、今まさに格納庫に収納されようと船からぶら下がっていたところだった。

 船体が中空で真横に転覆し、核融合エンジンは緊急停止。極限低気圧の動きは予測不能で、突風はますます強く、状況は最悪だった。数ミリ秒の熟考の結果、管制制御AIは船体の維持を最優先事項に決定した。

 姿勢制御のため少しでも船体を軽くする必要がある。格納コンテナのカーゴを解放する。理夏が搭乗する作業ロボットの牽引ワイヤーは切り離され、極限低気圧の渦の中へ放り出される。核融合エンジン、再起動。低気圧からの緊急離脱。惑星の大気圏外へ脱出だ。

 惑星2194『マドロミノアオ』は人類がハビタブルゾーンで発見した固有生命体が存在する惑星である。第三次マドロミノアオ越冬観測隊所属、理夏の任務は船外ミッション。特に小柄な身体を活かした作業ロボット搭乗員として活躍していた。極限低気圧が発生するまでは。

 ロボットのアイカメラがすごい勢いで遠ざかる大気圏観測船を捉えた。落下速度は時速600キロメートルに達した。高度計が目まぐるしく数字を減らしていく。もう数分で惑星マドロミノアオの地表に激突するだろう。無論、中身の理夏が無事であるはずがない。

 パラシュートなんて装備されていない。バックパック噴射で落下速度を抑えても着地点が陸地とも限らない。極限低気圧が地表付近でも猛威を振るっているとも考えられる。マドロミノアオ固有の岩石生物群の真ん中に落下するかもしれない。

「やってやれ、リカ!」

 理夏は覚悟を決めた。


   ……つづく

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