第2話:もう完全に愛想が尽きたから別れる

 さらに問題は菜々美の交友関係だけでは無かった。


 菜々美の両親が海外出向でいなくなってから、菜々美の家はどんどんと散らかり放題になってしまっていたんだ。菜々美は家事全般が全く出来ない女子だったんだ。


 それで菜々美の両親から合鍵を預かっていた俺は仕方なく2~3日に1回は菜々美の家に行って、洗濯や掃除などの家事全般を菜々美の代わりに行っていた。


 だけど菜々美は俺が代わりに家事全般をやっている姿を何度も見てきていたのに、それについて「ありがとう」という感謝の言葉は一つも無く、あろうことか俺が家に来てもスマホを弄りながら「さっさと飯を作れ」と要求しだすようにまでなった。


 だから俺は最初の一年間は菜々美のためにご飯を作り、洗濯や掃除も行い、日常用品が足りなくなったら買ってくるという奴隷みたいな生活を送っていた。


 でもこんな奴隷みたいな日々が続くと……まぁ当然だけど、俺も不満が募ってしまい菜々美と口喧嘩をする事が徐々に増えていった。でも喧嘩をする度に菜々美は最終的に「もういい別れる」と言って俺の事を脅してくるんだ。


 俺は菜々美と別れたいという訳では決して無かったので、いつも俺はその言葉に屈して、喧嘩の内容に関わらず最終的には俺が謝るというのがいつものパターンだった。


 でも俺は別にそれでいいと思っていた。我儘な菜々美に対して不満はあったけど、でも俺にとって菜々美とは小学一年からの友達だったし、そんな彼女の事が好きだという気持ちもちゃんと持ってたからさ。


 それに菜々美は今は一人暮らしが楽しくてちょっとだけヤンチャをしてるだけなんだ。だからいつかそんなヤンチャ生活も十分に堪能しきったら昔の優しかった頃の菜々美に戻ってくれるはずだ。


 だから俺はそんな優しかった菜々美が戻って来るまで、彼氏として菜々美の事を支え続けようと思っていたんだ。


 ご飯を作ったり家の掃除とか洗濯とか電気やガスの支払いとか全部俺が菜々美の代わりにやって来てあげたんだ。文句を言わずに全部やってきたんだ。でも……。


「でもよぉ……流石に浮気だけは……絶対に許せねぇよなぁ……」


 でも流石に浮気だけは駄目だ。流石にそれだけは許せないからな……。


◇◇◇◇


 翌日の日曜日。


 俺は昨日の話をするために菜々美の家にやって来た。すると菜々美は俺の顔を見て開口一番でこんな事を言ってきた。


「ちょっと? 何で昨日家に来なかったの? 洗濯物貯まってんだけど」


 菜々美はリビングのソファに寝転んでスマホを弄りながら俺にそんな事を言ってきた。実は昨日の夜にも菜々美から“今から家に来て洗濯しろ”という連絡が飛んできてたんだけど、俺はそれを拒否したんだ。


 流石に浮気男とエッチした後の菜々美と顔を遭わすのは生理的に嫌だったからな。


「いや昨日はバイトあるから行けないって言っただろ? ってかそんな急に呼び出されても普通は行けねぇよ」

「……何よそれ? ちょっと生意気じゃない? アンタ一体何様よ?」

「全然生意気じゃねぇだろ。はぁ、全く。それよりも俺もお前に話したい事があるんだけど」

「私に話したい事? 一体どんな話? つまんない話だったら聞く気ないからね」

「凄く面白い話だよ。まぁとりあえずちょっとこの写真を見てくれよ」

「写真?」


 俺はそう言って昨日撮影したチャラ男と楽しそうに腕を組んでいる写真を菜々美に見せていった。


 すると菜々美は表情を少しだけ曇らせたと思ったんだけど、でも一瞬でいつもの憮然とした態度に戻ってすぐにこう言ってきた。


「うわキモ。なにこれ盗撮?」

「いや違ぇよ。買い物に出かけてた時に偶然撮っただけだ。随分仲の良さそうなイケメン男だな?」

「ふふん、そりゃあね。向こうの彼も超人気のモデルの男の子だし、仕事仲間なんだから仲良いに決まってるでしょ。というかこれってただ仕事仲間と仲良くしてるだけの写真じゃん。それが何か問題でもあるの?」

「仕事仲間と仲良くするのは全然良い事だよ。でも俺という彼氏がいるのにそんなに過度なスキンシップをしてて良いのか?」

「ふぅん? 何を勘繰ってるのか知らないけど……でも別に私は浮気なんてしてないわよ?」

「いや、このあとお前達がラブホに入って行くの見てたんだけど? イケメン男とラブホに行って何もせずに帰ったなんてあり得ねぇだろ??」

「それこそアンタの気のせいじゃない? だってこの後アタシ達がラブホに行った証拠なんてないじゃん。それとも……この後にアタシ達がラブホに入った写真でも持ってんの??」

「いや、流石にラブホに入った所の写真までは撮らなかったな」

「ふふん、でしょうね」


 流石に菜々美達がラブホに入って行く所の写真を撮るのは倫理的に良くないと思ったので、俺はそこまでは撮らなかったんだ。


 そして菜々美は俺の性格をしっかりと理解している。俺がラブホに入った瞬間まで盗撮するような人間じゃないって事を知っている上で証拠はないだろって吹っ掛けてきたんだ。


 という事で菜々美は予想通りといった表情をしながら嘲笑してきた。完全に俺を舐めてる証拠だ。


「まぁ証拠が無いんじゃこれ以上は話にならないわね。でも仮に私が浮気してたとしてさ……それって何か問題あるの?」

「……は、はぁ? 何いってんだよ?」

「いや、だって私は大樹ともちゃんとエッチしてあげてるじゃん? しかも大樹みたいな平凡な男が私みたいな超人気モデルとエッチ出来るなんてそれだけで奇跡みたいなもんなのよ? アンタはそれちゃんと理解してんの?」

「は、はぁ? い、いや、お前マジで何を言ってんだよ……?」

「いや、大樹こそちゃんとアタシの価値わかってんの? アタシと100万払ってでもエッチしたいっていう男なんてそこら中に沢山いるんだよ? その事を大樹もちゃんと理解した方が良いんじゃないかしら? いや、でもまぁアンタみたいな平凡過ぎる男にはアタシの高級な価値なんてわかるわけないか。ふふ」

「……」


 菜々美は俺の事を馬鹿にしたような笑い方をしながらスマホ操作に戻っていった。でも俺はその言葉を聞いてかなりイラっと来てしまった。


 だって俺が菜々美と付き合ってる理由は超人気美人モデルとセックスが出来るからなんて理由じゃない。俺は幼馴染として菜々美が昔から好きだったから付き合ってたんだ。


 そんな仲の良かった幼馴染の女の子と“やりたい”っていう欲求のためだけに付き合う訳ねぇだろ。


 しかも菜々美と最後にセックスしたのは3~4ヵ月くらい前だし、そもそも最後にデートに行ったのだって半年以上前だからな。


(マジでふざけんなよ……)


 という事で流石に今の菜々美の発言が本気で許せなかったので……俺はこんな事を尋ねていってみた。


「……なぁ? ちょっと聞きたい事があるんだけどさ、菜々美って何で俺と付き合ってるんだ?」

「はぁ? 何言ってんの?? そんなのアンタがアタシと付き合いたいって言ってきたからでしょ? だからまぁ幼馴染のよしみとして付き合ってるだけよ。あとはアンタが料理とか掃除とか洗濯が出来るからってのも大きな理由の一つかもね。ってか家事を一通り出来るっていう才能が無かったらアンタみたいな平凡な男と今でもずっと付き合ってる訳ないわね、ぷぷぷ」


 菜々美はニヤニヤと笑いながらそんな事を言ってきた。それを聞いて俺は流石にもう堪忍袋の緒が切れてしまった。


「そっか。わかった。それじゃあもういいよ。別れようぜ」

「別れる? ふふ、そんなの別に良いわよ? こっちだってアンタみたいな冴えない男なんていらないし。それにアタシは男なんて全然困ってないしねー」

「あぁ、それなら良かったよ。それじゃあもう二度と菜々美の家になんてこないから鍵を返すわ。あとLIMEとか連絡先全部ブロックするからな。お前の方もそうしとけよ」

「あはは、そんなのもちろん良いわよ。ってか私から連絡なんてするわけないしね。それじゃあね、大樹。生まれ変わったらもっとイケメンな男の子になりなよー?」

「うっせぇ。お前こそ生まれ変わったらもっと気遣いの出来る優しい心を持てよ。それじゃあな」


―― バンッ!


 そう言って俺は鍵を机に叩きつけてから菜々美の家からすぐに出て行った。


 こうして俺達は七年近くの付き合いにピリオドが打たれたのであった。まぁせいせいとしてるから別に良いんだけどさ。

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