第2話 HOT! HOT! ストロー 中

「き、君はいったい……」

「同族の臭いがしたからね、はるばるとセカイからやってきた次第だヨ」

「同族? 世界?」

 ボクの言葉セリフなんて気にも留めず、その女の人は自己紹介を始めた。

「僕の名前はカルア。呼び捨てでいいヨ。色々と訳ありでね、セカイ中を旅している。今は――主人公の君に向けた商いをしているんだヨ」

「主人公? 商い?」

 さっきからなにを言っているのだろう。そんなオレの考えていることはよそに、カルアという少女は、ビシッとオレに指先を突きつけて、

「ズバリ君は、彼女と倦怠期が原因で別れてしまったけど、本当はよりを戻したいと考えているでしョ」

「――ッ!! そう、だろうか……」

「疑問形になっているのは、君の心の弱さだヨ。だいいち流した涙になにも教えられていないのかい?

 知らない誰かと結ばれること、二人で過ごした記憶が、新しい幸せで上塗りされるのではないかという恐怖、ここまで想像したのにまだ自分を偽るのかい?」

「そ、それは……って、なんでボクがさっきまで考えていたことを……」

「まぁこの下り長くなると色々めんどくさいから、ちゃっちゃと君が、きっと喉から手が出るほど欲しいであろう孤道具を持ってきたヨ。ちょっと待ってね……」

 

 カルアはクルッとオレに背を向けてシルクハットを取り、まるで中にある物をまさぐるようにして手を動かしはじめた。それにしても孤道具っていったい……

 しばらくすると、あった! という元気な声を出し、カルアは再びシルクハットを被ってオレに向き直った。見せてきたのは――なんの変哲のないストローだった。

 二つの飲み口があり、他人に自分たちの愛を一方的に見せつけたいときに使われる、承認欲求の塊みたいなあのストローだ。名称としては、カップルストローだろう。

  

「名付けて! HOT! HOT! ストロー! これを使って異性と一緒に飲み物を飲むだけで、たちまち二人の間に愛を発生させる優れもの!

 別れてしまって未練たらたらなストーカー予備軍の君に向けた、素晴らしい商品だヨ。しかも今ならお試し期間中! 欲しいと思わないかい?」

「…………あの、いきなり、そんなこと言われても……」


 受け止められるはずがない、信じるはずがないだろうと、そう言いたかった。だが今はそんなことを言える体調じゃなかった。早く帰ってほしかった。

 カルアの口の端が、一瞬悲しげにだらりと下がる。しかしすぐにまたニヒルな笑顔に戻って、

 

「……まぁ、信じないのも無理ないよね。でもせっかく今はお試し期間だから、商品はここに置いていくヨ。捨てたかったら、それはそれで構わない。じゃっ」

  

 その瞬間、突然目を瞑ってしまうほどの強風が吹き荒れ、部屋の物がかき回されたようにしてぐちゃぐちゃになった。

 再び目を開けても、そこには誰もいなかった。ボクは目覚めてから今まで、幻覚を見ていたのだろうか。

 しかしそうではないと示す証拠が一つ。それは、カルアにお試し期間と言って渡されたストローが、手元にあることだ――


 

「……最後の思い出作り? 話したいことって」

 

 放課後。一足早く校門前に待機して、心音が来るのを待つ。しばらくして親友の薫と一緒に話しながら帰っているところを、ボクは半ば強引に体育館裏まで連れていった。

 思い出作りの内容としては、カルアからもらったストローを使って、メロンソーダを飲むだけなのだが。

  

「うん。だからほんのちょっとでいいからさ、付き合ってくれないかな……」


 心音の顔は、渋さをこれでもかと含んでいる。せっかく昨日別れを告げたというのに、しつこくすり寄ってくるボクのことが相当気に入らないらしい。


「ごめん、木村君とはその……もう他人同士なんだから、これ以上は……」

  

 サラッと言った木村君という呼び方に、ボクは多大な違和感を感じずにはいられなかった。心音は逃げるようにしてボクの元から去っていく。

 一瞬去っていった先に、心音を奪いかねないようなイケメンな男の幻覚が見え、とっさに腕を握った。ビクッと彼女は恐怖に怯え、離して……と弱々しくつぶやく。

 

「訊いてなかった……まだ、別れを切り出してきた理由を。もしかしてだけど……ボクたちの間に、トキメキがなくなって、ドキドキがなくなって、一緒にいるのが当たり前になって……飽きちゃったんだよね?」

「…………ッ!!」

 

 心音は一瞬奥に涙を溜め込んだような目を見せたあと、腕を振り払い走り去ってしまった。なんで……なんで泣いていたんだ? ボクじゃあるまいし、どうして……

 別れることができて、スッキリしてるんじゃないのか? もしかして、自分と同じで別れたあとに後悔をして……いるわけないか。


「帰ろう……」 

 

 体育館が作り出した果てしなく大きい影にいると、体だけでなく心まで凍えそうだ。ボクは家路についていった――


  

「…………どうしてだ?」


 時刻は夜八時。夕食を食べ終えたあと、ボクはずっとある疑問に頭を悩ませていた。

 それは放課後、心音と最後の思い出作りとして、結果的にストローの効果を信じ切って行動していたことだ。もらったときはまったく信じていなかったのに、なぜ……?

 

「なんか、ストローに関して心音と思い出でもあるのか?」


 だとしたら、あまりにもピンポイントすぎる。だいたいなんだ、ストローの思い出って。意味がわからな――


「あっ、」


 突然頭の中が、メロンソーダのように弾けた。あるじゃないか。ストロー自体の思い出ではなく、ストローを使って一緒に飲み物を飲んだ思い出が。

 雪崩のように次々とよみがえる記憶に急かされるように、気づけばボクは外に出る準備をしていて、親の引き止める声を背にして走っていた。向かう先は、心音の家。


「あら経汰君じゃない。家に来るのは久しぶりね? なにか心音にでも用?」

「ちょっと、話がしたくて……」


 ボクの真剣な目を見ておおかた察したのか、特にイエスと答えるわけでもなく、すんなりと心音の部屋がある二階へ通してくれた。


「心音!」

「け、けい!……木村君」

 

 部屋のドタバタした音と、若干震えている心音の声から、来たことに対して動揺しているのは明らかだった。

 ボクはなだめるようなゆったりとした口調で、

 

「扉は開けなくていいから、ただちょっと、話を聞いてほしい」

「…………なに」

 

 ボクは話した。付き合って一年が経った記念として、少しお洒落で値段もそれなりに高いと評判の喫茶店に行った思い出を。少し脚色しつつ、戯けながら。

 そこで頼んだカップルメロンソーダフルーツ特盛りパフェを一緒に食べて、最後に残ったメロンソーダを一緒に飲み干した日のことを。

 

「…………で、だからさ、すごく美味しかったよな。でも最後のメロンソーダって、溶けたホイップにアイスクリームにチョコレートソースが混ざっていて、すごくクドかったよね。

 だけど心音とカップルストローで飲んでるときには、そんなこと全然気にならなくて、気がついたら完飲してたんだよな」

 ひとしきり話終えると、心音は一言だけつぶやいた。

「……それだけ?」

 

 言われてハッとした。このあとのことをボクはまったく考えていなかったのだ。ただストローに関しての記憶を思い出したから聞いてもらいたくて、ここに来ただけだ。

 ……いや、そうじゃないだろう。いい加減偽るのはやめて、そろそろボクの気持ちをはっきりさせないといけない。自分は……心音とよりを戻したい。やり直したいんだ。

 思い出を語っている最中にようやく気づいた。ボクはまだ、彼女を好きでいる気持ちが残っていることに。

 なら離れたせいで消えてしまう前に、なんとしてもボクの思いをぶつけなきゃならない。じゃないと……絶対……


「帰って」

「まっ、待ってくれ! 話を聞いて――」

「帰ってたら帰って!! 私たちは別れたの! 他人同士なの! ずかずかと、我が家の敷居を、またぐな!! このストーカー!」

「こ、心音……」

  

 扉からは、物を投げているのか激しくぶつかる音がする。声は怒りに震え、触れてしまえば今にも爆発してしまいそうな勢いだ。

 そんな興奮した状態で自分の気持ちを告げたとしても、ほとんど効果はないだろうと悟ってしまう。しかしこのまま引き下がるわけにはいかない。どうにかして、心音を。

 

「――ッ!!」

 

 そのとき、ボクの頭の中にひらめいた唯一の方法。けどそれは、自分の一番醜い部分をさらすことになってしまう方法。けどそれしかない、それしか、思いつかない。

  

「心音、ボクの話を聞かないでくれ」

「……え?」

「今からとても酷くて、聞くに堪えなくて、ボクの……どうしようもない部分を言うから、できれば耳を塞いでほしい。これは……ただの独り言だから」

「…………」

  

 軽く深呼吸をして、ボクは話すことにした。絶対に明かすまいと思っていた心の内を。慎重に、言葉セリフを選ぶように、ゆっくりと、うつむきながら、紡ぎ出す。


「心音がボクに告白したとき、あのとき自分は、ほんの寄り道の感覚で、心音さんのことなんて全然好きじゃなかったんだ」

「…………」

「適当に相手して、適当に楽しんで、そして適当に関係を終わらせておこう。そう、思ってたんだ。でも――気がついたら好きになっていた」

「…………」

「このときはじめて、恋はするものじゃなくて、落ちるものだとわかった。それを意識してからはもう、ずっと心音に夢中……だったんだ」

「…………」

「言うまでもなく、それは過去の話なんだ。心音を心の底から好きでいて、ずっと一緒にいたいと思う気持ちは、いつの間にかなくなって……気づけば、心音のことを鬱陶しく感じるようになってしまった」

「……!」

「たしか中三の二学期のはじめ、珍しく心音と喧嘩して、一週間ほど距離を取ったこと、あったよね?

 最終的に心音が仲直りを切り出してくれたからよかったけど……もしもあのときそうしてくれなかったら、あのまま別れてたと思う」 

「…………」

「仲直りを切り出してくれるまでの期間、ボクはまったく――心音が恋しいって思わなかった。むしろ一人のおかげで居心地が良いなんて、思ってしまったんだ。

 会えない時間が愛を作るなんて言葉セリフ、聞いたことあるでしょ? あれは大嘘だ。

 ずっと心音といて、幸せを、トキメキを更新し続けないと、どんどんどんどんどんどんどんどん、ボクのなかから心音が消えていくんだよ! 好きな気持ちでさえも!!」

「……!」

「そう思っても、鬱陶しさが先行しちゃって、あぐらをかいたまま、時間だけが経っちゃって……。

 久しぶりに一人の気楽さを味わってしまったから、また心音と一緒にいなきゃいけないと感じると……体が動かなくて、自然消滅を期待していた自分がいたんだ」

「…………」

「こんな話したあとで、おかしいかもしれないけど、ようやく気づいたんだ。やっぱりボクは――心音が好きだ。他の人に取られたくなんかない。

 失ってはじめて、大切さに気づくなんてすごく自分勝手だけど、お願いだ。ボクともう一度――」


 ガチャ

  

「……へ?」


 唐突に扉が開く音がしたと思い顔を上げると……そこには、今にも泣き出す直前のような顔をした心音がいた。

 彼女はそっとボクの手を握る。その手の温度は、感触は、かつてボクが告白したあの日とまったく変わっていなくて、成長して大きくなった手を見て温かい気持ちになる。

 

「ごめんね? 私、悪い子だから……聞いちゃった。ありがとう木村君。話してくれて。辛かったよね? 苦しかったよね? まるで、心をえぐり出すような感じで……」

「…………うん」


 気づけばボクたちは見つめ合っていた。あの日は目を合わすこともできずに、手を握ることさえ一苦労だったのに、今よりずっと心は満たされていた。

 現在はどうだろう。目を合わすことができる、手を握ることなんて造作もない。しかしあの日にはあった大切なものがなく、成長というよりは、むしろ退化している。


「……いいよ」 

「え? いいよって、なにが――」

「いいよって言ってるの! 最後の思い出作り!!」

「――ッ!! あ、ありがとう!!」

 

 と、ボクは付き合っていたころのように、つい心音を抱きしめてしまった。慌てて我に返り、急いで距離を取る。

 ヤバい、やらかした。せっかく了承してくれたのに、これのせいで気分を害してしまったのかもしれないと思ったが、

 

「じゃ、じゃあいつにするの? 薫と遊ぶ約束してるから、いざ予定が被ったら相談しないと」

 顔を真っ赤にしながら、早口でまくしたてるように言う心音。なんだか、昔に戻ったみたいだ。

「明日の放課後、ボクの家に来てほしいんだ。時間は取らせないから、多分十秒もあれば終わると思う」

「そ、そんなに早く終わるって……訊き忘れてたけど、思い出作りの内容っていったい――」

「カップルストローでメロンソーダを飲む」

「…………………………………………………………………え?」

「カップルストローでメロンソーダを飲――」

「ええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?――」


 

「ちょっとちょっと……本当に最後の思い出作りって、これじゃないとダメなの?」

 

 時刻は三時半。リビングにて、グラスにメロンソーダを注ぎ入れる。心音の頬や耳たぶは赤くなっているが、明らかに困惑の表情をしていた。

 心の内を聞かせておいて、いざ頼まれたのがカップルストローで一緒にメロンソーダを飲むだけなんて、字面からしてあまりにも馬鹿げている。でもボクは必死な口調で、

 

「頼む! 今はなにも追求しないで、ボクに協力してくれ!!」

 

 深々と頭を下げると少しの間があり、心音のわかった。という諦めに似た返事が耳に届いた。

 てっきりかなり嫌がられるかと思ったが、他でもない自分が了承した手前、引くに引けないのだろう。ボクは心のなかで申しわけなさを感じた。

 

「じゃ、じゃあ、ひふはよ……」

「う、うん……」

 咥えた心音に続いて、ボクもストローを口に咥えメロンソーダを飲み始めた。二人きりの家に、チューチューと飲み物を含む音だけが響いた。

 ……正確には、たった八秒ほどでグラスのメロンソーダは空になった。ごくりと喉を通過したタイミングは一緒だった。互いに顔を見合わせる。

 

「これで、いいの?」

「……う、うん……」


 ボクはストローの効果なんてすっかり頭に入っておらず、飲んでいた最中の心音を思い出してものすごく愛おしくなった。

 きょろきょろと目を迷子のように左右に動かしていた彼女を見て、なぜだか無性にいじめたくなったボクは、まるで通せんぼするように同じように目線を動かした。

 しかし最後は目を閉じられてしまい、内心がっかりした。これでもかと強くまぶたを下げる姿は、まるで注射を打たれる際に我慢する子どものようだった。


「これで本当に、サヨナラだね。木村君……」

「え? それってどうゆう――」

 

 心音がうつむきながら、絞り出すようにして言葉セリフを放ち、立ち上がった瞬間――いきなり胸を押さえた直後、床に倒れてしまった。ボクは慌てて駆け寄る。

 

「こっ、心音! だいじょう――ヴヴッ!?」

  

 ドクンドクンと胸が苦しい。まるで心臓に杭を打たれているようだ。だがそれは、ほんの十数秒だけだった。

 どくどくと体を流れる血の一滴一滴が沸騰して、今にも弾け飛んでしまいそうな感覚。みるみるうちに苦しさはなくなり、その代わり……

 ボクは――果てしないほど


「はぁ、はぁ、あぁ……はぁ……」

 

 シたい。ただそれだけの感情が、頭を一色に塗り替えていた。ボクはまるで別人になったかのように大胆になる。リビングであることを気にせず彼女を床に押し倒す。

 ボクは獣だ。ただ己の欲望に忠実で、下半身に脳みそが付いた下劣な獣になった。ためらうことなく心音の服を剥ぎ取り、あらわになった裸体を……と考えたそのとき、


 チュッ

  

「――ッ!!」


 唇に柔らかいなにかが当たった感触がした。それが心音の唇だと理解するのに、数秒を要してしまった。そしてさらに追い打ちをかけるできごととして、


「んっ……んんんんん!! んんんっ!? れろっんっんぅ……はぁはぁ……はぁ……」

「んっ、んっ……んぅぅぅ……んむっんむっぅ……んはぁ……経……汰」

 

 練乳なんかよりずっと甘い声が、ボクの耳を虫歯にする。こんなにエロティックで、本能的で、気分が高揚するディープキスは初めてだった。

 あッ! と心音が我に返ったように、ボクから急いで距離を取る。彼女はあまりの恥ずかしさからなのか、ついに顔全体を覆ってしまった。ちょっと残念に思った。


「ご、ごめん! なんかすごく……その……意味がわかんないんだけど……すごく――」

「シタくなったんだよね? ボクも……そうなんだ」


 少し離れてしまった心音に近づいて、すぐに壁際まで追い詰める。生まれて初めて壁ドンというものをしてみた。

 シラフではできないが、気分がノッている今は恥ずかしさなんて微塵も感じなかった。ボクは溢れ出る性欲に身を任せるように、彼女の服を脱がせ始めた。


「ちょ、ちょっと木村君! カーテン開いたま――んぅ!!」


 心音はおそらく、カーテンが開いたままだから誰かに見られてしまうかもしれないと言いたかったのだろう。しかし心配御無用。なぜなら家の周りには塀があるのだから。

 ボクは彼女の唇を唇で無理やり塞ぐ。軽く呼吸困難になるが、そんなの目先の快楽に比べれば大した問題じゃない。胸を、尻を、花園を、すべて自分で満たしたかった。


「木村じゃなくて……経汰って、呼んでよ……。じゃないと……もっとグチャグチャにするから……ッ」

「け、経汰……。経汰! 経汰経汰経汰経汰経汰経汰経汰経汰――――経汰ァ!!!!」

 

 たしか少子化対策セックスをした回数は、これを含めてもたったの三回しかない。少ない理由は、単純に後片付けがめんどくさいからだ。

 しかし気持ちも体も高ぶっている今は、そんな問題は些細なことに思えた。このあと、親が帰ってくるぎりぎり手前までの約三時間、狂ったように少子化対策セックスをした――



「…………い。……ーい、お……い。おーい!」

「わっ! い、いたの……か」

  

 ついぼぉーっとしてしまっていた。いや、そんなレベルではない。正確には意識が起きているのに眠っているという謎現象まで起きていた。カルアがボクの部屋にいた。

 それほどまでに強烈な賢者タイムだった。体のすべての筋肉を抜き取られて、しかも精神や思考まで吸い取られてしまったようだ。ゆえになにも考えられない。

  

「ごめんごめん。せっかく気持ちよくなれて余韻に浸っていたのに、水を差すような真似しちゃって。出直そうかね?」

「水を、差す……よう――な、なななななななななななななんでそれを!?!?」

 カルアの爆弾発言により、ボクの意識は、怖い先生に大声で叩き起こされた修学旅行を思い出した。

「なんで……ボクと心音が少子化対策セックスをしていることを?」

「えええ!? そ、そそそそんなことしてたの!? ボクちゃんびっくり〜!!」


 と、驚いているが、わざとらしく片足を上げ、銃を突きつけられたときのように両手を上げて驚いている様は、自分は嘘をついていますと教えているようなものだった。


「まぁそんなことはどうでもいいんだけど、どうだい? このHOT! HOT! ストロー。買う気になってくれたかい?」 

「ど、どうでもいいって……」

 

 正直喉から手が出るほど欲しいのだが、すぐに大きな問題にぶち当たってしまう。それは値段だ。きっと莫大な金額を請求されるに決まっている。

 たかが一介の高校生の分際で、数十万やら数百万円なんて大金を持っているはずがない。ボクは平凡な親の元に産まれた平凡な子どもだ。


「こんなすごいの、とてもじゃないけど払うことなんてできな……」 

「――タダでいいヨ。今回はサービスということで」

「……え?」

「僕が欲しいのは――終点ピリオドだからね」

「な、なにを言って……」

  

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべてくる。ちょっとなに言ってるかわからないが、とにかくボクは、商品が自分のものになった事実に歓喜した。

 しかし直後、カルアのただし! という一際語気の強い言葉セリフに、背筋が釣り上げられたようにピシッと伸びた。ピンと立てた人差し指を唇に当てながら、


「約束として、最低でも三日に一回のペースで使用すること。そして捕捉だけど、この孤道具はカップルが倦怠期を迎えたとき、愛を再加熱する際に用いるものだヨ。

 だから決してその最中に、間違っても浮気なんてしてはいけないヨ。もし浮気したら……」

「つ、使ったりしたら……?」

 そこから先を、カルアは話してくれることはなかった。だが聞く必要はないだろう。だってボクは、

「その約束、絶対に守ります! だから……」


 ――ドンッ!!

 

「えっ……」

 

 驚く暇もなく、まるで睡魔にでも襲われたようにオレは、あまりにも突然、意識が遠のいていった。

 カルアがスッと懐から取り出したのは、暗黒に黒光りした銃身の長いリボルバー拳銃。カチャリと安全装置を解除した音が聞こえ、引き金が引かれた。

 すべての景色がスローモーションで流れていき、まるで世界が静止してしまったような錯覚を覚える。オレはなすすべなく床に沈んでいく。その間際、

  

「――終点ピリオドまでの物語ミチスジは今……

 

「………ッ………え…………?」


 ドサッと尻もちをつく。一瞬額に痛みが走ったが、次の瞬間には消えていた。

 なにするんだ! と怒ってやりたかったが、カルアはまたしても風のように、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 夢でも見ていたようだ。しかし――ストローが手元にあるという事実こそ、夢ではなく現実であることを教えていた。

 ボクはこれからの行動を強く宣言した。

 

「今まで愛せなかった時間を……埋めてみせる!!」

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