第44話 三つ巴
王子とベイロン男爵の言葉は、あまりにも身勝手すぎるものだった。
「以前に騎士にお伝えした通り、ワタクシはもう貴方の婚約者になど戻りませんわ!」
「ボクは元お父様の娘じゃないんでしょ?」
イリアさんとラクシアも怒りを隠そうともしない。
当然だろう。王子たちが理不尽に追放しておいて、今度は戻ってきてくれなど通用するはずがない。
「何を言うか! この私が過ちを認めて許してやろうというのだぞ!」
「このバカ娘が! 親の言うことに逆らうなど許されるわけがないだろうがっ!」
だがあの二人の前では理屈は通用しないようだ。
そもそも理が成り立つというならば、理不尽に追放すること自体があり得ないのだが。
「そもそも何故いまさら、婚約を戻そうなどと言うのですか! 絶対に裏があるはずですわ!」
「そうだそうだ! 元お父様も絶対なにかあるでしょ!」
イリアさんたちの言葉に、王子たちは心当たりがあるようで顔をしかめるが。
「ええい! 理由などない! いいから婚約破棄を破棄するぞ!」
「父親が娘と仲を戻そうとしているのだ! 黙って従うのが娘だろうがっ!」
分かりやすいくらい裏があるのがバレバレである。
そりゃなにかなければ、わざわざ冒険者ギルドまでやってこないよな。
さてどうしたものかと考えていると、ひとりの女性が室内に入ってきた。
「なっ……貴女はっ……!」
するとイリアさんがすごい形相で睨んでいる。今の彼女が聖女かと言われると、ちょっと自信がないくらいに。
その女性は見せびらかす様に王子の右手に抱き着いた。
「王子。どうされたのですか? 早くイリア様を連れて王城に帰りませんと」
「分かっているさ、ラトネ。だがイリアが強情でワガママなんだ」
ラトネ、ラトネ……あっ、イリアさんの代わりに王子と婚約した令嬢か!
挙句に王子もイリアさんがワガママとか言い出した。そりゃイリアさんからしたら怒るに決まってる。
だってプルプル震えて拳を握ってるもん。そのうち殴りかかっていきそうだもん。
「う、うふふ。お二人の身体を癒してさしあげましょうか? 以前よりもかなり力を込めて完全以上に回復させてあげますわ。遠慮なさらずに……!」
イリアさんの身体から光が漏れだしている!?
このままだと王子たち相手に回復魔法を使ってしまいそうだぞ!? 止めよう!
「イリアさん落ち着いて! 流石にそれはマズいですって!」
「そ、そうですよイリアさん! 相手は仮にもたぶん王子です……!」
「止めないでくださいまし! 大丈夫です、治癒魔法ですから!」
「貴女の治癒魔法は人殺しの道具でしょうが!?」
俺とリーンちゃんは必死にイリアさんを止めようとする。だが王子はなにを勘違いしたのか高笑いし始めた。
「ふはは! イリアよ! やはりお前も私を愛しているのではないか! 私の身体を治癒したいなどとはな! 仕方ないな、特別に婚約破棄を破棄してやろう!」
あの大馬鹿王子め! 自分がギロチンに首をつけられてることに気づいてないぞ!?
「ラクシアよ! お前も聖女を見習うのだ! 早く私の元へ戻ってこい!」
そして大馬鹿男爵も続いてきたぞ!? もうあの三人まとめて治癒された方がいいんじゃないか!?
もうグダグダな雰囲気なのだが、それを吹き飛ばすようにラトネが手を叩いた。
「王子にイリア様、それに男爵も落ち着いてください。そもそもこれは交渉ではありませんよ? 私たちは騎士たちを連れてきています。イリア様が逆らうならば、力ずくで捕縛して連れて帰ります」
「そうだぞイリア! 私に逆らうならば反逆罪で逮捕する! 貴様の仲間もろともにな!」
「メチャクチャですわよ! そんなことが許されるわけがありません!」
「許されるのだ! 私は王子なのだから! イリアよ、お前は私と婚約を戻して隣国の……おっと! いいから婚約破棄を破棄するのだ!」
いまなんか言いかけたな。隣国? よくわからないが婚約破棄破棄は、この国だけでは済まない問題のようだ。
「ラクシアよ! お前も逆らうならば反逆罪だ!」
「お父様にそんな権限ないでしょう!」
「この私に逆らったのだから反逆罪だ! それに今、お前はお父様と言ったな!」
「ただの言葉の綾だよ!」
そしてラクシアの方はなんかしょうもない話のようだ。こっちはひとまずいいか……。
少しの間、口論が続いた。するとラトネが王子に寄りかかる。
「王子、このままではラチがあきません。まずはイリア様たちを然るべき場所に連れて行って、お願いの方法を変えるのはいかがでしょうか?」
「そうだな! 騎士たちよ、イリアを捕らえよ!」
王子たちが命令すると、周囲にいた騎士たちは困惑しながらも俺たちに近づいてきた。
「イリア様。申し訳ありませんがご同行願えますでしょうか?」
「本当に申し訳ありませんが従って頂きたいです」
「申し訳ありません……」
騎士たちは全員が謝りながら俺たちににじり寄って来る。
……命令に逆らえないんだろうな。こういうのが嫌だから俺は兵士とかになりたくないんだ。
さてどうしようかね。俺たちなら騎士たちを倒すくらい楽勝だが、それをやると本当に反逆罪に問われかねない。
ただ王子たちに連行されるのも危険だ。然るべき場所に連れていくというか、それが牢獄なんて可能性も十分にあり得る。
そんなことを考えている間に、騎士たちは手を伸ばせば届く距離にいた。さてどうする……!
「総員下がれ! この場は私が預かる!」
だが知らない男の声が響くと同時に、騎士たちの動きが止まった。
入り口から入ってきたのは、騎士団の服を着た壮年の男だ。
顔にいくつもの古傷があり一目だけで猛者と分かる。それに歩き方にも隙がないので間違いなく強者だ。
「ふー。なんとか間に合ったか。騎士団長に連絡を取っておいてよかったぜ」
そしてその男の後ろには、筋肉こと新ギルドマスターがいた。
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次の投稿は明後日になりそうです。
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