第45話 やっとマトモな人が!


 騎士団長。あの壮年の男のことを、ギルドマスターは確かにそう言った。


 つまりあの騎士はこの国の軍部で最も偉い人物になる。実際強そうだから説得力もある。


 するとジーザスが壮年の男を睨んだ。


「騎士団長! 口を挟まないでもらおうか! 私に無礼を働いたイリアに対して話を聞くだけだ!」


 なにが話を聞くだけだよ。あのまま連れ去ろうとしてたくせに。


 言ってやろうかと思ったが、騎士団長と目が合った。彼は俺に対して首を横に振ると。


「王子。なぜ私がここにいるか分かりますか?」

「知るわけがなかろう!」

「王から密命を受けて、イリア様との面会を申し込んでいたのですよ。もちろんまずは冒険者ギルドに連絡して、仲介を頼んだうえで」


 冒険者ギルドは各国に支部がある。


 つまりこの国の組織ではないので王族と言えども好き放題は出来ない。


 犯罪者を現行逮捕するとかならともかく。そうでないなら騎士団長のように事前に連絡して、かつ冒険者ギルドの許可をとるのは当然だ。


 なのに王子やベイロン男爵は押しかけて来たわけで、当然ながら後で問題になる行為だろう。


 騎士団長は大きくため息をついた後、王子に無念そうな視線を向ける。


「私は念のための保険でした。王子がイリア様をうまく説得して下されば、と。王もまだわずかに期待していたのに」

「な、なにが言いたい……!」

「わからないなら結構です。王から貴方への命令です。すぐに王城に戻って自室で謹慎しておくようにと」

「なっ……!?」


 騎士団長は淡々と言い放つと、今度は俺たちの方へと向き直る。そして跪いて俺たちに頭を下げた。


「イリア様、そしてそのお仲間の方にも申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたことお詫びいたします」


 すると何故かベイロン男爵が目を見開いて叫び始めた。

 

「き、騎士団長殿! 貴族が冒険者風情に頭を下げるなどっ! あってはなりません! こんな薄汚い者たちにっ……!」


 騎士団長は顔だけベイロン男爵に向けた。


「……誰のせいでこうなったと思っている?」


 すると男爵は「ひっ!?」と情けない悲鳴をあげる。


 まあ明らかに役者が違う。ベイロン男爵が千人いたとしても、騎士団長ひとりの存在感の方がありそうだ。


 王子もその余波でビビっているようで、口をパクパクさせているのだが……。


「まあ騎士団長様。貴方の言うことが正しいという証拠はあるのですか?」


 ラトネがまったく動じずに騎士団長の前へと歩いていく。


「あります。こちらに王命の証状が」


 騎士団長が懐から取り出した紙を見て、ラトネはニコニコと笑いだす。


「これは確かに本物ですね。でしたら王子と私は王城に戻ります」

「ら、ラトネ!? しかしそれでは……!」

「ジーザス様。貴方が王子である限り、王のご命令は聞きませんと」


 明らかに動揺しているジーザスに対して、ラトネはすごく楽しそうだ。

 

 なんだろう、ものすごく不気味だ。そんな彼女はイリアさんの方に微笑みかけると。


「残念でしたね、イリア様。もう少しで聖女から悪女へとなって、多くの人の記憶に刻まれましたのに」

「……喧嘩なら買いますわよ!」

「なにを仰いますの? 国中の民に思われるのですよ? 聖女でありながら婚約破棄されて追放されていれば、ずっとみんなの記憶に残りますわ。そうだったら幸せだったでしょうに。なんて羨ましい」

「癒しの光よ! 彼の者を……!」

「イリアさんダメです!?」


 俺は急いでイリアさんの口を手でふさぐ。


 ヤバイヤバイヤバイ! なんでラトネとやらはイリアさんをそこまで挑発するんだよ!? バカか!? 治癒魔法で殺されたいのか!?


 ……いや待て。治癒魔法で死ぬなんて普通は想像出来ないから、イリアさんに攻撃力がないと思って言ってるのか。


 そんなラトネはイリアさんに向けて恭しく頭を下げた。


「私もイリア様みたいになれるように頑張りますね。では失礼いたします。ジーザス様も帰りますよ」

「あ、ああ……」


 ラトネはそう言い残すと、ジーザスを連れてギルドを出て行った。


 ふー、なんとかなったか……そう思いながらイリアさんの口から手を放すと。


「なんて奴なんてしょう! 絶対に許せませんわ!」


 ものすごく怒ってらっしゃる。そりゃそうだが。


 あのラトネってのは煽りの天才だと思う、マジで。


「おっといかん。私も用事を思い出したな……!」


 そしてベイロン男爵もさっさと逃げだしていった。あいつはぶっちゃけいてもいなくても変わらなかったな……。


 そうして俺たちの視線は騎士団長へと集まった。彼もそれに気づいたのか再び跪くと。


「私がここに来たのは、王からの依頼があるためです。イリア様、そしてラクシア様。どうか隣国の王太子の、病を癒して頂きたいのです」

 

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