第42話 ベイロン領主追い込まれる
ヴァルムたちがダンジョンに潜っていたのと同時刻。
ベイロン領主屋敷の執務室ではベイロン男爵が絶叫していた。
「なあっ!? 王宮からの使者だと!? 王子からではなくか!?」
「はい。すでに屋敷の前まで来ていますがいかがいたしましょうか……」
「ぐぬぬ……私が領地を安定させられていない件か……!」
ベイロン領は未だに一揆が跋扈していて、領地の半分ほどの村が反乱軍に制圧されている状態だ。
誰がどう見ても領地を経営できていない。こんな状況下で王宮からの使者がやってきたならば、誰だってその理由は予想できる。
「速やかにお出迎えしろ! それと賄賂の準備もだっ!」
「わ、賄賂ですか? 王宮の使者相手には通用するか怪しいと思うのですが……」
「やってみなければわからんだろうがっ!」
そうしてベイロン男爵は先に応接間に移動して、王宮の使者を待っておく。
屋敷の主でありながら先に客を待っておくことで、相手に対して下手に出ることを忘れない。上手相手にはとことんへりくだることが、彼なりの処世術であった。
すると扉が開いて壮年の男性が入って来る。
「私は近衛騎士団副団長、シルバ・ランドルフです。どうぞお見知りおきを」
「よくぞ来てくださった。ささっお疲れでしょう。まずは一杯いかがですかな?」
ベイロン男爵は机に置いてあるワインの瓶を手に取る。だがシルバは首を横に振った。
「お気持ちだけ頂いておきます。私はあくまで王の使者であり、王命を果たすのみです。決してそれ以外のことは行いません」
シルバは軽く頭を下げる。今の言葉は暗に『賄賂は受け取らない』と断じていた。
対してベイロン男爵はタジタジだ。年齢こそベイロン男爵の方が二回りほど上の老人だが、態度だけ見ればシルバの方がよほど年長である。
「な、なるほど。高尚な精神のお方ですな。しかし少しは喉を潤したほうが話も……」
「王からの手紙を受け取っておりますので、私が責任を持って読み上げます」
シルバが手紙を開いて告げ始めたため、ベイロン男爵は仕方なく聞くしかない。ここで拒否でもしようものならば、王の命令に逆らうのと同じだからだ。
「ベイロン男爵。貴殿の領地は領民によって反乱を起こされて、とても治世されているとは思えぬ。余は領主としての義務を果たせていないと判断している」
「お、お待ちを!? これは仕方ないのです!? 魔物が! 大量の魔物が異常発生したせいであって! 決して私のせいでは……!」
即座に言い訳を始めるベイロン男爵。
彼の発言は決して嘘ではない。ベイロン領が荒れ果てた理由は、ダンジョンから漏れた魔物たちが現れたからだ。
ただし意図的に隠しているところもある。それを知ってか知らずか、シルバは言葉を続けていく。
「しかし魔物が迷宮から出現したという不運もあったと聞いている。故に余はそなたに慈悲を与えることにした。今から話す条件を飲めば不問とする」
「おおっ! 流石は陛下!」
ベイロン男爵は思わずホッと息をついた。
もしも領主として失格とみなされた場合、追放ならば軽い処分。大抵の場合で斬首である。それが不問となるのだから当然だろう。
流石の彼も今回の失態は理解していた。例えば領地が半分になったとしても命に比べれば安いと。
(金だろうと土地だろうとなんだろうと払ってやる! それで助かるならば致し方ない!」
ベイロン男爵はそう決意した。どんな条件であろうと飲んでやると。
だが彼は気づいていなかった。
「条件だが其方の娘であるラクシアを、王城に一年ほど奉公させよ。それで汝の罪は不問とする」
――だがそもそも条件が飲めないのならば、どうにもならないということに。
「……は? ラクシア? ええと、ラクシア? ……書き間違いではありませんか? あのようなバカ娘が……」
あまりにも予想外な条件に、ベイロン男爵の口から本音が漏れる。
言ってはいけないことまで語尾に足された上で。その言葉にシルバはわずかに眉をひそめた。
「貴殿は王の文に異を唱えるのですか?」
「はっ!? い、いえ! めっそうもありません! と、ところでなんでラクシアを……?」
「返答の必要を感じません。では手紙の続きを。一月以内にラクシアが登城すればよし、しないならば貴殿に相応の処罰を与える。以上が王の手紙の全てだ」
「は、ははっ。ありがとうございます……」
ベイロン男爵の顔は真っ青であった。
「それで貴殿はどういたすので? すぐに返答を頂けるならばよし、そうでなければ出直しますが」
「す、すぐには少し難しいです。ですがなるべく早急にラクシアを登城させます! 確実にさせます! なのでどうか処罰はなしで……!」
「私に言っても困ります。ラクシア殿が登城すれば、その時点で不問になるでしょう。では私は失礼いたします」
そう言い残すとシルバは部屋から去っていく。
そうして少し待った後、ベイロン男爵もまた部屋から飛び出すと。
「執事よ! すぐにラクシアを回収しに行くぞ! あいつを登城させれば罪は不問なのだから!」
「ら、ラクシア様をですか? ……なるほど。しかし旦那様が追放したのに、言うことを聞いてくれるでしょうか?」
「アレは私の娘だ。ならば私の言うことは必ず聞かねばならぬ。それが親と子の関係であろうが!」
そうしてベイロン男爵たちは屋敷を飛び出していった。
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