第41話 悪女


 王城の王太子の私室では、王子と彼の婚約者であるラトネが並んで椅子に座っている。


 そして二人の騎士が報告をしていた。


「なんだと!? イリアは余の手紙を無視したと言うのか!」


 王太子は椅子から立ち上がって叫ぶ。その顔は怒りで満ちていた。


「は、はい。もう手紙は受け取りません、と仰っていました」

「ふざけるな! 王太子たる余が謝罪しているのに、受け取らないとは何様のつもりか!」


 王太子からすればあの手紙は謝罪のつもりだった。


 たとえ文面に『特別に婚約破棄を破棄してやろう』と偉ぶっていても、彼からすれば謝っているつもりなのだ。実際は誤っているが。

 

「貴様らも貴様らだ! 無理やりにでもイリアを連れてこぬか!」

「流石にそれは……」

「そんなことをすれば怒りを買うかと……」


 騎士たちは呆れながらも必死に対応する。


 なにせ相手は腐っても王子だ。権力を持った愚者ほど厄介な存在はいない。


 だがそんな彼を止めるようにラトネが口を開いた。


「お待ちくださいジーザス様。今回に関しては貴方が間違っております」

「な、なんだと!? 余が間違っているのか!?」

「はい。私には分かります。これほど酷い扱いを受ければイリア様が怒るのも当然でしょう」


 ラトネは真剣な顔で話し続ける。

 

 その様子を見て王太子は驚愕していた。今まで常に自分の味方だったラトネが、今回に限って反論してきたのだから。


「貴方たちは外に出なさい。私はジーザス様と二人きりで話があります。私たちの今後に関わる話です」

「「ははっ!」」


 騎士たちは即座に部屋から出て、扉の前で顔を合わせた。


「い、いったいどうしたんだ? あのラトネ様が王子に苦言を呈するなんて」

「ようやく気付いたんだよ! 自分たちが間違っているってことを!」


 騎士たちは歓喜していた。


 あの愚かな王子だがラトネの言うことは素直に聞くのだ。ならばラトネが注意をすれば反省するのではないかと。

 

「ようやく……ようやく王子がマトモになるのか! それならイリア様もきっと戻ってきてくださる!」

「ラトネ様が来てから散々だったが、ようやく王城がマトモに戻るんだな!」


 騎士たちの声が普段よりも少し大きくなっていた。


 彼らの喜びが隠しきれていないのだ。なにせラトネと出会ってからというものの、王太子はあまりに酷くなっていた。


 以前から性格は悪かったが、今は救いようがないほどに終わっている。だがその元凶であるラトネが叱れば、元の性格が悪い王子に戻ってくれるはずだと。


「ラトネ様のおかげだな!」

「ああ!」


 そもそもこの状況をもたらしたのが、他ならぬラトネのせいである。ただのマッチポンプなのだが騎士たちはそのことが頭から抜けていた。


 騎士たちはそれほどに嬉しかったのだ。王子が反省して、イリアが戻ってくることが。


 そして王子の部屋の中から叫び声が聞こえてきた。そう、ラトネが王子を叱る声が。


「手紙では王子の真心は伝わりません! ここは直接会ってイリア様に伝えるのです!」


 すべての元凶。この事態をもたらした女。


 正妻であるイリアを追い出させて、自分が正妻へと座った女。そしてそれを恥とも思わぬ悪女。


「直接会うのです! そして……王族命令を出せば絶対に戻ってきます! それで隣国の王太子の治癒が終わったら、また追い出してしまえばいいのです!」

「な、なるほど! 流石はラトネだ!」


 そんな女がまともな提案などするはずがなかった。


「「は? え? は?」」


 騎士たちが困惑する中、さらにイリアたちの声が部屋から聞こえてくる。


「イリア様は聖女です! 今は国の危機なんです! ならば直接会って命じれば必ず手を貸すはずです! 貸さないならば聖女ではありません!」

「確かにその通りだ! 仮にも聖女と呼ばれた女ならば、国の危機に力を貸さぬなど余が認めぬ!」

「ただ今のイリア様は冒険者というゴロツキと仲良くしているようです。が反対するといけないので、騎士を大勢連れて行って圧力をかけましょう!」

「なんだと? 仮にも聖女と呼ばれた者がゴロツキといるなど、なんとバカなことをしているのだ! よし即座に騎士たちを連れてイリアの元へと……!」

「「お待ちください! それはいけません!」」


 騎士たちは気が付けば部屋に飛び込んでいた。


 それを見て王子は驚き、ラトネは目を細める。


「な、なんだ貴様ら!? 入室を許可した覚えはないぞ! 衛兵! 侵入者を捕らえろ!」


 王子は部屋の外にいる衛兵を呼んだ。だがそれでも騎士たちは跪いて頭を下げる。


「王子! いけません! それだけはいけません! どうかもう少しお考えを!」

「そうです! そこまですれば取り返しがつきません! 我ら二人、命がけで忠言いたします! どうか……!」

「む、むう……」


 二人の騎士たちのあまりに真剣な気迫に、王子は僅かに気圧される。


 だがラトネが王太子の肩に手を置いた。


「王子。勝手に押し入って来る愚か者のことなど、聞く必要もありません。命を賭ける? 騎士が王のために命を賭けるなど当然でしょう?」

「た、確かにそうだな! 衛兵! この二人を捕らえて地下牢に入れよ!」


 部屋になだれ込んできた衛兵によって、二人の騎士は捕縛される。


「お、王子よ! どうかお考え直しを……!」

「お前が来てから全てメチャクチャになった! この悪女め……!」

「余のラトネを悪女だと!? その者たちは縛り首にせよ!」


 二人の騎士は連れていかれた後。ラトネは涙を流し始めた。


「悪女だなんて……私は国のためにと……」

「ラトネよ。気にすることはないぞ。お前が悪女なわけがないではないか! イリアがワガママなだけだ!」

「ジーザス様……!」

「イリアの元へ向かうぞ! 従わぬならば捕縛してでも連れ帰る!」

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