第40話 ダンジョンは安全でした


 俺たちはダンジョン『一角獣の巣窟』の中を進んでいる。


 相変わらず一定間隔で壁に松明がついているので、周囲は薄暗いが普通に見える。本当に人間に都合のいい場所だ。


「特に魔物は出てこないな。サキュバスもいなさそうだ」


 先日のベイロン領での魔物大発生の元凶は、このダンジョンから出てきた魔物が移動したと考えられている。


 そのためこのダンジョンは異常が発生しているとみなされて、立ち入り禁止になっていた。


 だが冒険者の収入源であるダンジョンに、いつまでも入れないのは困る。そのためギルドマスターは俺たちに調査依頼をして、問題なければ解放するつもりなのだろう。


 ちなみにサキュバスは女性型の魔物で、男を誘惑することで知られている。強さは程々くらいなので出て来ても問題ないが。


「もう魔物がいなくなったんじゃないの? ベイロン領に全部吐き出しちゃったみたいな」

「かなり倒しましたものね。生態系を狂わせるくらいに」


 ラクシアが杖を軽く振り、イリアさんがクルクルと閉じた日傘を回す。


 狂ったのは生態系というか生命倫理じゃないかなあ。ゾンビや爆発治癒などの意味で。


「ダンジョンの魔物がいなくなるなんて話は聞いたことないがなあ。リーンちゃんはどう?」

「ありませんね。ダンジョンは摩訶不思議で、コアを回収すると滅びるくらいしか……」


 パーティーの知識役であるリーンちゃんでもこれなのだ。ダンジョンは分かっていることが少なすぎる。


 するとラクシアが俺の側へと寄ってきた。


「そういえば気になってることがあるんだけど。ギルドマスターってどうやってソロでダンジョン潜ってたの? あの人、そんなに強そうに思えなかったんだけど」


 ……言われてみればそうだな。


 ギルドマスターを捕らえる時に戦ったのだが、言うほど強くなかったんだよな。こちらが過剰戦力なのもあったが、俺一人でも楽勝くらいだった。


 ダンジョンをソロで生き抜くのは無理な気がする。


 するとリーンちゃんも小さく手を上げた。


「あ、あの。実は私も気になっていることがありまして。以前にダリューンさんたちを連れ去ったコウモリです」

「三人をクルミみたいに殺した奴か。いたなあそんなの」


 あの時のコウモリは、ダリューンたちだけ誘拐して去っていった。


 そのせいであいつらがスターヴデーモンになって、話がカオスになってしまったんだ。


「……あ、あの時のコウモリたち、急に天井に現れた気がするんです。直前までいなかったのに、いきなり召喚されたみたいだったというか。わ、私が見逃してた可能性もありますけど……」


 リーンちゃんの声が徐々に小さくなっていく。不安になったのだろう。


 俺はそんなリーンちゃんの頭に軽く手を置いた。


「リーンちゃんが言うなら急に現れたと考えた方がよさそうだな」

「あ、あの本当に私の勘違いの可能性も……!?」

「リーンちゃんは優れたシーフだ。いつも魔物を的確に見つけてくれるわけだし、あんな大きなコウモリを見逃すとは思えない。ラクシアたちもそう思うだろ?」

「そうだね。ボクもそう思う」

「ワタクシもそう思いますわ」

「皆さん……」


 リーンちゃんが少し涙ぐんでしまったので、さらに頭をナデナデする。うちのパーティーの癒し枠だなあ。


 それにあのコウモリたちに関しては、他にも気になっていることがある。


「あのコウモリたちってさ。ギルドマスターに都合よく動いてたよな。ダリューンたちを連れ去って殺して、その後にあいつらがスターヴデーモンになった。いくらなんでも話が出来すぎてないか?」


 あのコウモリたちは俺たちを一切狙わずに、三バカたちだけを連れ去っていったのだ。


 そしてその後に三バカがスターヴデーモンになって、ギルドマスターの狙い通りになったと。そんな偶然があり得るのか?


「ギルドマスターがテイマーだったんじゃないですの? あの場でコウモリを召喚して連れ去ったのですわ」

「もしギルマスがコウモリを呼べるなら、俺たちから逃げるために出してたんじゃないか?」


 あのギルドマスターがよほどのバカじゃなければ、コウモリを召喚して空に逃げるくらいは思いつくはずだ。実際に逃げられたかはともかくとして。


「というかそもそもだ。ダンジョン内の魔物はなんでベイロン領に向かったんだ? ダンジョンの魔物を操れる奴なんて聞いたことないが、あれも完全に偶然なのか?」


 特に気になっているのはここだ。


 ギルドマスターが何者であったとしても、ダンジョン内の魔物を操るなんて出来るとは思えない。


 ダンジョンは摩訶不思議でほとんど何もわかってない。


 ダンジョンのコアを回収すると滅び、冒険者パーティーの弱点を突く自我があるのではと言われている程度だ。


 悩んでいるとイリアさんが手をポンと叩いた。


「分かりましたわ! 全てが偶然だったのに、ギルドマスターが自分が仕組んだみたいにドヤ顔してただけですわ! ようは黒幕のフリをしただけの凡人!」

「もしそれなら酷い真相だなあ……」


 でもイリアさんの言うことの可能性が高いかもしれない。


 あのクソジジイ、そこまで有能そうでもなさそうだしなあ。


 するとラクシアが何気なく呟く。


「もしかしてダンジョンが本当に意志を持っていて、ギルドマスターに指示出してたりして!」

「そんなわけない……」

 

 その瞬間だった。


 いきなり足元が大きく揺れ始めたのだ。俺は地面を踏みつけて陥没させて、足場を安定させながら周囲を見回す。


 壁や天井も揺れているので、ダンジョン自体が揺れている……?


「な、なんだなんだ? 地震か?」

「ダンジョン内で地震なんて聞いたことないですよ!?」

「た、立ってられないんだけど!?」

「わ、ワタクシもですわ!?」


 俺とリーンちゃんと違って、お嬢様二人組は床にしゃがみこんでしまった。


 まあ魔法使いだし足腰が強くはないだろうから仕方ないか。


「まあダンジョンは何が起きるか分からないからな……お、鎮まったか」


 しばらくすると地震は止まった。ただまた揺れ出しても困るし、今日は出た方がよさそうだな。


「よし、今日は撤収しよう。まだダンジョンに異変がありそうだし」

「さ、賛成! 危ないもんね!」

「ワタクシも賛成ですわ! 早く帰りますわよ!」


 ラクシアとイリアさんは動揺している。どうやらさっきの地震が怖かったようだ。


 そしてラクシアに至っては俺の近くに寄ってきて震えている


 二人とも可愛いところもあるじゃないか。そうして俺たちはダンジョンから無事に脱出すると。


「もうこのダンジョンの入り口塞ごうよ! ゾンビ大量に出すからさ!」

「ワタクシも手伝いますわ! 破裂寸前まで膨らませれば、少ない数で入り口を封じれますわ!」


 前言撤回、こいつら可愛くない……。


 しかしさっきの揺れ、まるでダンジョンが俺たちの話を聞いて動揺したみたいだったな。いや流石にあり得ないか。

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