第38話 元婚約者からの謝罪手紙


 俺たちが冒険者ギルドから出ようとすると、二人の武装した男たちが立ちふさがってきた。


 装備的に国の騎士だろう。上等な装備の上に、普通の兵士よりも姿勢や立ち振る舞いが綺麗だ。


 騎士様が何の用事か分からないがとりあえず話してみよう。


「なんですか? 特に捕縛されるようなことをした覚えは……」


 と言いかけて微妙に言葉に詰まった。


 ゾンビを大規模に使うのはセーフなのだろうか? 微妙に許されない感が……。


 だが兵士たちは慌てたように首を横に振ると。


「ああいえ違います。救国の英雄にそんなことをするわけがありませんよ」


 救国の英雄って誰だ? と一瞬思った。だがよく考えると俺たちのことを言っているのか。


 なにせ俺たちはベイロン領に出現した大量の魔物を倒して、無事に問題を解決したのだから。


 あの魔物たちには将軍級や大将級もいたし、あのままだったら国の危機にもなりかねなかったからな。確かに救国の英雄だ。


 まあ正直な話、実感はないのだが。だってダリューンたちとギルマスを倒して、そのついでに他の魔物たちを潰しただけだからなあ。


「私たちはイリア様に手紙を持ってきました。王子からの謝罪です」


 騎士のひとりが手紙を差し出すと、イリアさんは露骨に嫌そうな顔になってしまわれた。


「……受け取らないとダメですの? 正直見たくもないのですが」

「お願いします。コトは王子とイリア様だけの問題ではないのです」

「イリア様のお気持ちは重々わかりますが、どうか国を救うとおもってひとつ……」


 騎士たちはすごく低姿勢で頭を下げてくる。


 それを見てイリアさんはため息をついた。なんとなくだがこの三人は顔見知りっぽいな。


「仕方ありませんわね……まあ謝罪文というなら」


 イリアさんは嫌そうに手紙を受け取った後、冒険者ギルドの二階にある部屋へと歩いて行った。


 仮にも王族の手紙だから、他人の目がある場所では読めないのだろう。なにか重大な情報とか書かれてたら困るし。


 そして騎士たちと俺達三人が残されてしまった。どうしようかと思っていると、騎士たちが俺に笑いかけてきた。


「イリア様をいつもお守り頂きありがとうございます。あのお方は素晴らしいお方ですので、追い出されたと聞いた時は驚いたものです」

「ずっと心配しておりました。ですが今のイリア様は生き生きしておられます。まあ我々はあのお方がいなくなって困ってますが……怪我した時に治してもらえないので」


 ……? 怪我した時に治してもらえない……? 

 

 あっ、そうか。イリアさんはいつも治癒魔法使ってるんだった。浄化爆発魔法じゃなかったな。


 しかし騎士たちはイリアさんに好意を持っているようだ。まああの人、貴族令嬢とは思えないほど付き合いが楽だもんな。


「いえいえ。俺たちの方こそイリアさんの魔法には助けられてます」


 治癒じゃなくて攻撃的方面でだけど。うちのメインアタッカーだからなあの人。


 するとイリアさんが活躍してると聞いて嬉しかったのか、騎士たちは少しテンションを上げて話し始めた。


「分かります! イリア様の治癒魔法は凄いですよね! 私はかつて右腕を失ったのですが、あの人の魔法のおかげで元に戻ったのです!」


 騎士のひとりが右腕をグルグル回しながら叫ぶ。

 とても一度失った右腕の動きとは思えない。


「私なんて顔半分吹き飛ばされたと聞きましたが、気が付くと治ってました!」


 それもう死んでません? と思ったが言わないことにする。


 イリアさんの治癒魔法は肉を異常に増やした後、相手を破裂させる攻撃魔法だ。なので身体の欠損も治せそうではあるからな。

 

 たぶんあれだろう。顔半分吹き飛ばされたけどまだ生きてて、治癒魔法が間に合ったとかだろう。普通は治せないけど。


 そんな騎士たちはさらに話を続ける。


「しかしよかったです。王子が自分のやったことを反省して、謝罪の手紙を書いてもらえたので」

「これでイリア様が戻ってきてくだされば! ……あ、すみません。そうなると皆さまは困りますよね……」


 そんな騎士たちはかなり興奮気味に話をしている。イリアさんが戻って来るかもしれないのが嬉しいのだろう。


「いえいえ。確かに困ると言えば困りますが、そのほうがイリアさんにいいならそちらのほうが」

「ボクもそう思う! 戻れるなら戻るべきだと思う!」

「貴族令嬢様ですもんね……」


 ラクシアやリーンちゃんも同意見のようだ。


 イリアさんが抜けるのは寂しいし問題もあるが、元の場所に戻れるなら戻るべきだろう。

 彼女が王子と和解できるというならば、俺たちは笑ってあの人を送り出して……。


「バカにしてるんですのおおおお!?!? あのバカ王子いいいぃぃぃぃ!!!」


 と思ってたら二階からイリアさんの絶叫が聞こえてきた。そしてものすごく不機嫌そうに階段を降りてきて、俺たちの元へとやってくる。


 ああ、うん。もう聞くまでもなく分かる。


「……イリアさん、王子の謝罪文はどうでした?」

「謝罪文? そんなものありませんでしたわ!」


 イリアさんは俺に手紙を投げつけてきた。


 とても貴族令嬢の嗜みとは思えないがそれくらい怒ってると。渡されたということは読んでいいのだろうと、手紙に目を通してみると。


「イリアよ、特別に婚約破棄を破棄してやろう。光栄に思うがいい。ラトネは側室にしてやる。ただし部を弁えた上で正妻の座について……」


 みたいなイリアさん特攻みたいな文が続いていくのだ。そりゃこんなの読まされたら激怒するよなあ。


「うわ酷い文。ボクがお父様にこんな手紙渡されたら、その場で破いちゃいそう」

「流石にこれは……」


 ラクシアとリーンちゃんも呆れている。そりゃそうだ、こんなの呆れるしかないだろう。笑えん。


 そんなイリアさんは騎士たちに詰め寄ると。


「なにが謝罪文ですの! どこに謝る要素がありますの!? 認識が誤ってるのだけは理解できましたわね!?」

「も、申し訳ありません! 私たちは王子に謝罪文と聞いて、イリア様に渡しに来ただけでして……」

「手紙の中身は決して読んでおらず……」


 騎士たちは手紙の文章を知らなかったようだ。


 いや当然か。王子から貴族令嬢への手紙なのだから読んでた方がダメだ。イリアさんも八つ当たりになると思ったのか、少し息を整えた後にほほ笑むと。


「王子に伝えなさい。もう手紙は受け取りません、と」  


 騎士たちはその言葉を聞いてあたふたと慌てだす。


「あ、えっと。その。それは非常に困るというか……実は隣……」

「いいですわね?」

「し、しかし……」

「い い で す わ ね?」

「「は、はい……」」」


 騎士たちは肩を落としてトボトボと帰っていく。今のイリアさんになにを言ってもムダと思ったのだろう。


「ところでさっき、騎士たちが言いかけてたの何だったんでしょう?」

「知りませんわ! もう王子関係の話なんて聞きたくもないですわっ!」

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