第27話 どうする? 見捨てる?


「そういうわけでダンジョン周辺では、特に強い魔物は見つかりませんでした」

「ボクのゾンビたちが八百万の目で見たから、騎士級以上の魔物は確実にいなかったよ!」


 俺たちはダンジョン周辺の調査結果を、受付嬢さんに報告していた。


 どうやらラクシアは八百万のフレーズが気に入ったようで、ニコニコしながら叫んでいる。


「そ、そうですか……あの周辺で騎士級の目撃情報がいくつもあったので、なにかいるはずだったのですが」


 難しい顔で悩んでいる受付嬢さん。


 騎士級の魔物がダンジョンの外にいたら危険だからな。ダンジョンで騎士級が現れても大丈夫なのは、潜る冒険者たちがかなり上澄みの実力者ばかりだからだ。


 おそらく冒険者内で上の中くらいは強いパーティーじゃないと、騎士級相手に負けてしまうだろう。


「もしかしてどこかに行ってしまったとか?」

「そうだとしたら最悪ですね……騎士級が散らばったとなれば、絶対に被害が出ますから」


 そもそもダンジョン内の魔物が地上に出てくるのが異常事態だからな。


 受付嬢さんは暗い顔になりつつ話を続ける。


「弱りましたね……ギルドマスターはまたダンジョンに潜ってるから、判断を仰ぐわけにもいかないですし」

「また潜ってるのですか。ギルマスも年配なのに元気ですね。連戦することになるだろうによく体力持つなあ」


 思わず感心してしまう。すでに老人のギルマスがまだ前線で戦えるとは……。


「ダンジョン内で逃げまわって戦ってないだけじゃないの?」

「ラクシア、それは無理だよ。ダンジョン内の魔物は人を積極的に襲うし、逃げ場のない狭い道もある。戦いをずっと避けるのは不可能なんだ」


 ダンジョンは強い者でなくては入れないし出られない。


 なのでパーティーのサポート役が自分だけ生き残ったが、外に出るのを諦めて自殺するなんて話もあるくらいだ。魔物に殺されるよりはと。


 ……ん? そういえばリーンちゃんって、ダンジョン探索中に追放されたんじゃなかったっけ?


「ねえリーンちゃん。リーンちゃんって追放された時にどうやって……」


 どうやって脱出したのか聞いてみようとした瞬間だった。


「きゅ、救援を! 頼む! 早く!?」


 ひとりの男が冒険者ギルドに駆け込んできた。


 あれはベイロン領の兵士だ。以前に見た時に身に着けていた装備と同じっぽいし。


 だが彼は頭から血を流していて、着ている鎧は凹んでいてズタボロだ。


「た、頼む……! 助けてくれっ!」


 兵士は足を引きずりながら、俺達いや受付嬢さんの元へと近づいてくる。


「あ、あの。助けてくれとは……?」

「べ、ベイロン領に騎士級の魔物が出現してるんだ! しかも大量に! それに将軍ジェネラル級以上の魔物も三体も!」


 兵士の男が叫んだ瞬間、ギルド内にいた冒険者たちがザワザワと騒ぎ始める。


「将軍級三体に騎士級の魔物が大量にだと!? しかも地上に!?」

「そんなのヤバイだろ。一領地で対応できるレベルじゃねーぞ……」

「騎士団を呼んできてなんとかなるかって話だよな!?」


 騎士級の魔物が大量に出現したとなれば、そこらの国軍にすら劣らない軍団になる。


 だがなによりも問題なのは、大した予兆もなくそんな軍団が現れたことだ。


 敵国が攻めて来るならば事前にわかるので、こちらも迎え撃つことができる。だがこんな急に軍団が現れたら、討伐軍を編成する時間が足りない。


 つまり周辺の土地は蹂躙しつくされてしまうだろう。


 ……と言っても今回の場合は予兆があったけどな! あのクソジジイが無視しただけで!


「た、頼む! 助けてくれ! もう正規軍は全滅してしまったんだ!」

「そう言われましても……ギルドはベイロン領の依頼は断ることに決まりまして……騎士団に頼んでくださいとしか」


 兵士の男は必死に泣き叫ぶが、受付嬢さんは困った様子だ。

 

「騎士団は準備があるから動けないと断れたんだ! 頼む、このままだと俺の家族もみんな殺されてしまう! あいつらは化け物だ!?」

「……ええと。ならいちおう聞いてはみますね。誰かこの方の依頼を受ける人はいらっしゃいますか? ギルドを介さない依頼になりますが!」


 受付嬢さんはギルド内を見回しながら叫ぶ。


 だが誰も返事はない。当然だろう、騎士級の魔物の群れを相手にするなど自殺行為だ。 


 ましてやギルドを介さないとなれば、ちゃんと報酬が支払われるかすら怪しいのだから。


 冒険者は慈善事業ではない。ちゃんとある程度の安全マージンを確保した上で、しっかりと報酬がもらえるからこその職業だ。


「お、お願いだ! 頼む!」


 兵士の男は必死に叫ぶが、冒険者たちは気まずい顔をするだけだ。


 別に冒険者たちだって見捨てたいわけじゃない。でも自分の身体の方が大事だから動けない。


 ふと横を見るとラクシアと目が合う。少しだけ悲しそうな目をしていた。


 そりゃそうか。追放されたとは言えども故郷が滅びかけてるなら、心配するに決まっている。


 まあ俺たちはベイロン領を出禁だから…………いや待てよ?


 これはもしかして、望外の大チャンスなのではなかろうか? なにせ冒険者たちは助けたくてもリスクを考慮して動けない。


 だが俺達なら騎士級の魔物が大量にいても勝てそうだ。なにせこれまでに散々瞬殺しているからな。


 このパーティーならば将軍級三体と騎士級の大軍相手なら、負けないのではなかろうか。負けそうなら逃げればいいし。


 そしてなにより……出禁にまでされた領地を、正義だなんだうそぶいて救ったら英雄じゃないか!?


「なあみんな。ちょっと思ったんだが、もしここで俺達がベイロン領を救ったら英雄じゃね? 悪名吹き飛ばせるんじゃないか?」

 

 ラクシアたちにだけ聞こえる声で言ってみる。


 するとイリアさんとリーンちゃんも小さく頷いた。


「ワタクシもそう思いますわ! ここで助けたら悪評が消えるのではと!」

「さ、賛成です……!」


 最後にラクシアに視線を向けると、彼女は恐る恐るな様子で俺達を見回す。


「い、いいの? ボクの都合で危険な目に……」

「危険? むしろ好都合だろ。なにせ騎士級を大量に倒すだけで、凄まじい名声を手に入れるチャンスなんだぜ! あのクソオヤジも馬鹿にできるしな! 出禁にした奴に助けられてどんな気持ち? ねえどんな気持ち? ってな!」

「ドラゴンを倒すより現実的ですし、多くの人を救えるから実益も完璧ですわよ!」

「が、頑張りましょう……!」


 俺、イリアさん、リーンちゃんがそれぞれ意見を言うと、ラクシアは目に涙を浮かべて。


「みんなごめんね……ありがとう!」

「よーし! そうと決まればさっそくだ! その依頼、俺達が受けてやる! このベイロン領を出禁になった俺達がなっ!」


 俺がそう叫ぶとギルド内の全員の目が俺に集まって来る。


 くくく、聞こえるぞ。危険な依頼を率先して受けることへの賛美の声が。


「うわあいつゾンビパーティーの奴じゃん! 絶対なにか裏があるぜ……!」

「もしかして死体を回収する気じゃないか?」

「ドラゴンと鬼が潰し合うもんじゃねーか……魔物が勝ってもあいつらが勝っても地獄だぞ……」  

 

 お前らちょっとは勇者への賛美をしろよ!? 


 兵士の男は俺達を、そしてラクシアを見た後に。


「お、お前たちは……出禁されたお前たちが、いったいなにが目的だ!? ゾンビか!? 領民全員をゾンビにでもする気か!?」

「だから違うっての! 助けてやるって言っただろうがっ!?」

「ば、馬鹿な……いやでも猛毒を以てすれば毒を制せるか……!?」


 やっぱり帰っていいかな、俺達。

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