第19話 追放したベイロン男爵


「なぜ貴様がここにいる! 貴様はもう追放したはずだぞ! この元バカ娘がっ!」


 俺たちに近づいてきた軍の指揮官は、この地の領主であるベイロン男爵だった。


 つまりはラクシアの父親、いや元父親か。なんて間の悪いことだろう。


「はあ!? ボクは家から追放されただけで、領地に入るなとは言われてないですけど!? それに冒険者の救助依頼、つまりは人命救助でやってきたんですけど!?」


 ラクシアも反論し始めてしまった。イラついているようで言葉の節々に怒りが籠っている。

 

「死霊闇呪術師が人命救助など笑わせる! そもそも家から追放したのだから、領地からも追放されたと考えるのが当然だろうが! 貴様のようなバカが我が血筋から生まれたなど信じられぬわ!」

「バカって言いましたね!? バカって言ったほうがバカなんですよ!」


 どっちもおバカさんだと思います。


「ええい! ならば領地から追放だ! 貴様らは二度とこの地に足を踏み入れるな!」

「いいでしょう! こんな場所、ボクのほうからお断りです!」


 売り言葉に買い言葉である。ところでサラッと俺たちもベイロン男爵領に入れなくなった件について。


 ……まあいいか。ここは辺鄙な場所だし特産品などもないのだ。依頼でもなければ特別来る理由もない土地だ。


 そんなベイロン男爵は池に入る順番待ちの生霊ゾンビに目を向けると。


「なんとおぞましい死体よ! 貴様、人を殺すとはなにごとか!」

「あの人たちは死んでないよ! 救助対象で無事に助けたけど、気絶してるから操って動かしてるだけ! 失礼なこと言わないでよ!」


 生命への礼を失してるのはラクシアの方だと思うが、今回は俺たちも同罪なので何も言わないでおこう。


「救助対象を血まみれにした挙句、ゾンビのように操るとは終わっておるな! 見れば貴様らの仲間もみずぼらしい者ばかりだ!」


 ベイロン男爵は馬の上から、俺たちを見下した態度をとって来る。


「不愛想な男、死霊闇呪術師、冒険者のくせにドレス姿の愚か者、盗賊シーフ……なんと酷い者たちだ! 下賤な者同士が哀れに組んでおるわ!」


 ベイロン男爵がそう叫ぶと同時に、少し離れた場所にいる兵士たちも笑い始めた。


「冒険者って本当に野蛮だよな。俺達みたいな正規兵と違って、ロクな教育も受けてないんだから。犯罪者予備軍みたいなもんだよ」

「見ろよあのドレス姿。冒険者なんだからぼろ布でも纏ってりゃいいのに」

「死霊闇呪術師と組むような奴らだぜ? ロクな奴らじゃねーよ」


 嘲笑の声がいくつも聞こえる。どうやらあいつらは人を見下すタイプの集団のようだ。


 半端な領地の正規兵ってああいう奴が多いんだよな。他の領地ほど待遇がよくないから、自分より下を見下して悦に浸るタイプ。


「なにを! 今までボクの力があったから、このベイロン領は安全だったんだよ! 今だって騎士ナイト級であるギガオーガの群れを二十体も討伐したんだ!」

「ぶっ! ぶははは! 騎士ナイト級のギガオーガが二十体だと? 騎士級がそんなに現れていたら領地滅亡の危機ぞ! あり得ぬことをほざくな、この大ウソつきめが!」

「嘘じゃないやい! あっちに死体が転がってるもの! 見に行けばすぐに……!」


 ラクシアは必死に叫ぶが、ベイロン男爵は大きくため息をついた。


 今回は後でどうせ通るから、まだギガオーガをゾンビ化してなかったからなあ。


「下らん! どうせ兵士ソルジャー級のオーガと間違えただけだ! 貴様の発言など聞く価値もないわ! それに魔物に関してはすでに対策を打っておる!」

「対策? 騎士級の魔物が多く出現したら、この領地じゃ対抗できないはずです!」


 ラクシアの言葉に対して、ベイロン男爵はニヤリと笑う。


「聖女だよ。聖女にこの地を浄化して頂くのだ。すでに了承のお返事も頂いておる!」

「「「「えっ?」」」」


 俺達四人の声が同時に重なった。聖女? それならいま、俺たちの横にいらっしゃいますが……。


「わ、ワタクシはなにも存じませんが……?」

 

 イリアさんは首を横に振った。だろうな。


「はあ? なんで貴様のようなみずぼらしい冒険者が知るというのだ。私は王太子と親しくしておるので、聖女様に来ていただけるのだよ!」

「……聖女ってこの国に二人いるんですか?」

「い、いえ。ワタクシは聞いたことがありませんが……」


 そりゃそうだ。聖女なんて二人も三人もいてたまるか。聖の価値が下落するだろうしな。


 そんな俺達の様子にイラついたのか、ベイロン男爵は唾を飛ばしながら吠えてきた。


「だから何を言っているのだ! まさか貴様のような下賤な者が、聖女とでも言うのではなかろうな!」

「下賤……別にワタクシは自分を聖女と言うつもりはありませんが……ただあの、本当に聖女が来るのですか?」


 少し困惑した素振りを見せるイリアさん。


 もし聖女が来ないとすれば、いや確実に来ないのだが、そうなるとベイロン男爵領の住民が困るのを心配しているのだろう。


「当たり前だ! 救助対象を血まみれにする闇女とは違った、正しき聖なるお方がな!」

「その聖なるお方はそんなに正しいのですの?」

「貴様らのような野蛮な者とは違って、虫にすら慈愛を持つ美しいお方だ! さらにその美貌は見る者にため息をつかせるのだ!」


 その慈愛を持つお方ですが、ギガオーガをこれ以上ないむごい殺し方してましたよ。


 ベイロン男爵はイリアさんを見て、わずかに好色な顔になった。


「……む? 貴様、存外と容姿は悪くないな。喜べ、貴様は私の娼婦にしてやろう」

「お断りいたしますわ!」

「なんという無礼! 我が命令を断るとは!」


 聖女を娼婦にしようとするお前の方が無礼だよ。


 ベイロン男爵は激怒してラクシアを睨むと。


「貴様のような娘が生まれたのは私の生涯の恥だ。頼むからさっさと野垂れ死ぬがいい。死霊闇呪術師などまともな人間なら誰も近づかぬ。そこの奴らとてすぐに貴様を捨てるわ。いいか? 貴様に生きている価値などないのだ」

「…………お父様」


 流石のラクシアもいまの言葉は効いたようで、落ち込んでしまっている。実の親からあそこまで言われたらへこんで当然か。


 ……はあ。まあうん。俺はラクシアとベイロン男爵の間に立つと。


「確かに死霊闇呪術師なら、まともな人間なら誰も近づかないでしょうね」

「…………」

「ふははは! 仲間にすら言われるとは愚かな娘よ! 分かるか! 貴様が生きているだけで我が家名にキズがつくのだ!」


 さらに黙り込んでしまうラクシア。


 だが俺はそんなラクシアに振り向いて笑うと。


「でもこの面子、残念ながらマトモな奴がいないですからね! だからラクシア、そんな細かいこと気にするな!」

「ヴァルム……」

「そうですわよ! あんな男の言葉なんて気にしないでいいですわ!」

「わ、私もそう思います……! ラクシアさんは優秀な人だと……!」


 そもそもベイロン男爵はラクシアのデメリットばかり言ってるが、メリットのことを軽視しすぎだろ!


 ラクシアの力は極めて優秀だぞ! あいつらいなくなったら絶対大問題起きるに決まってる!


「き、貴様ら! パーティーの名にキズがついても構わないというのか!?」

「ふん! 私たちは悪評まみれの追放者パーティーです! 死霊闇呪術師ごとき誤差です! それに……名誉を守るために実利を失うよりはましでしょう?」


 ベイロン男爵は今の返答に心当たりがあるのか、目を見開いて俺達を睨むと。


「こ、このっ……! この地は聖女様によって浄化されるので、貴様らのような下賤な者は不要だ! 二度とこの地に立ち入るな!」

「……本当にワタクシたちは立ち入らなくてよろしいのですね? 今の言葉を即座に否定するなら、聞かなかったことにしてもかまいません」


 イリアさんは最後の警告とばかりに告げるが、


「くどい! 冒険者風情がなにを偉そうに! すぐに我が領地から去れっ!」


 こう言われてはどうにもならない。というかなにが下賤な者たちだよ!


「承知しました! じゃあもうこの地には立ち入りませんよ! 俺達四人は誰もね! ほらみんな、ギガオーガの死体を連れて帰るぞ!」

「帰れ帰れ! 二度と来るな! 聖女様が浄化して頂いた後に、貴様らが来ればまた穢れるからな!」


 俺たちはギガオーガの十七体の死体と、四人の冒険者の生体を連れて街に戻るのだった。


「ねえヴァルム」


 その帰り道、ラクシアが俺に聞こえる声で話しかけてきた。


「なんだよ」

「ありがと」


 ラクシアは普段とは違って大人しくて別人のようだ。


「あの男爵に腹が立っただけだ。まああのオッサンを見返すくらいに一緒に頑張ろうぜ」

「うん! これからはもっと死体を蠢かせて頑張るからね!」

「ごめんやっぱりあまり頑張らなくていいかも……」

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