第17話 救助依頼①


 俺達は朝日の中、街道を歩いていた。


「ラクシア。本当によかったのか?」

「いいよ。別にお父様と会うわけじゃないし」


 今回の救助依頼の目的地はとある平野。そこにオーガを討伐しに行った冒険者が戻ってこないので、救助依頼になったらしい。


 だがその平野の場所が問題だ。そこはベイロン男爵領、つまりはラクシアの元実家の領地だった。


 受付嬢さんがためらうのも当然だ。ラクシアからしたら追い出された場所に、足を踏み入れることになるからな。


 だがそんな死霊闇呪術師は気楽そうに持っていた杖を振った。


「今回の依頼は土地勘を持つボクに適任だと思うよ。救助依頼なら少しの遅れが救助者の生死にかかわるし。ボクは常にゾンビたちを徘徊させてたから、この領地のことならバッチリだよ」


 少し前までのベイロン領がアンデッドの巣窟だった件について。


 ただラクシアの操るゾンビは腐らないらしい。なので人間ならともかくとして、動物や魔物なら一見ではゾンビか見分けるのは難しいらしい。


 なので傍目からは地獄絵図ではなかっただろう。はた迷惑なのは間違いないが。


 まあ他生物の変な仕草ってあまり分からないもんな。同じ犬種の顔を比べても違いが分からないし。


「そういえばオーガってどんな魔物ですの?」

「オーガは兵士ソルジャー級の鬼の魔物です……。人より一回りほど大きくて、硬い筋肉を身体に纏っています」


 イリアさんの疑問に対して、リーンちゃんがすかさず答える。


 オーガは兵士ソルジャー級の魔物だ。地上で出現する魔物は基本的に騎士ナイト級が最上級で、兵士級の討伐も高難易度の依頼にはなる。


 ただそれはダンジョンに入れない冒険者の中の話だ。ダンジョンなら騎士ナイト級の魔物は珍しくもないからな。


 まあ俺たちは地上で将軍ジェネラル級のギガボアオークを発見したけどな。あれはなんだったんだろうか。


「ギガボアオークより二ランクほど下の魔物ですか。それなら楽勝ですわね」

「油断しない方がいいですよ。冒険者が戻ってこないということは、不測の事態に陥った可能性もあるわけですから」


 冒険者は自分の手にあまる依頼は受けない傾向がある。


 ようは勝てるか分からない魔物の討伐依頼は受けず、これなら勝てるだろうという相手を選ぶのだ。


 行方不明になったパーティーとて、騎士ナイト級とも戦える実力はあったそうだ。


 まあ正面から戦えばの話ではあるので、オーガに不意を打たれて負けたとかかもしれないが。


「わかりましたわ。気を付けます」


 イリアさんは小さく頷いた。本当にこの人は元貴族令嬢とは思えない話しやすさだ。すでに冒険者としての風格すら持ちつつある。


 ……まあドレスと日傘を差しているので、誰が見ても冒険者とは思わないだろうが。


 そうして俺たちは街道を歩き続けて、しばらくすると街道が途切れて平地へとたどり着いた。


 ところどころに木や草が生えているが、それ以外にはなにもない。


「ここはベイロン平野。目的の場所だよ。見晴らしもいいから、誰かいたらすぐに見つかると思うのだけれど……」


 ラクシアは周囲を見回し始めた。実際、特に高い場所もないのでかなり遠くまで見渡せる。


「あ、あっちで人が倒れてます……」


 リーンちゃんが指さした方角をよーく目を凝らしてみる。


 ……わからん。少なくとも俺の見える範囲では誰も倒れていない。


「どこでしょうか? まったくわかりませんわ」

「ボクもわからない!」

「え、えっと。もしかしたら勘違いかも……」

「とりあえず行ってみようよ。アテもないし」


 リーンちゃんはかなり視力がいい。ダンジョン内でも一番早く魔物を発見していたし、他の三人が見えていなくても正しい可能性が高い。


 そんなわけで俺達はリーンちゃんの指さしたほうへと歩き始める。


 そうして少し歩くと、


「人が倒れてますわ!」

「本当だ! ボクにも見える!」


 四人の武装した冒険者たちが倒れているのが見えた。


「俺が先行するから後から追いついてきてくれ!」


 俺は急いで駆けだして、倒れている人たちの元へと向かおうとする。


 すると冒険者たちよりさらに遠くから、なにやら小さな影の群れが走って近づいてきた。


 合計で二十体以上はいるだろうか。かなり多いな。


「あ、あれはギガオーガの群れです! オーガと見た目は似ていますが、普通のオーガよりもツノが長いんです! 騎士ナイト級の魔物が、地上であんなにたくさんいるなんて……!」


 リーンちゃんが後ろから叫んできた。


 ふーむ。騎士ナイト級とは言えども二十体を超えるとなると厄介だな。


 そんなことを考えながら、とりあえず倒れている冒険者たちのすぐ側までやってきた。


 見た限りだと全員がキズを負っているが、血だまりも出来てないし致命傷はなさそうだ。


「おい大丈夫か? しっかりしろ!」


 倒れている冒険者の身体を起こして揺らすと、そいつはゆっくりと目を開いた。


「う、うう……あんたは……?」

「お前らの救助依頼を受けた冒険者だよ。いったいどうしたんだ?」

「お、オーガの群れに襲われて……あいつらトンデモなく強くて……」

「それってあっちから近づいてくる奴らのことか?」


 こちらに近づいてくるオーガの群れを指さすと、冒険者の顔が真っ青になった。


「ひ、ひいっ!? あいつらだ! オーガとは思えないほど強くて! しかも数も多くて……!?」

「そりゃオーガより強いよ。だってあいつらギガオーガだもの」

「へ? ぎ、ギガオーガ!? 騎士ナイト級の魔物じゃないか!? そんなのが地上で群れてるなんて!?」


 どうやら奴らをオーガだと思って戦った結果、ボコボコに負けてしまったらしい。


 同種族の魔物って知識がないと見分けるの難しいんだよな……。


 例えばクマの違いなんてあまり分からない。多少の違いなら個体差かな? と思ってしまう。


「まあとりあえずこれを飲め。他の奴にも飲ませてやれ」


 俺は腰につけたカバンからポーション瓶を四本取り出して、冒険者の男へと手渡した。


「た、助かる……! でもあのギガオーガはどうするんだ……!? 騎士級が二十体なんて一パーティーで勝てる相手じゃないだろ!? 地上で騎士級が群れてるなんて普通じゃねぇよ!?」


 男は悲鳴をあげながらポーション瓶の中身を飲み干した。


 騎士級とは言えども二十体も揃えば脅威だ。例えば盗賊だって一人と二十人では厄介さは段違いだろう。


 状況にもよるが騎士級が四体ほどで将軍級の強さと言われている。その理論でいくならあいつらは将軍級五体分の討伐難度か。


「まあそうだろうな。数が多いからできれば戦いを避けたいところではあるが」

「く、くそっ! なんとか逃げないと……!」


 冒険者の男は必死に立ち上がったがフラフラだ。


 この状態ではギガオーガから逃げ切るのは不可能と言っていい。他の気絶している三人も同様だろう。


 うーむ、仕方ない。俺は男に向けてニッコリと微笑むと。


「安心しろ。あいつらは俺が倒してやるよ」


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