第13話 追放した者たちの都合


 とある王城の応接間では、王同士による会談が行われていた。


 巨大なテーブルには豪華絢爛な料理が並べられていて、二人の王がテーブルを挟んで相対していた。


 ただし片方の王は余裕綽々なのに対して、もう片方は委縮していた。彼らは同じ王と言えどもその国力があまりに違っている。


「ゼウルス王よ、よくぞ参ったな。余はそなたを歓迎しよう」


 片方の王が不遜に告げると、ゼウルスと呼ばれた王は軽く頭を下げる。


 ゼウルス王。彼はヴァルムたちが所属する国の王であり、の父親である。


「二大国の列王たるグランドール王にお会いできたこと、光栄にございます」


 グランドール王国は広大な国土を持った大国である。


 その広さと豊かさは世界でも並ぶ国はひとつだけというほどの国力を持つ。そして二大国と呼ばれているうちのひとつでもあった。


「同じ王の立場であろう。かしこまる必要はない。我が国が馳走、とくと味わっていけ」

「ありがとうございます」


 そうしてグランドール王とゼウルス王は食事を取りながら歓談を続ける。


 だがその実、ゼウルス王は緊張のあまり食事の味など分かっていない。もしここでグランドール王の不興を買えば、ゼウルス王国は滅ぶことすらありうる。


 彼の一挙一動にゼウルス国の命運がかかっているのだから。


 ゼウルス王は緊張のあまりツバを飲み込み、目的の話を行うことにした。


「グランドール王よ。風の噂で聞き及んだのですが、王太子が呪いにかけられていると」

「……否定はせぬ。我が息子は死神に魅入られてしまっている。あれは出来た息子ゆえ王位を継承させたかったが」


 グランドール王は不愉快そうに酒を飲み干す。それを見てゼウルス王は顔を引き締めた。


「我が国には聖女がおりましてな。その者の力は明日の死者すら完治させるほどです。その者なら王太子の呪いも解けるかもしれませぬ」

「聖女か。だが我が国や他国の優秀な治癒魔法使いに、数え切れぬほど治癒を溜めさせた。だがその全員が匙を投げたのだ。聖女と言えども無理だろう」


 グランドール王は聞き流すように首を横に振る。


 このような話はすでに多くの国から言われて、何度も試してきたのだ。故にグランドール王の声には諦めがあった。


 それはゼウルス王も当然承知だ。だが彼には切り札があった。


「承知しております。もうひとり、我が国には変わった者がおりましてな。死霊闇魔術師の天才でございます」

「死霊闇呪術師だと? そんな者に我が息子を治療させようと言うのか?」


 グランドール王はゼウルス王を睨んだ。


 ゼウルス王はその一睨に対して表情を変えずに淡々と告げる。

 

「はい。毒を以て毒を制すと申します。聖女と天才死霊闇呪術師が合わされば、死神すら追い払うことが出来るかもしれません。特に聖女は我が息子の婚約者でして、夫のためにと命を賭けて治療を行うでしょう」

「…………よかろう。どうせこのままでは我が息子は死ぬ身だ。貴様の口車に乗ってやろう。もしも無事に我が息子を助けたならば、ゼウルス国は我が傘下に加えてやろうではないか」

「ありがたき幸せでございます」


 ゼウルス国の命運を握る約定がここに刻まれた。そうして話が終わった後、ゼウルス王は帰路の馬車で執事に命じる。


「我が息子とベイロン男爵家に使者を出せ。それぞれ聖女と死霊闇呪術師に、グランドール王太子の治療をさせるようにな」

「すぐに致します」

「早馬は何通も出して構わぬ。もし仮に聖女や死霊闇呪術師がいないなどなれば、怒れるグランドール王によってゼウルス国は滅ぼされるからな。二人には常に護衛をつけて、少しでも危ない場所には行かせぬようにも伝えよ」

「二人ともご令嬢ですし、危険な場所に出向くとも思えませぬが」

「念のためだ。まかり間違ってダンジョンに入る、なんてこともあり得るかもしれぬしな。ふはは」

「ははは。陛下はご冗談がお上手で。貴族の令嬢がダンジョンに入るなど、月が落ちるよりもあり得ぬことですよ」


 彼らはなにも知らなかった。


 なおゼウルス王は素晴らしい活舌により、死霊闇呪術師を何度言っても噛んでいない。これは必死に練習した成果であった。


 



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 ラクシアの元父親であるベイロン男爵の屋敷。


 そこの執務室でベイロン男爵は騎士からの報告を聞いていた。


「ふむ。領地に魔物が増え始めているのか」

「はい。ラクシア様がいなくなったことで、魔物を嫌がる激臭がなくなりました。それに死んだ魔物を徘徊させての警備もなくなったので。すでに領民が魔物に襲われたとの報告も入っています。このままですと……」

「ふん、魔物が増えることは想定済みだ。あの馬鹿な元娘がいたことで、多少のメリットがあったことは把握している」


 ベイロン男爵は涼しい顔で窓の外を睨む。


 彼はちゃんとメリットとデメリットを天秤にかけた上で、ラクシアを追放することを選んだのだ。


 ラクシアが魔物をある程度追い払っていたことよりも、家名の悪評を防ぐことを優先したに過ぎない。


「しかしどうするのですか? 強い魔物も出現し始めていて、領内の兵士では対応しきれません。騎士ナイト級の魔物も多く出現していると」

「……なに? 騎士ナイト級が多く出現しているだと? そんなバカな。我が領地に騎士ナイト級以上の魔物など、数年に一度も出現しないはずだぞ?」


 だが問題があったとすれば、ベイロン男爵の想定は五年前の土地の状態での話だった。


 ラクシアが死霊闇呪術師として活躍し始めた頃、実はベイロン男爵領の土地では強い魔物が育ち始めていたのだ。


 だがラクシアが増える前に全て処分していたがため、まったく問題にならなかった。


 ようはラクシアという猛毒によって、強い魔物という毒は上塗りされ続けていた。まさに猛毒を以て毒を制していた。


 トリカブトの毒が麻酔に使われていたように、ラクシアという猛毒はベイロン男爵領を完璧なまでに守っていた。


 ただ死霊闇呪術師であるため、死体を操るなどの問題も発生していた。


 それでもラクシアがいた方が被害は少ない。ようは臭い物にフタをするのではなく、それ以上に臭いモノで嗅覚をマヒさせていたのだ。


 しかも死体はラクシアが美味しく頂くため、ベイロン男爵は強い魔物の出没など知りもしない。それほどに平和であった、今までは。


「いかがいたしましょうか……騎士ナイト級が多く出現すれば、我々だけでは対応できません。もし魔物が領内にはびこることになれば、領民たちは他所へと逃げてしまいます。ラクシア様を呼び戻すというのは……?」


 騎士は顔を曇らせながら報告する。彼の表情は暗く、それが現状の危険さを表していた。


 ベイロン男爵にとっても、強い魔物が多く現れるのは予想外のことだった。だが彼は少し考えると。


「ならば聖女様にお願いして土地を浄化して頂こう。魔物は不浄な土地に生まれるならば、浄化すればよいだけの話よ。私は王太子に支援もしているからな」


 ベイロン男爵領は辺鄙な土地であり、王都の話題はまだ伝わってきていなかった。


 故に王太子に頼めば聖女を遣わしてくれると信じ切っている。


「いいか! 私の前で二度とあんな娘を呼び戻すなどと言うな! 死霊闇呪じゅっ……呪術師だぞ!? そんな者が我が家にいたら、家名は地の底まで落ちるわ! まったくアレが聖女として生まれたらどれだけよかったか……」

「聖女様はそんなにすごいお方なのですか?」

「当たり前だろう! 我が娘とは違ってすべての者に優しく、虫すら殺せぬお方に決まっておる! もしあの聖女と元娘を並べてみろ! 聖女様がひとりを救う間に、あいつはひとり殺しておるわ!」


 ベイロン男爵は知らない。実際はラクシアの魔法のおかげで盗賊たちは死なずに済み、逆に聖女様はむごたらしい死を与えたことを。


 そしてなにより、聖女様が来ることもないということを。

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