第10話 正義とはいったい


「どうなってるんですか!? なんでヴァルムを追放したのに報酬がもらえないんですか!?」

「そうだぜ! 追放したら金貨百枚! 心をへし折ったら金貨二百枚! 殺したら金貨三百枚って約束だっただろ!」

「そうなんだな! ちゃんと払うんだな!」


 とある密室で三人の男が、仮面の男に対して詰め寄っていた。


 三人の男はダリューン、ボロドー、ベルベル。ヴァルムの元パーティーメンバーであり、『漆黒の牙』の者たちだった。


 仮面の男は優しそうな声で告げる。


「わかっているとも。金貨を支払う約束は覚えているとも」

「じゃあ早く払ってくれよ! ヴァルムを追放したせいで俺たち『漆黒の牙』は、歯抜けだとか虫歯とか言われてるんだよ!」

「金貨をもらったら借金を返して、こんな街とはオサラバして新天地でやり直すんだよ!」 

「そうなんだな! オサラバなんだな!」


 ダリューンたちがヴァルムを追放した真の理由。それはヴァルムが無能なわけではなく、彼らが金を欲しいがためだった。


 漆黒の牙はパーティーで金を四等分していた。それでも本来なら普通に暮らす分には充分足りる金額を稼いでいたが、三人は金遣いが荒くて多額の借金を抱えていた。


 それで首が回らなくなってきたので、借金のためにヴァルムを追放して殺そうとしたのだ。


 当然だろう。たとえどんなに馬鹿であろうとも、メインアタッカー兼メインタンク兼メインヒーラーを無能追放などしない。


 いくらなんでもそんなことはあり得ない。例えばヒーラー専門の縁の下の力持ちみたいな者ならともかく、パーティーのほぼ全てでメインを張っている人物を評価しないなどない。


 もし評価しない人間がいたならば頭が沸いている。


 つまりダリューンたちは金のためだけに、仲間のヴァルムを殺すことを選択したのだった。なお実際に半殺しにされたのはダリューン達の方ではあるが。


 不意打ちで背中に剣をめった刺しにして、それでもなお負けるのだから、ヴァルムとダリューン達の力の差は極めて大きかった。


 仮面の男はそんな三人に笑いかけると。


「わかっているとも。だがねえ、君たちはそれでいいのかい?」

「なにがだよ? 俺たちは金貨二百枚を得て遊んで暮らす!」

「いや金貨二百枚では厳しいだろうね。なにせ三等分すれば金貨七十枚もないのだよ? それだけで生涯遊ぶには厳しい」

「そ、それは……」


 金貨一枚あれば一月暮らせると言われている。では金貨七十枚ならば七十カ月、つまり六年だ。


 六年も遊べると考えるのか、六年で働かなければならないと考えるのかは人次第だ。そもそも遊んでないで働け。


「実はね。君たちにお願いがあるんだ。この依頼を達成してくれたら、金貨をひとりにつき三百枚与えようじゃないか」

「「「三百枚……!?」」」


 ダリューンたちは息をのんだ。


 金貨三百枚ならば三十年近く遊んで暮らせるのだから当然だ。


「ど、どんな依頼でしょうか?」

「簡単だよ。実はヴァルム君が新しいパーティーを作ってね。すごく困っているんだよ」

「なっ……!? あいつまた新しいパーティーを組んだのですか!?」

「信じられねえ! 俺たちを半殺しにしておいて!」

「許せないんだな!」


 ダリューンたちは自分たちのやったことは差し置いて、ヴァルムに半殺しにされたことを恨んでいた。


 先に追放殺人コンボを決めておいて、反撃されたら逆恨みするタイプの者たちだったのだ。


「我々としても困るんだよ。問題児ばかりの冒険者パーティーなんて、いつ問題を引き起こすか分かったものじゃない。なのでね、君たちにヴァルム君たちを暗殺して欲しいんだ」

「ヴァ、ヴァルムを暗殺ですか!? さ、流石にそれは……いえ殺したいのは山々なのですが!」

「ちょっと相手が悪すぎるというか……」

「勝ち目が薄いんだな! あいつは化け物なんだな!」


 ダリューンたちはヴァルムにやられたことがトラウマになっていた。


 なにせ剣を背中に何本も刺したのに、その上でボコボコにされたのだから当然だろう。


 だが仮面の男は首を横に振る。すると彼の目が赤く輝き始めた。


「案ずることはない。本来なら君たちの才能はヴァルム君よりも上だ。でもヴァルム君がパーティーでメインを張っていたせいで、君たちの実力は伸びなかったんだ」

「な、なんですって?」

「じゃあ俺らはヴァルムのせいで弱くなってたってことなのか!?」


 仮面の男は小さく頷いた。


「そうだ。だが私ならば君たちをすぐに強く出来る。ヴァルム君よりもね」

「ほ、本当ですか?」

「もちろんだとも。この私が断言しよう。君たちは天才であると」

 

 するとダリューンたちは顔を紅潮させて叫び始める。


「ふざけるなよヴァルム! お前なんかがいなければ!」

「絶対に許さねえ! 殺してやる!」

「殺してやるんだな! 殺して殺して殺してやるんだな!」

「ちなみにね。ヴァルム君以外のメンバーは女の子だ。それも相当な美少女たちだよ。私としては最後に殺してくれたら、君たちが途中でなにをしても興味はない」


 ダリューンたちは今度は下卑た笑みを浮かべる。


 ヴァルムを追放する前の三人ならば、多少なりとも躊躇しただろう。だが彼らはすでに足を踏み外した。


 いちど罪を犯した者は二度繰り返す。足を踏み外した者はどんどん転げ落ちていくだけだ。


 そして仮面の男は三人を真剣な目で見つめると。


 「この私が宣言しよう。君たちの行いは正義だと」


 その一言を聞いて三人の目の色が変わった。

  

「やります! ヴァルムたちを殺します!」

「やってやるぜ! 俺たちは半殺しにされたんだから、奴を殺すのも正当な権利だ!」

「あいつはボキュたちに殺されないとダメなんだな!」

「それはよかった。では詳細は後日説明するよ。では失礼するよ。冒険者ギルドの執務が溜まっているのでね」


 そう言い残して仮面の男は部屋から出ていく。


 残されたダリューンたちは顔を見合わせると。


「やるぞ! 今度こそヴァルムを殺すんだ!」

「おお! それで金持ちになって好きなだけ女を抱くぜ!」

「ところでちょっと気になることがあるんだな。なんてあの人はそんなにヴァルムに死んでほしいんだろ?」


 ベルベルは仮面の男の行動に疑問を持った。


 だが他の二人はそれを笑い飛ばす。


「そんなの決まってるだろ! ヴァルムはいずれ必ず問題を起こす奴だ! なら殺しておくべきって判断するに決まってる!」

「そうだ! あの人が間違っていることはあり得ない! だって……!」

「おいそれ以上は言ったらダメな約束だろ。ともかく俺たちは正義なんだ!」

「確かにそうなんだな!」



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正義っていい言葉ですね('ω')

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