第9話 ユニークスキル


 盗賊が全員気絶して周囲は死屍累々となった。いや一名を除いて死んでいないけど。


「ヴァ、ヴァルムさん。大丈夫ですか……?」


 そんな俺を心配してかリーンちゃんが駆け寄って来る。


 俺は素早く反転してそんな彼女に笑いかけた。


「大丈夫だよ。それよりこいつらどうしようか。放置していくわけにもいかないが、ダンジョンに連れて潜るのも面倒だ」


 盗賊のかしらあたまを踏みつけつつ考える。


 頭を踏みつける理由? 気分だよ。人様に迷惑かけてるんだからこれくらいは甘んじて受けろ。


 しかし弱ったな。今からダンジョンに潜る予定だったが、こいつら放置していくわけにもいかない。


 俺たちが戻ってくるまでに意識を取り戻されたら困るしなあ……。


 そんなこと考えてると盗賊の死体(死んでないけど)の上に、小さなカエルが乗っているのが見えた。なんでカエル? まあいいか。


 するとイリアさんとラクシアが俺の方に歩いてくる。


「ふっふっふ! ボクがこの盗賊たちを操るから肉壁にしよう!」

「お前って死霊使いだよな? 死んでないと操れないんじゃないか?」

「仮死状態でも大丈夫だよ?」


 仮死も死霊的判定に入るのか。知らなかった。


「でも二十人、いや十九人もゾロゾロ連れていったら怖くないか? なんか絵面的な意味で」


 仮死状態の人間が十九人ほど操られて、ゾンビのように歩いていくのは地獄絵図不可避だ。ちなみにひとりは聖女様の殺意ヒールで肉片になったので……。


「それよりもワタクシにいい案がありますわ」


 イリアさんが手を挙げた。彼女なら聖女だし穏やかな案を出してくれるか……。


「全員、斬首してしまえばいいのでは? 盗賊ですし」


 悪女でしょこの人。追放された悪女令嬢。


 いやまあ法律的には盗賊は殺してもいいというか、むしろ逃がすくらいなら殺せ!という扱いではある。


 そういう意味では盗賊を殺すのは聖かもしれない。聖とはなにかを考えさせられるな。でもイリアさんは聖女ではないと思う。


「ちなみにリーンちゃんはなにかいい案あるかな?」

「と、特にありません。でも気絶している人を全員斬首はちょっと……」


 リーンちゃんは無抵抗の人間を殺すのは気が引けるようだ。


 まあ俺もどちらかというとそういうタイプだな。こいつらを殺さなかったのは生かして連れ帰った方が金になるのも大きいが。


「よし。じゃあラクシアが盗賊たちを操って、ゾンビ大行軍としゃれ込むか」

「ねーねー、それはいいんだけどさ。なんで盗賊たちは気絶したの? ボクにはなにしたか分からなかったんだけど」


 するとラクシアが俺に視線を向けてきた。


 どうやら盗賊たちをどうやって気絶させたか知りたいらしい。


「俺の自我技能ユニークスキルだよ。どんな力かは……」

「ワタクシには分かりますわ。さっきから息を妙に吐いてましたし、口臭で相手を気絶させる力ですわね!」

「「えっ」」

「断じて違うから距離取らないで!? 俺の力は自分の出した液体を、飲んだことのあるモノに変える力だからな!?」


 俺から距離を取ろうとする奴らを急いで止める。


 なんて油断ならないんだ。危うく俺が口臭い最低男に認定されるところだった。


 するとラクシアが匂いをかぎながら俺の方へと寄ってきた。だから俺は臭くないっての!


「自分の出した液体っていうとツバとか?」

「息とかもだな。ようは水分が入っていればいいっぽい。俺はこの力を液状相転移リキッドトランスと呼んでる。盗賊たちが気絶したのは、奴らが吸った俺の息を毒にしたからだ」

「ふーん。変な自我技能ユニークスキルだね!」

「死霊闇呪術師に言う権利はないだろ……」


 自我技能ユニークスキルとは、その人物が強く望んだモノが力として具現化したモノをさす。


 なので自我技能ユニークスキルはその人間の性質に根付いている。いつも金欠で困っていた人間が錬金術スキルを得たり、足を負傷して歩けなくなった人間が浮遊スキルを得たりなどだ。


 ようはその人間のこれまでの生きざまや、心からの強い願望で目覚める力である。


 例えば俺は元々スラム生まれの孤児で、薬が全く手に入らず死にかけた。それでなんとか自分だけで治癒したくて、液状相転移リキッドトランスが目覚めたと。


 ……死霊闇呪術師ってどんな生き様や願望で目覚めるんだろうな。


「つ、強そうな力ですね……息を吹きかければ敵を倒せるわけですし」

「いや実はそれほどでもないんだよね。毒って人間には通用するけど魔物には効きづらいんだ。魔物は人間より毒の耐性が遥かに強いからね。冒険者って生身を相手にする機会は少ないから……」


 冒険者は基本的に人を相手にすることは少ない。


 盗賊退治は本来なら憲兵の仕事だし、俺たちの本分は魔物を狩ることだ。そうなると俺の毒の息吹は敵を少し鈍らせる程度の力しかない。


「なんでも溶かす毒に変えれば最強だよね。出来ないの?」

「自分の飲んだことのある液体にしか変えれないんだよ。そんなの飲んでたら今ここにいないだろ」

「無理して飲もうよ。そうしたら禁断の力が手に入るよ?」

「お前悪魔か? まあともかくだ。盗賊たちはラクシアが操って歩かせて、もう少しダンジョンを潜ることにしようか。結局まだダンジョンをまともに潜れてないからな」


 俺は手をパンパンと鳴らして告げる。


 今日の目的はイリアさんたちをダンジョンに慣れさせることだ。まだダンジョンに入ってすぐなので、現状ではその目的を達成できてないからな。


「そうですわね。せっかくですからもう少し潜りましょう」

「じゃあ盗賊たちは操るね。死霊操縦デッドリー・コントロール!」


 ラクシアがそう告げると、周囲に倒れていた盗賊たちがノロノロと立ち上がり始めた。


 だが全員が白目を剥いていて、口もだらしなく開いている。端的に言うと怖い。


「ひっ……!?」


 リーンちゃんなんて悲鳴をあげて怯えてしまっている。


 やはりラクシアの力は死霊闇呪術師だなあ。今回は役に立つからいいけども。


 そんなリーンちゃんに対してイリアさんが優しく笑いかける。


「リーンさん、大丈夫ですわよ。彼らはまだ死んでいませんしアンデッドにもなってません。なので襲ってこないので安全ですわ」


 安全性の観点で怯えてるんじゃないと思う。


 さっきから盗賊たちは「あー」とか呟いたり、前傾姿勢で動いていてとにかく気持ち悪いし。

 

「よしとにかく進むぞ! レッツゴー! それと万が一危なくなったら、盗賊たちは囮にするからそのつもりで!」

「あ、囮なんですね……」

「そりゃ自分たちの命が一番大事だからね」

 

 そうして俺たちはダンジョン内を少し進んだ。でもなぜか魔物とは出会えずじまいで、このままだと日帰りできないので諦めて地上に戻ったのだった。


 そうして洞窟の外に出た俺たちは、盗賊を連れて街道を歩く帰り道。


「結局、魔物は出てきませんでしたわね。盗賊だけでしたわ」

「おかしいなあ。普段なら何回も魔物と出会っていてもおかしくないのですが」


 ダンジョンでは多くの魔物が出現する。


 それなりの時間潜っていたのに一切出てこないのは、異常事態に近いレベルだ。


「ふっふっふ! 魔物たちはボクの力に恐れおののいたんだよ!」

「お前というよりは盗賊ゾンビたちのせいかもなあ。でもダンジョンの魔物って人を襲うから、多いほど狙われるはずなんだけども」


 やはり魔物が出てこなかった理由は分からない。


 俺が『漆黒の牙』で活動していた時は、常に大量の魔物たちが襲い掛かってきたのだが。


 ……そういえばあいつら、今頃生きてるのかなあ。



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