第40話 雷の魔術式

 立ち上がって躰をほぐしても、違和はない。なにか力が湧いてくるとか、そういう変化は一切なかった。

「当然よ、元からあるんだもの。はい、じゃあその糸は意識できる?」

「……うん、ある」

「じゃあ、それを自然な形で外に出してみなさい」

「自然な?」

「特に意識せず、負担のないように。ただし手からじゃなく、躰からよ」

「うん」

 でも、さっきは躰、つまり境界線にぶつかって出なかったからなあ……。

 あれ? あっさり出てきた。しかもなんか、糸が絡み合って図形みたいなのができて。

 できて――というか、躰から出た瞬間に図形になったというか、最初からそういう型があって、そこに合わせたような。

「へえ」

 先生の呟きと共に、目の前に出てきた図形はそのまま停止した。

「見えてるのね?」

「え? うん、見えてる」

「手順をきちんとやると、見えるのね。――これが魔術の構成よ」

「構成」

「そう、さっきの説明だと、力と物の部分になる」

「……じゃあ、この図形に、力を発揮するところと、物をどうするのか、そういう、ええと設定? みたいなのがある?」

「合ってる。一度消すわよ」

 頷く前に図形が消えた。

「じゃ、今度はあっちの芽衣を見て、同じ手順で出しなさい」

「ちゅーいどのを?」

「そう」

 何が起きるのかもわからず、先ほどと同じ流れで中のものを引っ張り出せば、図形は目の前に出現せず、ただ。


 中尉殿が寝ている傍の木が、爆発したかのような音と共に二つに裂けた。

 現象が発生したのだ。

 知っている。

 


「……えー」

 いや雷も驚いたけど。確かにこれは私がやったんだけれども。けれど!

「なんで、ちゅーいどのはまだ寝てるの……?」

「ここに雷が落ちるけど、自分に被害はないとわかっていて、慌てる間抜けがいる?」

「ええ……?」

 腰に手を当てた先生が吐息を落とすのと同時に、中尉殿が上半身を起こした。直後、さっきまで頭があった地点が破裂する。

「こうやって小さい雷の方が扱いやすいわよ。威力を追い求めないこと」

「あ、うん、えっと、なんでちゅーいどのは避けれたの?」

 立ち上がり、大きく伸びをした中尉殿が欠伸をしながらやってきた。

「クロ」

「うん?」

「攻撃がくるとわかっていて、避けない馬鹿がどこにいる?」

「寝てたじゃん……」

「この程度で死ぬようでは話にならんぞ。目覚まし代わりには丁度良い。そろそろ小屋でも作ろうかと、そう思っていたところだからな」

 つまり。

 私がやったことなど、脅威ですらない。

「はい、話を戻すわよ」

「え、あ、うん」

「構成が出なかったわね?」

「うんそう」

「厳密には出ていたけれど、実行されたから消えた、というのが近いわね。しばらくこの周辺に術式封じを展開しておくから、さっきみたいに構成を見えるようになさい。それを展開式と呼ぶ。その方が研究――手入れしやすいから」

「わかった。でも、なんで雷?」

「属性種別において、雷の特性を持っていただけ。得意なものと認識しておきなさい、今はそれでいいから」

「はあい」

 二人が揃って離れたので、私は一息を落としてから、気を改める。

 ともかく術式というやつを、作ることには成功している。あとは構成、さっきの図形を見られるようにするだけ。

 先生がやってみせたよう、それは現実として可能なのはわかっている。

 途中で止めればいいんだと思ってやるが、躰から出てきた時点でそのまま勢いよく消えた。本来なら発動していたはずで、これが先生の言っていた術式封じなんだろう。

 便利だ。

 ……便利なのか? これ、戦闘でやられたら私、何もできなくない?

「ぬう」

 三回ほどやってみてわかるのは、途中で止めることの難しさだ。

 完成までが一連の流れになっている。止めようとすると、最初から出てこない。

 あれこれと試行錯誤しながら、理屈ではなく感覚で何かを掴もうとする。何故かって、理屈なんて何もわかってないからだ。

 三十分ほど経過した頃、妙な違和感を抱いて私は手を止めた。

 疲労?

 糸の感じが違う――。

「魔力切れが近い証拠よ」

「先生」

「その感覚は忘れないように。連続使用で魔力が減るとそうなる。大丈夫、最悪ではないわ。まだ何度か使える――けど、仮に戦闘であった場合は避けた方がいいわね」

「どうして?」

「その時点で

 あっさり言うけど、私にはまだよくわからない。

 ただ覚えておこう。

 こうなる前に片づけなくてはならないのだと。

「はい、じゃあ途中で止めるんじゃなく、ただ構成を出すだけを意識なさい」

「出すだけ?」

「ポケットからナイフを取り出したら、勝手に相手を斬る?」

「……斬らない」

 道具は手に持ってこそ――いや、違うそうじゃない。

 それを使うかどうかは、手にした者の意志だ。

「あ、できた」

「で、雷は、大気中にあるプラスとマイナスの力が分離して、放電する際に発現するものね。そういう理屈がこの構成の中には入ってる。もちろんそれだけじゃないけど」

「それは発生させる仕組み?」

「そう。ほかにも安全装置、出力の上下、発生場所の設定、まあいろいろ。ただしこの構成の中に、細かく入り混じってる」

「仕組みそのものが、分離してないんだ」

「本当なら構成の解析からさせるんだけど、どうしようかしら……そこそこ賢いのはわかったけど」

「そこそこ?」

「ありていに言えば、普通」

「ふつう」

 そこそこ賢いんじゃなかったのか。

 構成を消しても良いと言われたので消す。念のため、もう一度だけ作ってみるが、ちゃんと出現した。よし。

「理解力があるってことよ」

「ありがとう」

「褒めてはないわよ。じゃあしばらく、術式を使いながら仕組みを理解しなさい。仕組みっていうのは雷の仕組みね。構成がどのように、何の効果を発揮しているのか、あんたが得意な感覚ってやつで掴んでみなさい」

「はあい」

 ……あれ? 得意ってなんで?

「見てればわかる」

 わかるんだ。

 ……わかるんだあ。

「調子に乗らないように。たかが雷を作れるくらいじゃ、おしゃぶりが取れたくらいなものよ」

「うん、それはなんとなくわかる」

 二人と出逢う前なら、違っただろうけど。

 呑気に寝転がっていた中尉殿を見ていたから、この程度じゃ話にならないことはわかる。

 まあでも、おしゃぶりは取れたらしいし、歩けるくらいにはなれるだろう。

 たぶん。

「先生、属性種別ってなに?」

「魔術では七つに属性をわけてるのよ。それが地水火風天冥雷ちすいかふうてんめいらい

「私は雷なんだ」

「――そもそも、スキルの習得条件はね、自分が使えるかどうかなの。技スキルがわかりやすい。必要な体力、速度、技術、そうしたものが組み合わさって、使うことが可能だと判断された時点で、それはスキルとして個人に与えられる」

「躰が耐え切れないようなスキルは?」

「それも条件次第ね。だから、おそらく魔法スキルの場合、属性に偏ることが多い」

「あ、そっか。火使いは、基本的に火ばっか使うから」

「本来はそうでもないから、一見して決めつけないように」

「天とか冥は?」

「いわゆる創造系と、それ以外。この二つに関しては、汎用性が高いし混ざってることも多いから。ただ、雷はね」

「うん?」

「本来、たとえば火の属性を持っていても、水や地を習得できるんだけど、雷は単一で完結するから、特に四大属性に関しては難しいわね」

「そういえば、雷は複合とかじゃないんだ」

「別枠になってるのは、雷の特性だとほかの属性が使えないから。厳密には使えないこともないけれど、制限が多すぎて使うだけ無駄なの。結果、雷を発生するために使用するもの、という大前提を覆さないといけない」

「何をしようとしても、雷になっちゃう?」

「そういうこと。今は覚えておくだけになさい」

「はあい」

「じゃ、術式封じは解除しとくから、休みながら適当に術式を使って馴染ませなさい。私たちのいる方向にはやらないように――あとが怖いわよ」

「ぜったいやらない」

「よろしい」

 まずは誰かに向ける前に、一体これで何ができるかを知るところから。

 地道な一歩。

 どんなことでも歩幅は小さく、ただ前へ。昔からそうやって教わってきた。

 焦っても良いことはない。食事は事前に確保、無理をせず慎重に――それが生き残る秘訣だ。

 ただまあ。

 これからすぐにでも、無理をせず、なんて言葉を撤回するはめになるのだが、なんというか。

 当然だが、私はちっとも二人のことを知らないなあと、そう思うのである。


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