第13話 研究者ドクロク2

 十日が過ぎた頃、数枚の書類を片手に宿を訪れた。

 冒険者や旅人向けでもありながら、長期滞在を囲うこともしている、それなりの規模の宿ではあるが、内装はシンプルで、価格帯は一般的だ。

 一階も広間にはなっているが、部屋ばかりで、食事は外でするようになっている。価格が低いのも、食事が出ないからだろう。

 さて。

「――あ」

 どうしたものかと、問題に気づいたのは、受付でいざ話そうと、そのタイミングであった。

「はいはい」

「失礼、宿泊ではなく人を訪ねてきました。ええと……見た感じ、小柄な少女なのですが」

「ああ」

 まだ若く見える女将おかみは、手を二度ほど叩いた。

「あの子たちだね」

「わかるのですか?」

「料金は多めにもらってるし、ここのところ外からの来客なんて、あの子たちを目的にしたものばかりだよ。しかも、同級生ならともかく、大人ばかり。あんたは珍しいね、嫌な顔をしてないもの」

「おやおや……」

 これはまた、やはり、凄い相手らしい。

「二階の突き当たりを右に行って、一番奥の部屋だよ。いっといで」

「ありがとうございます」

 指定された部屋までいって、ノックをすると、返事があったので中に入った。

「失礼します。王宮の研究所のドクロクです」

「ああ、話は聞いている。悪いがあいつは、学校の用事で外していてな、私が相手をしてやろう。この椅子を使うといい、私はベッドだ」

「ありがとうございます」

 なんというか。

 改めて見るが、やはり少女だ。学校というからには、通っているのだろうけれど――まったく、そうは見えない。

「さて、課題を出されたそうだが、内容はなんだったか」

空間転移ステップの距離に関してです」

「結論は出たのか」

「出た――といいますか、いろいろと考えすぎて沼に落ちそうだった時、ふと気づきまして」

「良い兆候だな。直感は信じた方がいいぞ」

「しかし、気づいたのがお手洗いでして」

「悪い兆候だな! 自分をあまり信じない方がいいぞ」

 ものすごく早い、てのひら返しだ。

「まあ、冗談はさておき、話を聞こう。そうだな、あいつならこう言うだろう――それで、結論は?」

「距離を無視しました」

「なるほど? ――私の名はキーメルだ、覚えておけ。では、理由を」

「まず、大前提として彼女が、転移であるのにも関わらず、時間と移動は考えなくて良いと、そう言ったことを思い出しました。改めて考えると、これはおかしい。点Aと点Bを、何かしらの手段で移動するからこそ、空間の転移です」

「そうだな、移動手段として捉えている人間はそれなりにいる。結果だけを見れば、三次元指定をした場所に躰ごと移動する方法で、戦闘でも使う者もいた」

「最初は、二つの点を繋いで、たとえば一歩で移動するなど、そういう考察から入ったのですが、空間と呼ばれるものの理屈がどうしても、どうやっても、成立しないんです」

「空間転移、という言葉を額面通り受け取ると、そうなるな。そこでようやく、移動と時間を除外したのは、総合的に術式の完成までは至らないだろうと、あいつが配慮した結果に気づいたのか?」

「ええ、気づけたのは結論に至ってからです。まだまだ入り口かと、半日は茫然ぼうぜんとしていました」

「やはり、見込みがあるな。探りを入れたらどうだと、あいつをけしかけたのは成功だったようだ。――それで?」

「はい。つまり、移動や時間、そして距離を全部、無視したんです。そこで手元を見れば、点Aと点Bを繋げと、そう書いてある――紙ならば、たとえば折りたたんで、二つの点が重なれば良い」


 それは、


「二つの点が、同じものならば、そもそも同じ場所なら、移動も何もありません」


 だから、距離を無視した。

 だってその二つは、同じ場所なのだから、距離なんてない。


「しかし、ではどうすれば良いのか。共通項を羅列してみても、たとえば同じ地面、同じ形状、同じ空間……どうもしっくりきません」

「はは、そこから先はまだ早い。それこそ、今度は移動の観点を持つ必要があるし、実際に術式を構築する段階でなくては、見えないものもある」

「そうでしたか……」

「どの神だ?」

「ぼくは生活神せいかつかみです」

「なるほど? 世間の流れとしては、だから戦闘には向かないと、言われていそうだな?」

「ええ。使い方次第だと気づいたのは、研究職に就いてからです。お勧めはしませんが」

「決定力に欠けるからか?」

「子供――学生を相手に、そこを教えるのは難しいかと。ぼく自身、戦闘はできませんから」

「なるほどな」

「キーメルさんも、魔術を扱えるのですか?」

「ふむ」

 彼女は頷き、腕を組んだ。

「私の術式は、やや特殊でな。全体から見ればそうでもないんだろうが……」

「人によって個性があるから、ですね?」

「そうだ。私の魔術特性センス組み立てアセンブリと呼ばれるものでな。この特性を持つ人間は、すべての術式が組み立てに依存することになる」

「組み立て、ですか」

「そうとも。設計図を用意して、その通りに組み立てる。しかし、設計図そのものは、魔術構成と必ずしも同一ではないし、同じとも言える。そうだな……ここに、よくわからんものがある」

 彼女は、手に馴染んだそれを取り出すが、この世界において、つまりドクロクにとって、拳銃など見たこともない。

「金属の細工……か、何かでしょうか」

「これに関する説明は、まだ早い。初見だろう? よくわからない代物なら、どう知ろうとする?」

「それは、当たり前の返答をするのなら、分解して構造を把握します」

「そうとも。つまり、私の術式における順序として、まずは分解がある」

 言えば、拳銃は紙吹雪になって消えた。

「この分解は、付属物だ。私の組み立ての術式は、すべて分解する必要がある――わけでは、ない。ただ、分解した方がより内容は把握できるし、順序としてはまっとうだ。そして、同時に、材料の入手も含まれる」

「――なるほど。組み立てるためには、素材が必要になりますね」

 それはとても、現実的な解釈だ。

「属性種別は聞いたか?」

「はい、地水火風天冥雷ちすいかふうてんめいらいですね」

「分類としては天属性系列になるんだが、魔術特性の表現に、属性種別を使うことはあまりない」

「これほどわかりやすいのに?」

「単一属性だけを持っている者の方が少ないからな。系列としての分類はあれど、属性としての分類はほとんどされない。どれほど走るのが不得意であっても、ボール投げも不得意であるとは限らないだろう?」

「同じスポーツであっても、すべてできるわけではない、と」

「そういうことだ。そしてまた、あらゆる術式を扱える者は、ほとんどいない」

「スキルが十二神によって分類されるのと――同様とは言いませんが、似ていますね」

「すべてのスポーツをやるのも難しいのに、それ以外にも手を伸ばし、あまつさえ極める直前まで鍛えようというのだ、人の手には余る。仮にやろうとしても、専門を持って、選択肢を狭めるのが人だ」

「わかります」

「だが、そんな馬鹿な女がいるわけだ。特性と呼ばれるものはな、上位構造が存在する。これは有利不利には直結しない」

「失礼」

 ドクロクはすぐメモの用意をして、ペンを走らせる。

「有利不利ではないのですか?」

「どんな術式も使い方次第だ。水だとて高速で射出したのなら、そこらの針より貫通力がある。目の前で準備するのを間抜け、事前準備して当たり前、遠くから当てて一撃で済ますのが戦闘だ」

「では、あくまでもそれは、構造上のものであって、認識しやすい形である――で、よろしかったですか」

「それでいい。わかりやすいのが、属性種別だ。火の特性を持っている、四大属性の特性を持っている、七則ななそくの特性を持っている」

「なるほど、七則の中に四大属性が含まれ、四大属性の中に火が含まれる――確かに、上部構造と捉えられますね」

「その最上級に位置するのが〝魔術ルール〟という魔術特性センスだ」

 ぴたりと、手が止まる。

「……魔術?」

「そうだ。理屈としては、ありえるだろう? 魔術だとて、世界の中に含まれる一つのルールだ」

「そう……ですが、にわかには信じられません」

「言っただろう、あの女がいる」

「――では彼女は」

「そうだ。私はあれ以上の魔術師を知らないし、魔術師とはあいつだと思っている。まったく、馬鹿げた話だ」

 小さく笑うキーメルに、劣等感はない。

 そこはそれだと、割り切っている感じもある。

「さて、少し話を戻そう。私はなドクロク、組み立てることができるわけだが――逆に言うと、方法がそれに制限されている。水をコップに入れる方法でさえ、多くのパターンがあるというのに、私は、それを達成できない」

「――それは、空間転移ステップでも、ですか?」

「そうだ。私にとってあらゆる術式は、組み立てなければならない。もちろん理屈は必要だ、構成もある。だが、式として完成したものはすべて、組み立てることによって実現する」

「それは……一工程増えるのですから」

「慣れれば、どうということはないが、そういう特性もある。そして、逆に考えてみろ」

「逆ですか?」

 あらゆる術式を組み立てなくてはならない。

 ……組み立てなくてはならないなら?

「――組み立てるのならば、あらゆる術式が使える?」

「だからといって、あいつと同じ土俵に立てた、などと喜べることではないがな。どちらかといえば、私は術式を使う側の人間だ。研究もするが、方向性が違う」

 それでも。

 ドクロクには、それが大きなアドバンテージにしか、聞こえなかった。


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