第14話 研究者ドクロク3
優位性は、それほどないなと、キーメルは言う。
「なんでもできるとは、何もできないに近しいものだが、こと取捨選択の事実を痛感することになる」
「選ぶことが、ですか?」
「いいかドクロク、多くのことができるならば、選び放題のように思えるかもしれんが、選択とはつまり、それ以外を捨てる行為でしかない。戦闘では、一秒でそれを決定する必要がある」
「なぜ、一秒なのですか?」
「――はは、素直だな。戦闘をやってみろと言っても、それなりの錬度がなくては感じられんか。ちょうど良い、実践してやろう」
「ぼくを相手でなければ」
「もうすぐあいつが帰ってくる。そこで、扉の横にいた私が、あいつの喉を掴もう。それがおおよそ一秒だ」
「不意打ちになりますね?」
「そうだな、顔は見られるが暗殺と同じだ」
なるほどと、見やすい位置に移動する。
――そして、扉が開いた。
「あら」
ドクロクは息を呑んだ。
扉は左手で開いた。中に一歩、足を踏み入れるとほぼ同時に、キーメルの手が動く。
――その手に。
ナイフが握られている。
リーチが長くなったのならば、当たる距離も短くなり、より時間を短縮できる。それなのに、彼女の右手がキーメルの手首を押さえており、ナイフの切っ先が届かない。
遅く。
その右手に持っていたはずの荷物が、足元に落ちる音で、ドクロクは呼吸を取り戻した。
「いらっしゃい。待たせたかしら」
「い――いえ」
やや強く、手首を押すと、キーメルの手に紙吹雪が舞い、ナイフは消えた。
「どうだ、今のが戦闘における一秒だ」
「失礼、どうして反応できたのですか?」
「うん? 反応しないと死ぬでしょう?」
それはそうだが。
そういうことではなくて。
「よいしょ」
彼女は荷物を改めて両手で持ち、テーブルへ置いた。
「速すぎたのよ」
「……? 速いと、何か問題が?」
「日常生活において、今の速度が身近で発生することは、基本的にないでしょう? あとは自動反応ね。意識しては遅いから、感知した時にはもう躰が動くよう鍛えておく。見えてからじゃ遅いことの方が多いのが現実よ」
「戦いだと、剣を引き抜くのでは遅いうえに、さあスキルを使おうと準備をするんだ。相手にならんのは、わかるだろう?」
「ええ、少しは実感できました」
「ああそういう話。――シルレアよ」
そこでようやく、彼女も名乗った。
「さて、ドクロク。スキルを使えない連中を集めて、ある種の勢力を作ろうと思っているんだけれど、あんたもうちに来ない?」
「――、即答はできません」
「でしょうね。勢力といっても、まあ、村とか、そういう感じ。現時点で二名、私たちが育てている子がいる。もちろんスキルは使えない」
「私たちの趣味みたいなものだがな。それに――どうせ、スキルは使えなくなる」
「使えなくなる?」
「ふむ」
「ドクロク、スキルを使う時には魔力を使う。そして、あんたの中の魔術回路も流用されているの。目を閉じて、魔力の流れを感じながら、スキルを使う直前でやめなさい」
「やってみます」
言われた通り目を閉じ、まずは深呼吸。
そこから、いくつかのスキルを使おうとして、小さく言葉を口にしながら――しかし、どれもスキルが成立してしまう。
「構うなドクロク、こちらで解除しておく」
「探りを入れなさい。あなたの使うどのスキルも、すべてに、共通する部分がある。それが神の祝福なんて名で誤魔化された、鍵よ」
共通項。
同じ場所。
「違う場所を排除していけば、三つくらいのスキルを循環するだけで発見できるぞ」
言われた通り、何度も繰り返す。
――どれほどの時間が過ぎただろうか。
体感では短かったが、実際には数分のことだったので、そう長くもない。
「形になりました」
「何が見える?」
「印象……ですが、大きな木です。幹があり、枝葉が多く出ていて……ただ、枝の姿も、葉そのものも、一つの幹からの発生なのに、把握しきれないほどの種類があります」
「なるほどな」
「その樹木は、あんたの術式ね。つまり幹が回路となっていて、枝葉が構成を表現してる。――で、共通する部分が、スキルを使うための鍵よ」
「これを使って、スキルを?」
「そうよ。世界に繋いで、世界に登録されているスキルを引っ張り出す。――それが、神とか名乗る連中が、あんたに与えたものよ。実際に与えられなくても、同じものを自分で作れば、アクセスできる」
「そんな仕組みが……」
もう目を開いていいぞと言われたので、現実の視界を見ると、少し酔うような感覚があった。
イメージのようなものは消えてしまったが、しかし、それと同じものが目の前に具現していて。
「――これは」
「展開式と呼ばれる技術よ」
「術式の構成を、目で見て触れた方が、実際の構築にも改良にも、まあ研究だな、使い勝手が良いだろう? 今は、シルレアが引っ張り出しているんだが、魔力の流れを追えば、お前もすぐできるようになるだろう。もっとも、この樹木が何の役割で、どう作用しているのかを考えるのが、一番最初だがな」
「なるほど……」
「ちなみに、これはさっきも言ったよう、登録されているスキルの構成。無駄も多いし制限もある。何より、改変ができない」
「できない?」
「そうよ? だって、世界に登録してあるんだもの。これを改変できるのは、世界自身よ」
「神にも?」
「あれは管理人のようなものだ。あいつらだとて、スキルを使う側の存在でしかない」
「鍵を与えるだけ、統括しているように見せかけて、管理でさえ――スキルじゃなく、人間の管理をしていて、それを自覚的じゃない哀れな存在。つまり、話を戻すと」
「え、あ、はい……どの話でしたか」
「だからね? ――神を殺せば、スキルは使えなくなる」
今度こそ、ドクロクは絶句した。
だって。
「私たちは、やるわよ」
言葉の端にあった棘は、いつだって神という単語と共に放たれていた。
彼女たちは、神を敵視さえしている。
「あんなのは神ではない」
どうして。
何故。
ここに来てようやく、彼女たちの幼い外見を改めて認識し、ドクロクは喉を鳴らした。
「――いえ」
だからこそ、か。
「理由は問いません。そして、遅くなく、それは現実になるのでしょう」
「ほう、理解が早いな」
「理解はできてませんよ。きっとぼくも、現実になってからようやく、納得すると思います。では、スキルを使えない人たちを育てるのは、その一環なのですか?」
「そうでもないんだが……」
「少なくとも、魔術を知る者にとって、邪魔な存在ではある。それをちょっとは、あんたも感じたんじゃない?」
「そう……ですね。少なくとも、思考停止を誘発するのは、昔から疑念を抱いていました」
「シロハの街は知っているか? 街というには田舎すぎる場所だが」
「ええ、冒険者ギルドがあることが不思議な場所だと、以前に聞いたことがあります」
「その付近に、まあ村でも作ろうとは思っているが、最初はキャンプ地くらいなものだ。王宮に行って、正式に話は通す。その時に貴様も引き抜こうと思ったんだがな」
「金銭はどうするんですか? 何をするにも、資金は必要かと」
「そうね」
「ふむ、トカゲでも狩れば稼ぎになるか?」
「トカゲ――魔物ですか。解体屋から、加工屋のマージンが取られるので、大きな儲けにはならないと聞いていますが」
「なら、数が多い方が良いかもしれんな。おいシルレア、トカゲが群生している場所に当たりをつけているか?」
「人気のない高いところなんでしょうけれど、あんた、楽しんでるでしょ」
「もちろんだとも」
彼女の頷きに、シルレアはため息を一つ。
「ドクロク」
「はい」
「正しく伝えるけれど、――竜はどのくらいで取引される?」
「……は?」
「だから、竜よ」
「空飛ぶトカゲだ」
「……、……聞いたことが、ありません。いやしかし、竜の鱗や皮膚で作られた防具なども、あるにはあるのですから、取引されるのでしょうけれど……もしも、仮に一匹でも持ち込んだのなら、それこそ王宮に通達されますよ」
「それはいいな」
「貴族連合からの通達で、予約は取っているけれど、まだ先になりそうだものね。ちょっと尻を叩いてやりましょうか」
彼女たちは、簡単に言っている。
――簡単なはずがない。
いや。
待てと、ドクロクは眼鏡の位置を正し、大きく深呼吸をした。
可能とする条件は、なんだ?
「文献での話になって申し訳ないのですが――」
それだけ、竜族というのは、目にしない魔物だ。
「知能の高さは、この際、除外しても良いでしょう。竜族の側からしたら、まず第一の優位性は、位置。空の覇者とまで呼ばれる彼らは、かなりの高度を飛ぶことができます。また、その高度からの飛来や、ブレスを吐くとされています」
「ふむ」
「続けなさい」
「ぼくならまず、地面に引きずりおろすことを考えます。翼膜はそれほどの強度がなく、柔らかいはずなので、そちらを狙いましょうか。あとは、躰の鱗です。この強度がかなり高い――ですが」
そう、改めて考えてみれば。
「できるかどうかを除外してみると、この段階であとは、鱗を貫通する攻撃をしてしまえば、それほど難しくはないんですね……」
「良い兆候ね。そう、できるかどうかは問題じゃないのよ。魔術とは、世界を知る学問でもある。現実を見ろ、なんて言葉もあるけれど、あんたが言ったそれだって、充分に現実的よ? できなくても、ね」
「まあ、できるんだがな」
「できますか」
「当然だ。どれほどの高さを飛んでいても、相手も攻撃時には接近が必要だし、どれほど硬くても、世の中に加工が不可能なものは、それこそ存在しない。硬いものは割れやすく、柔らかいものは切れば良い」
「――ドクロク、
「失礼、その場合の移動時間と距離は」
「無視していいわよ。実際に私やキーメルが使う場合、二秒以下だから、大抵の人間は感知できない」
「あまり使おうとは思えんくらいに、面倒な術式だがな」
移動。
空間の移動。利点。瞬間的に、指定したポイントへ。
踏み込みの代わり? いや、戦闘には詳しくないのだから、詳しく考えなくていい。そういう素人の考えた戦闘ではなく、たぶんもっと単純で、だからこそ最大の使い方なんて言われ方をするもの。
移動する。
――自分が? それとも、何かが?
指定はなかった、じゃあ相手を移動させる? 地上へ? それも面倒そうだが、しっくりこない。
そういえば、見たことのある空間転移は、コップを手元に移動させた……。
「――っ」
まさか、まさか。
そして、ああ、まさか――。
「対処できるのですか!?」
思わず、声を張ってしまったが、二人は当然のような顔をしている。
彼女たちにとっては、当たり前なのだ。
「二秒以下で、仮に小さな石を、心臓に転移されるのを、防ぐのですね――?」
空間転移、最大の利点。
座標を体内に指定した、物体移動。
それは、
ああ、なんてことだ。
なんてことだ。
どうりで、スキルの中に、転移系のものがないわけだ――。
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