第12話 研究者ドクロク1
スキルを研究している、と言えば、それなりに尊敬されるものだが、スキルをどう習得できるかではなく、スキルとはどんなものかを研究していると口にすると、なんだそれはと言われる。
はっきり言えば、変人扱いだ。
使えるか使えないかが問題であり、スキルそのものに関して、その構造など知らなくてもいい――それが、現状だ。
王宮のお抱えとはいえ、いつ首を切られるか、わからないような立場だ。
それでもドクロクは研究をしている。
まだわからないことだらけだが、それでも、知りたいという欲求に抗えない。
――最初は、子供が迷い込んでいるのかと思った。
睡眠を終えて研究室に戻ると、朝だというのに子供がテーブルにあった書類に目を通していて、しかし、出勤の時間にはまだ早いと思いなおすが、ほかに可能性が浮かばず。
「……おはよう」
そんな当たり前の挨拶を、とりあえずしてみた。
「ええ、おはよう。座ったら?」
「……?」
少女はとても落ち着いていて、もちろんドクロクの知り合いではない。
ないが、椅子に座れば、書類を置かれ、そして。
「あなた、スキルは?」
「使えますよ。ぼくは
もしかして、スキルの習得を教わりに来たのかなと、そう思う――が、しかし。
少女は戸棚からコップを取り出し、置いた。
「水を出してくれる?」
「構いませんが……」
喉でも乾いていたのだろうか、それともスキルを見たいのか。
「フィイアの名に誓い、水を生む」
こんなのは初歩だ。しかも、ほとんど魔力を使わなくて済む。
「これでよかったですか?」
「そうね」
彼女は。
少女は、もう一つコップを取り出すと、今度は蛇口をひねって水を入れ、テーブルに置いた。
そして、言う。
「この二つに違いは?」
「……? スキルを使った水と、蛇口の水の、違いですか?」
「そう、過程が違う。だったら同じところは?」
「それは……コップに入った水、ということです」
「結果は、同じ」
何を言っているのか、この時点ではよくわからない。
「そうね、たとえば沼を作るとしましょう。状況的には、一対一で相手が接近戦を挑もうと、踏み込む瞬間に――スキルで足元に、そう、踏み込みの足の下だけ沼にしてしまえば、態勢が崩れる」
「ええ、……それが」
「これを、人の手で行った場合は?」
「足場を柔らかくするのでしょう? まず、穴を掘ります」
「範囲を指定する。それで?」
「その中に水を入れて、土を混ぜれば……」
言いながら、少女の指がグラスの
「……範囲を」
「そうね。何故?」
「水は、囲わなければ、溜まることを知らないから……」
「今言ったものを含め、この三つのものを、同じである、と定義ないし証明できる?」
「完全な証明は、おそらく不可能ですが」
「誤魔化して成立だけさせることは?」
「たぶん、できます」
「成立だけ」
指が、グラスを弾いて音を立てる。
成立だけ。
――結果は、同じ。
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「水は、水として世界に存在しているのに、いざ改めてそれを定義しようと思った時、苦労する。いわゆる世界に登録されている、番号みたいなものを抜き出すことができない以上、その性質を並べるしかない。たとえば――飲める液体」
「安全に吸収され、躰を構成する液体でもあって、流れるもので、時には降るもので、味があまりなく、透明で――」
「一つだけでは、水であることを指定できない。その特性をいくつも並べてようやく、それが水だと定義できる。あとは、そこに付加価値を与えるだけでいい。まずは囲い、たとえば混ぜるなり、射出するなり」
「――失礼、よろしいですか」
「なに?」
「一体これは、何のお話なんでしょう」
「あんたが知りたがってるスキルの中身の話」
今度こそ、ドクロクは己の躰が身震いするのを感じた。
「世界の法則を覆すことはできない。あくまでも、法則の中で――世界の目を誤魔化す理屈を成立させる。これを魔術と呼ぶ」
「――まじゅつ」
「あんたたちがスキルと呼んでいる構成は、そもそも、魔力を必要としない。それは理屈の構築だから」
「範囲指定、水の定義、利用方法……」
「構成に魔力を通して、式とする。ただしそれは精密で、厳密で、それでいて誤魔化しが入る。しかも、その構成を教えるのが難しい」
「構成とは、スキルのようなものでしょう?」
「このコップに入った水が、同じものと証明はできても、過程はそれぞれ違ったでしょう? それと同じで、人には個性がある。どういう過程を選択するのか、どう証明すべきか――理屈はともかく、今度は過程と結果が変わってくる」
「それは、走り方を教えても、全員が同じよう走れないのと同じでしょうか」
「そうよ」
「……うん? しかし、スキルは同じになるのでは」
「気持ちが悪いでしょう?」
――言われてみれば。
「なんてことだ……吐き気がしそうです」
ありえないと、否定したくなるほど、最悪だ。
同じだなんて、誰がやっても同じだなんて――個性の否定だ。
もちろん、使えるか使えないかは、あるけれど。
「具体的に教えていただけませんか」
「そうねえ……魔力が意識できるなら、自分の中に回路が存在するのを自覚できる。それを利用して、構成を組むんだけれど、視覚的に表現もできる構成は、個人差があって、同一のものがない」
「個性ですね」
「私が一番美しいと思ったのは、フラクタル図ね。私は陣に収束させてるけれど、泡のようなものが重なってる人も」
「どんな構成でも扱えるのですか?」
「なぜ?」
「スキルは、祝福をする神によって、扱えるスキルが異なるからです」
ほぼ無意識に、ドクロクは手元の紙に要点をまとめるため、走り書きをしている。
「
「属性ごとの分類ですか」
「あくまでも、一般的なものね。面白いのは、雷の属性」
「一番最後に、付け加えられていましたね。しかも雷は現象のような気がします」
「九割以上――雷の特性を持つ人間は、四大属性を扱えなくなるのよ。だから一番最後にされてる」
「なるほど、事例があれば詳しく聞きたいところですが……」
「スキルが中心である以上、魔術の話をしても通じないわよ。――そろそろ時間ね」
「……失礼ながら」
「安心なさい。今から一つ、課題を出す。わかったら、ここの宿に顔を見せなさい」
「ぜひ、お願いします」
「少し難易度が高い代わりに、わかりいやすいから、移動に関して。空間転移における理屈を考察なさい」
「空間、転移……ですか」
「そう。わかりやすく物体にしましょうか」
少し離れた場所に移動した少女は、右手を前に出し、そこにテーブルにあった水入りのコップを出現させた。
「移動系のスキルで、こんなわかりやすい転移はなかったはずだけれど」
「ええ、ありませんね……人の移動に関しても、転移というよりはむしろ、死角を利用した高速移動です」
「でしょうね。移動元を点A、移動後を点Bとする。距離は……そうね、1メートルとしましょうか。これを成立させる理屈を考えなさい」
「質問を」
「どうぞ」
「この場合、引き寄せる――で、合っていますか」
「それはどちらでも構わないわ。投げるでもいい。ただし、入れ替えでないことを前提となさい」
「わかりました」
「それともう一つ。時間に関連したものは、あまり
「距離、時間、速度の三種は大前提かと思いましたが」
「実際に構成を組む場合は前提とするけれど、まずは距離よ」
「はい」
「じゃあ――おっと、そうだった。一応、こっちはお忍びというか、こっそり入って調査してるかたちだから、口外しないように。されても問題はないけれど、ね」
「とんでもない。事情がどうであれ、教わっているのはぼくの方です」
「そう」
頷き、少女はふらりと研究室を出て行った。
そして、見送ってすぐ、そばにある紙に勢いよく今の会話を書き出す。
覚えているうちに、できるだけ正しく。
まさにそれは、ドクロクにとって、最高の出逢いだった。
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