第8話 幼馴染との会話2

 ある程度は割愛されて話された内容を聞いて、マーナは口を開いたまま固まっていた。

「それから部下が戻ってきて話を聞いたけれど、取引に出していた子――ああ、一番最初に捕まった子だけれど、相当な疲労をしていたわ。私の判断が良かったと、心底ほっとしてた」

「……えーっと」

「全員、無事だった。乱暴なことはされてなかったし、まあ、助かったわね」

「ちょっと、考える時間をちょうだい」

「どうぞ」

 リミは休息日だ、よほどのことがない限り、仕事をするつもりはない。だからこそ、愚痴を聞かずに済む時間があるのなら、のんびりと待てる。


 ――そこに。

 黒色のフォーマルスーツを着た男がやってきた。


「おや」

「あら」

 珍しいこともあるものだ。

 幼馴染が、ここで三人揃うだなんて。

「ジズエル、戻ってたのね?」

「お久しぶりです、リミ。マーナは相変わらず間抜けそうな顔ですが、元気そうですね。……時間もありますから、ご一緒しても?」

「ええ。ここのところ、二年くらいは帰省きせいもしていなかったようだけれど」

「執事姿が板についてきたね」

「ありがとうございます。ここ数年はいろいろと、新しいことがありまして」

「雰囲気がだいぶ変わったわね。――怖くなった、昔よりも」

「……そうかなあ」

「それはきっと、スキルを使わなくなったからでしょう」

 ジズエルは珈琲を頼み、席についた。

「ちょうど良かったんです。リミ、先日はうちのお嬢様が挨拶に向かったようで、大変だったでしょう」

「――」

 叫びそうになったのを堪え、しかし、我慢したらため息が出て、額に手を当てて空を見上げた。

「……育て方を間違ってるわよ」

「へ? え? ジズのとこの家の娘さん?」

「その話をしていたのですか」

「そうね。学校で騒ぎを起こした話の流れで」

「なるほど、そうでしたか。しかし、勘違いですよ、リミ。――育てられたのは、私の方です」

「あんたが?」

「ええ、いろいろと」

「スキルを使わなくなったのもね?」

「そうです。なかなか斬新な経験でしたが、いや、これがまた奥が深い。マーナも、学校での騒ぎは聞いていますし、現場にいましたが、だいぶ大変そうですね」

「うんもう、本当にね、うん、頭が痛い」

「もう一人の方の侍女が、貴族連合との繋がりがありますから、今はそちらに潜っていますが……これ以上、学校側に迷惑はかけないと思いますよ」

「や、あんな状況を作っておいて、次があるとは思えないけどね……」

「そんな度胸がある間抜けはいないだろうと、そう言ってました」

「そもそも、なんであんな騒ぎを起こしたの?」

「本人曰く、見せしめを早めに作った方が、次が発生しにくくなる――とのことです。もちろん、それ以外にも狙いはあるようですが」

「……本当に十一歳?」

「子供の中に紛れ込んだ大人ですよ、彼女たちは。しかも、多くを経験した厄介な大人です――そう考えれば、頷けますよ」

「そうね、子供は時に残酷だけれど、子供ができる発想じゃない。なんというか、筋が通っている」

「敵対を誘導している節は、ありますが」

 仕組みを理解した上で、利用しているのだ。

 思いつきの行動ではなく、それがどんな影響を与えるのか、わかってやっている。

「私としても、特に何かを聞いているわけではありませんから。リミの方も、事後に聞かされて驚きました。私の古巣だと言ったら、なんだもっと楽な方法もあったかと、笑っておられましたが」

「知っていても同じことをやるでしょうね」

「同感です。そもそもお嬢様たちは根無し草と同じですからね、権力などは通用しません。――ともすれば、国そのものを滅ぼしかねない」

 本人は面倒だからやらない、とは言っているが。

「そういえば、お嬢様が依頼をしたそうですね」

「ああ、人材の確保ね。見つけたと伝言を入れるつもりだったのよ、マーナに。どうせだから、ジズの方から伝えてちょうだい」

「わかりました」

「十二歳と、十三歳の男女。孤児で、スキルを嫌っていて、祝福なし。ほぼ初対面」

「伝えておきます」

「育成能力があるなら、うちの子も頼みたいわね」

「――それは、可能かもしれませんが、お勧めはしません」

「理由は?」

「人間の、自分の限界と呼ばれるものを、実感するところが最初だからです」

「限界って、なにそれ」

「人は、限界を超えたり、限界を迎えたり、いろいろと口にしますが、それを実際に経験した人は少ないのだと、私は痛感しました。躰が動かなくなるのが第一段階ではありません――胃の中が空っぽになるまで吐くことが、一番最初です。意識が朦朧もうろうとするのが次に来るんですが、これは準備段階。何度かブラックアウトを繰り返しても、躰は動いています。呼吸ができなくなって倒れても、水をかけられれば意識は反応して、目を覚ます――それを三度繰り返す」

「うえ……」

「それでも起きなかったら、限界ね?」

「いいえ、起きられないなら蹴飛ばされるだけです。否応なく立ち上がって、お嬢様はこう言いました。――準備運動はそろそろ終わりでいいか、と」

 ジズエルは苦笑する。

「そこから戦闘訓練が開始されましたが、いやあ、動けるものですねえ。その後、二日ほど固形物が喉を通りませんでした」

「意味があるの、それ」

「意味など求めるくらいなら、どんな意味があったのか考えろ、とのことです」

 実際に深く考えたが、正解なんてない。

「教わったのは、そんな極限状況におちいったら、まともな判断ができなくなる――それだけです。あれを思い出すと、いろいろと変えようともがきたくなりますよ」

 さてと、ジズエルは笑って話題を変えた。

「冒険者ギルドの一件は、もう聞きましたか」

「ええ、騒動があった、とだけ。シルレアという子が行ったらしいわね?」

「私も同行していたので、少し話しましょうか」

 本来ならキーメルの執事として動いているが、あの日はケッセがいなかったため、シルレアに請われたから、付き添いをした。

 思えば。

 こういう状況を想定していたのかもしれない。


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