第9話 シルレアの挨拶
どうして付き添いを頼んだのかと問えば、すぐわかると、そんな短い言葉で終わる。キーメルと違って、シルレアはあまり無駄な話をしない。
それが嫌な感じではないのは、慣れだろうか。
冒険者ギルドも、シルファの街はかなり大きい。中に入れば二十人くらいはいて、ジズエルは入り口付近に立ち止まり、成り行きに任せることにした。
シルレアはカウンターへ向かい、三つある窓口の空いているところへ。
「冒険者になりたいんだけど」
「あの……」
「年齢制限はなかったはずね?」
「そうですが」
「前例もない?」
「さすがにあなたは、若すぎると思いますよ?」
「でしょうね」
ありがとうと、そう付け加えて背中を向ける。
――あっさりし過ぎだ。
たぶん返答もわかっていて、想定していた次の手に移る。受付嬢に悪いところはない。
向かったのはテーブル席にいた、四人組の冒険者。
ジズエルは知っている。
以前、故郷の冒険者ギルドにも来ていた――。
「ハイ。確か、猫の爪とぎ、だったかしら? 久しぶりね、以前は挨拶もしなかったけれど」
幾人かが耳を傾けている。
それもそうだ、ランクAのパーティだ、相当な実力者である。
「……何の用だ」
「冒険者の資格が欲しいのよ。学校で面倒なのに絡まれて、ちょっとした騒動を起こして見せしめにはしたけれど、ガキはそれだけでおとなしくなるほど、守るものがない。資格の一つでもあれば、言い訳は立つでしょ」
「なんの言い訳だ?」
「半殺しにしても、信じなかったお前が悪い」
「……」
「はっきり言ってあげましょうか? ――錬度を見てやるから、とっとと立って訓練場へ案内しなさい」
それともここでやるのかと、その言葉が決定打。
ため息と共に、男が立ち上がった。
「悪いが、俺だけだ」
「あらそう」
立てかけていた大剣を持ち、受付に一言声をかけて、奥へ。
慌てて追いかけるほかの冒険者に紛れて、ジズエルもついて行った。
見立てはどうか。
今の自分なら、ランクAくらいは、どうとでもなると思う。ここ数年の訓練は、そう思えるだけのものだった。
――ならば。
シルレアが負けるはずもない。
じゃあどういう対応をするのだろうか。
いや、どういう結果を求めるのか、だ。
「はい、かかっておいで」
「よろしく頼む」
大きく深呼吸して、相手が構えた。両手持ち、右足を前に出して切っ先は下へ。
大人げない、と周囲は判断しただろう。
彼は本気だった。
油断もなく、まじめに相手を殺す気でかかっているのは、たぶんその場にいた誰もが理解したはず。
だって、初手は最先端、最速の突きだったからだ。
相手は子供なのだからスキルを使うまでもない――か? いや、本人はそもそも、スキルを使ったら負けるのをわかっている。
シルレアの回避方法は、一歩前へ。
ぎりぎりまで引き付けておいて、躰の半分ほど動かして喉への一撃を回避し、斜め前へ移動する。
その間に、左手が剣の側面を軽く撫でていた。
「突いたら引く」
その言葉にようやく我に返り、彼は剣を引きながらも、間合いを外すよう後退した。
「不意打ちならともかく、初手で突きは予備動作がない限り、速いだけで威力が弱いからけん制にしか使えないわよ。相手を選ばないと、それだけで致命傷になる」
まったく、同感だ。
ここ数年で、戦闘における一秒がどれほど大事かを、ジズエルは嫌というほど体感した。
「ほら、続き」
「はい」
そこからは、スキルも使った訓練になった。
第一戦神のスキルは、一撃に威力を乗せるものもあれば、速度重視での連続攻撃もあるが、せいぜいが三度まで。魔力の流れを把握していると、明らかにスキルを使うタイミングで揺れ動くため、対応がしやすいだろう。
基礎体力はあるようだが、躰の使い方が悪い。
――ちらりと、視線を投げられて、ぎくりとした。
こちらの思考を読まれている。
いや、ジズエルがよく見えていることを、確認しただけか。
十分ほどしてから、シルレアが大きく距離を取った。
「ふうん……? 奥の手をいくつか残してても、そのくらいか。ちょっとその剣、貸してくれる?」
「おう……」
疲労が見てとれる。
それもそうだ、ずっと回避し続けられたのだから、空振りによる消耗が大きいはず。
「動かないで」
大剣は、柄も合わせればシルレアの身長とそう変わらないのに、それを。
一息であった。
彼が視認できたのは、ぴたりと停止した剣だけだった。
しかも、ほぼ同時に。
突きは胸元、みぞおちのあたり。横の薙ぎは首、そして振り下ろしの頭上。
同時に、剣が出現したように見えて、それが消えるのと同時に風が周辺を動いた。
「重いわね……連撃っていうのは、こうやるのよ。スキルに頼るようじゃ遅すぎて話にならない。――これを見て、まだやるっていう間抜けは、相手をしてやるから替わりなさい」
その言葉に、反応する冒険者はいなかった。
「よろしい。じゃあ戻りなさい、これ以上はないんだから」
ひらひらとシルレアは手を振り、剣を返した。
「――あんた、ほかの冒険者と違って、スキルなしでも、そこそこやるじゃない」
「どうも。師匠がスキルを嫌っててな、教わったのはほかの部分ばかりだ。否定はしてなかったが……お前は、最初に見た時から、師匠に似てた」
「あらそう?」
「全部を全部、見透かしたような視線だ」
「それだけ自分に奥がないと思いなさい。それで? あなたの師匠は今、どこに?」
「……? ここから北に行った山奥にいるが」
「そう。それが聞けたならもう充分――ああ、人が散らないわねえ、出直すわ」
お疲れさまと、そう言ってシルレアは出て行ったが、ジズエルはすぐ追いかけない。
何故か。
関係者だとすぐわかってしまうからだ。
それに――。
「ちょっと、なにがどうなってるの?」
「ギルマス」
女性の姿を確認した彼は、肩の力が抜けたのだろう。緊張が解け、そのまま崩れ落ちるよう座り込んでしまった。
「え、大丈夫?」
「冗談じゃねえ。スキルを一度使うたび、三度は殺されてる」
「あなたの感覚を疑うわけじゃないけれど、まだ子供じゃない」
「子供? 冒険者に配慮して、俺一人を相手にすることで済ませた、あいつが? 関わるなと通達しておいた方が、お前のためだ。そうじゃなきゃ二度と、俺はここへ来ない」
「――」
「……とまでは言わないにせよ、敵対だけはするな」
忠告をしたい気持ちは、わかる。
わかるけれど。
それが、実際に対峙しないとわからないものだと、ジズエルは知っていた。
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