第7話 キーメルの挨拶2

 初動があったのは、報告と言えるほどのものではない、話の流れの中に紛れていたものだ。

「リミ様」

「ん、報告?」

「ええ、貴族連合から定期報告が。そちらの仕事は終わりそうですか」

「まあ」

 だいたい終わったところだと、秘書の言葉に頷きを返す。だが、また追加の書類があるらしい。

「そういえば、入り口でノックがあったそうですが、予約もなしだったので追い返したと」

「なにそれ」

「報告するまでもないことですが、相手が少女だったとのことで、珍しいでしょう」

 書類をデスクに置いた秘書は、飲み物の準備を始める。

 その合間の、世間話のようなものだった。


 一時間ほどしてからだ。


「リミ様、至急報告です」

 そもそも、秘書しか基本的には通していないので、顔を見せる相手は決まっているのだが、少し慌てていた。

「なに?」

「薬が行方不明です」

「落ち着いて、――もう一度」

「……はい。いつもの薬取引に向かったカーゴが、薬と一緒に消えました。戻らないのを疑問に思った同僚が向かいましたが、取引自体は終えていたのですが、本人が確認できません」

「そう」

 中身のことを考える以前に、そもそも、取引の矢面に立たせたカーゴは、支神ささえかみのスキルを使う。気配察知、広範囲探査、音消しなどなど、攻撃スキルはないにせよ、戦闘能力はあるし――何よりも。


 リミは、彼を信用していた。


「捜索に向かわせて。あまり目立たないよう、現場の周辺を中心に」

「人数はどうしますか」

「五人くらいでいい、人選は任せた」

「……何かのトラブルがあった、と?」

「その可能性は高い」

「わかりました、すぐ手配します」


 ほかに可能性はあるのか、最悪の状況はどれか。

 仕事をしながらも、そんな思考をする一時間であった。


 ――そして。


「リミ様」

「珍しいわね、三度目」

「ええ、おおよそ一時間おきに。……こちらが届きました」

「なに?」

 すでにふたがとられた箱は、見覚えがあった。テーブルに置かれると、身長的に見えないので、躰を乗り上げるようにしてのぞき込む。


 ――リミは、そのまま椅子に倒れこむよう体重を預けた。


「…………」

 額に手を当てた。

 中にあったのは、六本の指だ。おそらく小指である。

 喧嘩を売られている? だとしたら、名乗りがあっても良いはずだ。

「二時間前、お話したことを覚えていますか」

「……なんか話した?」

「ある少女が、ノックをしたという話です」

「そんな話をした気もするけれど、なんだったかしら」

「まだ幼く見える少女が、リミ様に逢いたいと入り口で言ったのですが、追い返したという話をしました」

「うん、それが?」

「今回、その箱を運んできたのは、同じ少女だったそうです」

「……」

 運ぶよう頼まれた?

 ――そうじゃなかったら?

「その少女に逢う」

「リミ様」

「運び屋なら、情報も得られるし、最悪、その少女が考えたかもしれない。その最悪を逃したくはない」

「わかりました。何人集めますか」

「一人だけ、厳選して。人数を増やしても、送られてくる指が増えるだけよ」

「わかりました」


 それから三十分後だ。

 少女がやってきたのを見て、自分の判断が間違っていなかったとリミは確信し、立ち上がって出迎え、人払いをした。

 といっても、秘書は黙って同席していたが。


「ふむ、なかなか悪くない判断だな」

 見たところ、確かに少女だ。十歳か、そのくらいだと思う。

 だが、こちらを値踏みした思考、そして態度、どれをとっても幼さを感じられない。

「リミよ」

「キーメルだ。まずは、――そうだな。一番最初に、貴様はどんな質問をする?」

「うちの人間はどうしたの」

「なるほど? 身内の状況を訊くのは、なかなか正しい判断だ。敵対したいわけではない、全員生きているし、指は模造品だ。取引の薬も、内容の検分のために一つは口にしたが、残りは無事だとも」

「そう……」

「その安心は、生きていたことか? それとも、私が敵対していなかったことか?」

 返答はしない。

 そのくらいリミは警戒していて、慎重になっている――秘書は、それが不思議だった。

 見た目では、態度の大きい子供にしか見えないのに。

「なあに、敵対していたら潰しているとも」

「でしょうね。この街は大騒ぎ、王宮から貴族連合まで真相の究明に乗り出して、こっちじゃうちの後釜を狙う抗争が始まって――あなたは一人、その騒ぎを観戦する」

「だろうな」

「方法は?」

「こんな話がある。四人一組で戦場に出ていた連中の話だ。ある夜、一人がいなくなって、朝になっても戻らなかった。どこの女とよろしくやっているんだと、野営地で過ごしていたら、昼間に一人、またいなくなる。さすがに危機感を覚えた二人は、警戒して過ごしたよ。――便所に行った一人が戻らずに、二日目を迎えたがな」

「……どうなったの?」

「残された一人は、明るくなってから捜索を開始し、吊り下げられた三つの屍体を発見したそうだ。私はこのやり方に共感する。何かをするなら、相手に気づかれない方が良い――そして、気づいた時にはすべてを終わらせているべきだ」

「でも今回は、指を送ってきた」

「敵対していないと、そう言った」

「なら目的は?」

「ん? 昨日から、こちらに来て過ごすことになったから、挨拶をしに来ただけだが」


 ――何を言っているのか、しばらく理解できなかった。


 だってそうだろう。

 この女は、入り口で逢いたいと言ったら門前払いをされたので、門を開いてやろうと、今回の騒ぎを起こしたと、そう言っているのだ。


「いい教訓になっただろう? できれば組織の中に監視人員を増やして活動させるんだな。そうでなくとも、二人一組ツーマンワンセルを徹底しろ。基本だろう」

「そうね、忠告はありがたく」

「ちなみに、相方とは言わんが、一緒に来た私の友人は今頃、冒険者ギルドでそれなりに騒ぎを起こしているだろうな」

 そこでようやく、彼女はソファに腰を下ろした。移動しようかと考えたリミは、しかし、そのままにする。


 ――近づきたくなかったからだ。


「さて、頼みがある」

 彼女は、足を組んで、腕も組んだ。

「スキルが使えず、だが、スキルを使える相手を越えたいと強く考えている子供――そうだな、十二から十五歳くらいの男女を手配してくれ」

「――何故?」

「育ててやろう、そう考えているからだ。ちなみに、私もスキルは使えん」

「え?」

「厳密には、使わん。神の祝福とやらは拒絶した。――ある意味、嫌悪なんだろうな。そう気にすることはない。スキルの有無で勝敗が決まるなどという、馬鹿げた常識を崩すのは、そう難しくはないからな」

 試してみるかと問われたが、リミはすぐ首を横に振った。

 それこそ、組織を壊滅されかねない。

「貧民街との繋がりもあるんだろう? 男女の関係についてはとやかく言わないが、親族でないのを選んでくれ。兄妹関係だと、やや面倒だ」

「――いいわよ、そのくらいなら。ただし無事に身内が帰ってからよ?」

「指を入れた箱はあるか?」

「ある」

「紙とペンを」

 状況終了、すぐ帰れ、と文字を書いた紙を、立ち上がってリミの前へ。

「お前のサインを入れろ」

「いいけれど……」

 箱の中身である指は、キーメルの手の上で紙吹雪になって分解され、代わりに紙を入れて蓋を閉じると、そのまま空間転移ステップさせた。

「出れないよう張っていた結界も解除したし、これで戻ってくる」

「――スキルは使えないんじゃないの? 今、箱を消したのも、状況から見るに転送よね?」

「スキルではない。――借り物ではなく、自分で作ったのだ。この程度、そう難しくはない。貴様らのよう、スキルだから、などと思考停止をしてないだけだ」

「思考停止……?」

「スキルを研究している人間はいても、どう取得するか、だろう? そうではなく、スキルの中身、仕組み、そういったものに手を伸ばすべきだと言っている」

「ああ、確か王宮の研究者に、その手の研究をしているのがいたわね」

「ほう、どうせ異端扱いだろうな。それは面白い情報だ、覚えておこう」

「異端なのは、成果が出ないからでしょう?」

「違うな。自分とは違う、それが九人揃えば、残った一人が弾かれるだけだ。たとえそれが正解であってもな」

「それが正解だと、判断できないでしょう?」

「だったらそれは、揃った九人もまた、正解だとは判断できん」

 多人数が良いとは限らんからなと、彼女は立ち上がった。

「私も友人も、しばらくは学校だ。連絡を取るなら、そちらを経由するのが一番早いだろう」

「その友人の名前は?」

「シルレア」

「そう――忘れられそうにないわね」

「……ふむ」

 そのまま帰ろうとしたキーメルは、彼女を見て。

「このままでは脅しただけになりそうだな。貴様は賢い――が、この秘書はあまり現実が見えていないようだ」

「だから秘書ができるの」

「そんなものか。一つ、悪い情報を教えておこう」

「あなたの存在以上に?」

「ははは、面白いことを言うんだな、そんなことは知らん。そう遠くない未来の話だが、戦神いくさかみの系統のスキルは使えなくなる」

「どっちの?」

「第二戦神も含めてだ」

「……大騒ぎになる。特にこの街は戦神の祝福を強く受けているし、戦闘ができなくなると――そういう事態にもなりうるじゃない」

「どれだけ頼っていたか、自分で考えていなかったか、その時に痛感するだろうな」

「どうして、そう言い切れるの?」

 キーメルは小さく、肩を竦めた。

「私たちが殺すからだが」


 今度こそ、本気で何を言っているのか、わからなかった。


「もう一度」

「私が、二人を殺すと言っている。祝福を与えようとした生活神せいかつかみフィイアは、何もできない間抜けだったが、殺してはいないぞ? ――まだ、な。こちらにも順序というものがある」

「正気?」

「ははは、やはり、その反応が貴様らの正解なんだろうな。そう遅くはないぞ、リミ。その時が来て後悔しろ」

 それ以上の問答はなく。

 神殺しの言葉を信じきれないまま、ファーストコンタクトは終了した。


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