第2話 二年という歳月

 冒険者というのは、多くの人間が通る道だ。特に戦闘スキルを所持する者ならば、一部王城へ騎士として士官する人間を除き、長く続けるかどうかはともかく、一度は登録をする。

 いつからか、彼女たちは来るようになった。

 最初はお目付け役と思われる侍女と執事を連れていたが、毎日のように顔を見せるにつれて、お目付け役がいない時もある。


 何をしているのか。


 ギルドの奥にある訓練場の壁際に立って、数時間ほど訓練の様子を見ているだけだ。


 一年が経過しても、その姿は変わらなかった。


 冒険者たちも慣れたのか、子供二人に声をかけるが、受付で軽く飲み物でもと誘っても、ほとんど乗らず、何をしているのかわからない様子である。


 ただ、一年を通して三組ほど訪れたランクA冒険者だけは、彼女たちの姿を見てぴたりと足を止め、考え、訓練をしながらも彼女たちの観察をしていた。


 そして、観察されていることに自覚的な彼女たちの態度に、関わるのを避けた。


 彼女たちは、あまり会話をしない。


「どうだ?」

「容量不足」

「だろうな」


 などと、よくわからない言葉だけで完結して、続いていない。ただお互いに理解はしているようだ。



 ――そして、彼女たちは八歳になった。



「限界だな」

 キーメルの一言で、状況は決まる。

「どうだシルレア」

「あんたにその名で呼ばれると気持ち悪いんだけど」

「慣れろ」

「そうね、キーメル」

「…………」

「なによ」

「貴様にその名で呼ばれると気持ち悪いな!」

「慣れなさい」

 仲は良いようだ。

「呼んできてくれ」

「はいはい」

 シルレアが表で談笑しているだろう執事と侍女を呼びに行き、キーメルは前へ。


 数人の冒険者たちが、ざわついた。


 訓練場とは、自己鍛錬よりもむしろ、上級者から訓練を受けられる場としての利用が多く、つまり何日も通う者が多いし、そうなると必然的に街へ長く留まることとなる。

 不動の観戦者。

 それが彼女たちについた通称なのに――。


「さて、誰か相手をしてもらおう。なあに、いつも執事を相手にしてはいるが、身が持たないなどと弱音を吐くからな、あいつは」

「お嬢さん」

「うむ、初手は貴様だ。引退して後進の育成だろう? 私のような間抜けを真っ先に叩くのが役割だ。――かかってこい」

「……冗談か?」

「ははは、予想通りの展開で助かるとも」

 自然な足取りで近づき、ぽんと、腹部に手を当てれば、彼は五メートルほど吹き飛んで、尻もちをついた。

 力を通さず、ただ押しただけ。痛みもそれほどないだろう。

「おい、そこのお前たち、接近戦希望なんだろう? かかって来い、準備運動くらいしたいからな。それとも何か、こんなガキを相手に挑むこともできん腑抜けか?」


 そこから始まったのは、戦闘ではない。

 ただ一方的な攻撃を、途中からはスキルも混じったが、彼女は回避するだけだ。


 しばらくして、シルレアが戻ってきた。

 侍女と執事、それからギルドマスターを連れて。


「おお、戻ったかシルレア。準備運動中だがどうだ、混ざるか?」

「冗談でしょ」

「ふむ」

 腕を組み、シルレアは壁に背中を預けた。

「……あくびでもしそうな顔ですね、お嬢様」

「ん? そりゃそうでしょ。ケッセはあれを見て、そう思わないの?」

「思いません。――少なくとも私にはできませんから。ジズはどうです」

「相手が六人ですから、回避だけでは限界があります」

「回避、だけ? あんたたちの目は節穴? 相手の攻撃を誘導するのよ、初歩でしょ。相手の踏み込みに合わせ、他人の攻撃のタイミングずらし、総合的に当たらない場所を作り出す――ただの準備運動よ」

「お嬢様は参加されないのですか」

「本気になったら止めるわよ」

「おい、おい嬢ちゃん、だったらすぐ止めてやれよ。ロートルが本気になっちまう」

「ギルドマスターって、間抜けでもできる職業なの?」

 シルレアはため息を落とす。

「キーメルが本気になったら、止められるのは私だけ。そうはならないとは思うけど、念のためよ。あの教官役ていどじゃ、通用しない」

 初めて、まともに会話をしたと思う。

 だがその言葉に、見栄や嘘は感じなかった。


 ――猫の爪とぎ、というパーティがある。

 以前、こちらに顔を出したランクA冒険者だ。


「……どうした?」

 事務的なやり取りをしたあと、顔を見せたパーティのうち二人は、退室しようとして、ぴたりと足を止めてから、振り向いた。

 何か言い忘れたこともあったのかと、考え直したのだが。

「俺とこいつには、師匠がいる」

「うん?」

「七十も近いんだが、化け物みたいな強さでな。俺たちがパーティを組んで戦っても、間違いなく、確実に、負ける。これは殺されるって意味じゃない、負けるってことだ。わかるだろ?」

「そりゃあ、負けさせるだけの実力ってのは、殺すよりも上だってのはわかるが、それがどうかしたのか?」

「子供が二人、見学に来てただろ」

「え、あ、ああ、街に住んでる子だ」

「――アレは、師匠と同じだ」

「……――は? どういうことだ?」

「わからないなら、それでいい。いいが、俺たちは関わらないし、あいつらのいる前で戦闘はしない。ただそれだけだ」


 その会話を今、思い出した。

 ――そして、遅かったのだろう。


 キーメルが。

「よし、そろそろ攻撃するぞ」

 そう言って攻撃に転じれば、三分も持たない。


 三分だぞ? ありえるか?

 二十歳を越えた冒険者、十数人が?


「大きな怪我はないと思うが、確認はしておいてくれ、ギルドマスター」

「お、おう……?」

「次はないから安心しろ」

 そして、彼らは訓練場を出て、ギルドの外へ。

「シルレア、どうだ」

「一割は」

「ほう! ――ならば充分に価値がある。ジズエル、帰ったら父上に連絡を入れておいてくれ。祝福を受ける気になった、と」

「ケッセ、私も同じことを。ただし、二人一緒にと付け加えておいて」

「よろしいのですか? シルレア様はまだ一年、お嬢様もまだ引き延ばせるかと思いますが」

「これ以上は後に引けなくなるのよ」

「上手く事が運ぶかどうかはわからんが、いずれにせよ、私もこいつも、祝福は与えられない。それも伝えて構わないぞ」

「――わかりました、準備を整えておきます」

 さあて、準備は整った。

 殴り込みを始めよう。


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