狐と蛇と氷の大陸

雨天紅雨

転生が気に入らないので十二神を殺します

第1話 彼女たちの誕生


 ――クソッタレが。


 彼女たちの自意識が繋がったのは、まだ一歳と少しの頃、おそらくほぼ同時に気づきを得た二人は、同じように吐き捨てた。


 老衰だった。


 お互いに立場は違ったし、同じ老衰である、などとは言えないが、彼女たちは後悔もしたし、やり残しもあったけれど、――満足して死んだ。


 死んだのだ。

 終わりを迎えたことに間違いはない。

 あってなるものか。


 ――それがどうだ。

 二度目の人生だと?

 はっきり言って、


 クソッタレだ。


 怒りはごもっともだが、諦めも早い。いや、諦めというより、現実を飲み込み、第二の人生を歩まなくてはならないわけだ。


 ――お互いを認識したのは、三歳の時だ。


 驚きによって硬直したのを、お互いの母親には気付かれなかったと思う。それもそうだ、三歳児がまさか、そんな反応をするはずがないし、二人もすぐ我に返った。


 ただ、会話の合間に、彼女は視線を投げて。

 相手は首を横に振った。


 心当たりはなし、だ。


 家が隣同士らしく、それなりに顔を合わせたが、お互いに詳しい話は避け、年齢相応の態度を見せていた。

 ――と、思うが、たぶん相応ではなかっただろう。あえてお互いに関心を持たず、かといって険悪ではないラインでの関係を持ちつつも、やることといえば読書だ。

 お互いの家の書庫で、情報集めである。


 この世界では、スキルを取得することが主流らしい。

 教会で祝福を得ることで個性が生まれ、祝福を与えた神によって、覚えられるスキルが変わる。

「どう見る」

「クソッタレね」

 そんな短い言葉を交わす。いや、聞くまでもないことだ――そんな仕組みに依存することを、彼女たちは否定する。

 拒絶する。


 だから。


 六歳になって、教会の祝福を得られる段階になって、彼女は、こちらの名をキーメルという彼女は。


「行きたくない」


 やや大きめのテーブルでの朝食は、もう慣れたものだ。それなりに名家らしく、いわゆる屋敷と呼ばれる広さの自宅からも想像できるが、どの程度の影響力があるのかはまだ詳しく知らないし、調べようとも思っていない。

 ただ、怖い両親ではなかった――はは、いや、笑い話だ。

 以前の彼女にとって、怖い相手など、そういなかったのだから。

「十四歳で、学校だから、あと二年、考えたい」

 演じるのは苦手だから、できるだけ端的な言葉を繋げるように話す。もちろん、それ以外の話し方ができるのを、両親は知っているが、親に対してはいつもそうしていた。

「なにを考えるんだ?」

「いろいろ。だから、冒険者ギルドを、見学もしたい」

「ふむ……早い方が良いとも思うが、お前の人生だ。二年くらいならいいだろう。もし行きたくなったら、いつでも言いなさい」

「わかった。ありがとう、父さん」


 さすがに現状ではまだ早すぎる。

 連中を敵に回すには、せめて、あと二年くらいは成長が必要だ。


 キーメルのそばには、執事が一人ついているのが日常だ。彼女も気を許しているので、両親よりも本来の彼女として接している。

 さすがに前世の記憶なんてものがある、などとは思われてはいないが、怪しんではいるだろう。

「お嬢様」

「ジズエル、運動部屋へ行こう」

「はい。しかし、質問をさせてください。どうして教会へ行きたくないのですか?」

「うん、それはなジズエル」

 屋敷の管理をしている侍女とすれ違うが、こちらのことはあまり気にしない。父親は執務室で仕事だし、母親は出張している最中だ。あまり気遣うこともないのは楽である。

 秘密の多い生き方は面倒だが、仕方がない。

「祝福を受けられないなら、私はきっと喜ぶだろう。あるいは安心するかもしれない。だがな、まかり間違って祝福が、今の私では少し届かん」

「……? 祝福があることは、喜ばしいのでは?」

「人生を枠組みによって規定されることに、何を喜ぶ?」

「しかし、そのままではスキルが得られません」

「そこだ、ジズエル」

 屋内の運動部屋はそれなりに広いが、まだキーメルが小さいからそう見えるわけではない。わざわざ足元を地面にしているあたり、父親の性格がうかがえる。

「お前は私の護衛としての立場もあるし、ここの侍女たちもウエストを気にして運動しているだろう?」

「お嬢様、そういう言い方はどこで習いましたか……?」

「本を読んでいるからな」

 言い訳はだいたい、これだ。

「お前が両親に報告していることも知っている。その上で、ジズエル。私の背後を取ってみろ」

「スキルを使って――というお話ですか?」

「それしかできんだろう」

「なるほど」

 そう頷いたタイミングだった。

 暗殺系のスキルである背後取りを発動したのは、完全に不意を衝いたとジズエルは思ったし、そうでなくとも背後を取れる自信はある。

 何しろ、かつてはそういう仕事もしていたから。


 ――しかし、肩に置こうとした手が空を切った。


 背後を取ったのなら、目の前にいるはずなのに、いなかったからだ。


 代わりに、尻のあたりを軽く叩かれた。


「――、……お嬢様?」

「ほれみろ、スキルに頼るからそういうことになる」

 振り返れば、間違いなくそこにキーメルはいた。

 子供らしくないが、ジズエルがよく見る、腕を組んだ姿だ。

「第二戦神いくさかみディージーマの祝福か」

「何故、それを?」

「基本的には護衛など、対人守護をメインにしたスキルだろう? それを攻撃用に転用もされているが――スキルを見るまでもない。特にお前のよう長く生きてスキルに親しんだ人間は、物体の捉え方などで察することができる」

「――」

「と、本に書いてあったぞ」

 誤魔化しにもなっていないと笑いながら、彼女は続ける。

「そう難しいことではない」

「確認ですが、お嬢様はスキルを使っては、いないのですね?」

「当然だ。実際にお前が今まで体験してきた対処法の、どれにも該当しないだろう」

「ええ、何しろこれは背後を取るためのスキルですから」

「どうやっているか、お前には説明できないだろうな」

「どう――ですか」

「そうだ、私にはそれ以上に重要なことはない。たとえば、最短距離を移動しつつも死角を利用した場合、一度視線を切って足元から伸びあがるよう横を通り過ぎるのが主流だな。それとも、空間転移ステップを――いや、忘れろ。まあ瞬間的に出現するのか」

「……少なくとも、目で捉えることはできないはずですが」

「ふむ、だったら見る必要もないな。見えないのだから」

「お嬢様」

「はぐらかしているわけではない。はっきり言って、私もあいつも、スキルに関しては隙だらけで有用性がないと、そう決めつけている節があるからな。さて、スキルの発動だが、どの時点で決まるかわかるか?」

「それは……私が使おうと思った瞬間ですか?」

「いいぞジズエル、子供の言うことに正面から対応するお前には好感が持てる。だがその返答は不正解だ。当たり前のことだが、決まるのは使った瞬間だ」

「なるほど」

「では、使った瞬間に私の背後、つまりそのポイントへ移動が開始される。発動から実行までコンマ七秒ほどだ。距離に応じた移動時間も計算すれば、ゆうに一秒はある。さらに言えば、その一秒という間、お前自身の視界も消えるわけだ」

「……つまり、お嬢様はその時間で、たった一歩だけ後ろに下がれば?」

「そういうことだ。簡単だろう?」

「簡単ではありませんよ……」

 そうだ、簡単ではない。

 何故ならば、どんなスキルを使うのか、あるいは使ったのか、その判断でさえ時間内にやらなくては、この状況は現実にならない。

「こんな攻略をされたのは初めてです。力でねじ伏せられたことはありましたが……」

「力か。……しばらくは運動しつつ、躰の成長を促そうとは思っているが――どうだジズエル、今の私の一撃を食らってみるか」

「……お嬢様?」

「なに、殴るのは腹部にしておこう。正面から、なんなら助走はなしでいい。今の私の全力――ああいや、この言い方も良くない」

 正しくは。

「この躰に無理のない範囲での、一撃だ」

 無理をすれば引き上げることもできるが、これからの身体的成長を考慮するのなら、避けるべきだ。

 それでもやるべき場面でもなし。

「お前としても、今の私を把握しておいて損はないだろう?」

「――そこまでおっしゃるのなら」

「ふむ、しばらく流動食にならんようにな」

 脅しではないだろうとは思ったが、それでも。


 それでも、相手はまだ、六歳の少女なのだ。


「スキルは使わないでおきましょう」

「なんだ、そんなプライドがあったのか」

「防御スキルで手を痛める心配もありますので」

「それもそうか。では拳で殴るのはやめておこう」


 軽く右手を前へ出す距離は、とても近い。それもそうだ、まだまだ小柄なのだ。


「腹だと少し上か、いいな?」

「いつでも」


 右足を前へ出し、右腕を伸ばした姿勢から、ゆっくりと手を引き、彼女は右足を軽く上げてから、叩きつけることで踏み込みとした。

 体重を乗せるのも当然だが、あまりにも己は軽すぎる。

 放たれたてのひらは、右足の踏み込みは当然のこと、後ろになっている左足で地面を蹴る力を上乗せし、それらを膝、腰、肩などの関節で増幅させ、ジズエルの腹部へと当たる。


 衝撃がトオった。


「ふむ、基本的な動きは問題なさそうだが、やはり馴染ませるには時間も必要だな」

「――」

 ジズエルは一歩も動かず、膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れた。受け身も取れない。

 ちなみに彼は、三日ほどまともに食事ができなくなった。



 ――さて、隣の屋敷では。



 シルレアの行動といえば、大半の時間を書庫で過ごしているため、見当たらなければそこへ行けば、だいたい発見できる。

 それなりの名家らしいのは、蔵書の数でわかったし、彼女にとっては好都合だった。

「お嬢様」

 お付きの侍女がやってくる。ちらりと視線だけ向けるが、読書を続行した。

 侍女のケッセは、その状態でも会話ができるのを知っている。

「教会で祝福を受けるのを、断ったようですね」

「ええ」

「三年でしたか」

「……その様子だと、隣のあいつは二年かしら?」

「おや」

「私は五年を提示して、三年で落とした。あいつは二年を切り出して、――その二年間で納得できる材料をそろえる」

「話をしている様子はなかったと思いますが」

「私とあいつはね、やり方は違うし、性格も違うけど、向かってる先がだいたい同じだから、結果的に行動が重なるのよ」

「てっきりお嬢様は、運動不足の言い訳に、冒険者ギルドへ行く許可を得たのかと」

「あっちは単なる視察よ。極力、手出しはせず、ただ見ているだけ――で、キーメルも同じ判断をした」

「嬉しそうではないですね?」

「複雑な心境ってやつよ」

「――ふふ、相変わらず子供らしくない言い方ですね」

「秘密を守るのに必要なことは、ある程度話せる相手を傍におくことよ。一人で抱え込んでも、どうせすぐ破綻する」

「しかし、奥様にも旦那様にも報告していますよ?」

「報告? ?」

 こういう言い方が、本当に子供らしくない。

 全部を報告できないと、わかっていて言葉を選んでいるのだ。

「お嬢様は何故、まだ早いという判断を?」

「神の祝福なんてクソッタレなものを、拒絶する方法と、拒絶をした先のことを考えた結果よ」

「――拒絶、ですか」

「今のケッセにはまだ早い、二年か三年後に話してあげる」

「……はあ、どうも」

 たぶんそれはこちらの台詞なのだが、こう言われると何故か説得力がある。

「そういえば、ジズエルが三日ほど流動食だったそうで」

「あら、あなたも望むならやってあげるけれど?」

「いえ結構です。……できるのですか」

「私の方があいつより加減は上手いわよ」

「想像できませんね。いえ、やりはしませんが」

「あ、そう」

 今のシルレアにとっては、どうでもいい話だ。


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