第5話 ロリとロリコン、襲われる

「ふぅ……なんとか着いたな」

「こ、ここがお師様のおうち……! 斯様かような御立派なおうちとは思いませんでした!」


 白塗りの壁に瓦塀。入り口の格子戸からは松や金木犀きんもくせいが植わった庭が見えた。


 その奥に覗くのはこれまたしっかりした瓦の日本家屋で、屋根付きの縁側で繋がった離れや、金属製の扉がついた土蔵もある。


 まめの言う通り、立派な邸宅だった。


 紺としては見慣れた我が家だが、目の前ではしゃぐまめを見れば、この家に住んでいて良かった、とも思う。


「まぁ、一応は古くから伝わる退魔の名家だからな。そういえば、まめはどんなことができるようになりたいんだ?」


 門扉の前で訊ねると、まめが身振り手振りを交えて答えた。


「こう、なんていうか、シュバッてして、ビュッ、みたいな……」


 擬音系でまったく伝わってこない説明だが、そんなことはまったく問題にならない。

 可愛いは正義なのだ。


 ——生まれて来てくれてありがとう……!


 紺は心の中で拝みながらも何とかポーカーフェイスを保つ。

 師匠としての威厳である。そもそも手を出すのが最終目標な時点で威厳もへったくれもないのだが。


「うんうん。そうだね。ちなみにやりたいこととかは?」

「も、もし可能なら、なんですが……その……呪いを解いたり、とか……」

「解呪か。まぁできないことはないな」

「本当でござりますか!?」


 頷いた紺は懐から呪符を取り出す。


「色々出来るが、路里みちざとは道教の流れをんだ符術ふじゅつがメインの術式だ。書くときに呪力を使う代わりに、起動時の呪力はかなり少ないのも利点だな」

「呪力……小生らが操る妖力とは何が違うのですか?」

「宗派によって呪力、魔力、妖力なんて呼び方をしてるだけで、基本的には同じものだ」

「そうなのですね! さすが、お師様は物知りです!」


 分かりやすいヨイショだが、幼女から尊敬の視線を向けられるのは悪い気分ではない。


「ちなみに退魔師ってのも総称で、こっちも所属とか宗派で陰陽師やら祓魔師、悪魔祓いなんて呼ばれたりする。在野の奴らは超能力者とか霊能力者とかもう好き勝手名乗ったりしてる」

「ふむ……そういうのは山師さぎしたぐいかと思っていましたが、ホンモノも混じっているのですね」

「山師は分かるのか……何かずいぶん知識に偏りがあるな。もしかして人里で暮らしてた経験とか――」

「お、お師様! 小生はお師様の呪符に興味があります!」

「おお、そうかそうか」


 ロリコンはロリにチョロい。

 明確に話をらされるも、紺は1ミリも気にしていなかった。

 むしろ幼女が自分に興味を持ってくれていることに喜んでいるまであった。


「作れるようになると便利だぞ。特殊な紙に特殊なインクを使って、先に術式を書いておけば、短時間で強力な術式を使い放題だからな」

「つ、使い放題……!」

「まぁインクとか紙を用意するのが難しいんだけどな」

「? どこかで売ってないのですか?」

「安いのなら協会でも買えるが、高いのは自分でくるしかないな」


 まめが首をかしげて呪符を見つめたので補足する。


「基本的に生物由来の素材だからな。安いもので動物の皮や体液。上位のものならば怪異の皮をいだり血や脳漿のうしょうから作ったりする――どうした?」


 歩くのをやめて彫像のように固まったまめに、紺が首をかしげる。

 視線が合うと同時にまめは弾かれたようにジャンピング土下座を敢行かんこうした。


「ど、どうか命だけはぁぁぁぁ! 小生は豆狸まめだぬきでございまするーっ! 毛皮も血もぜんぜん価値なんてありませぬぅぅぅ!」

「落ち着け。そんなことしないから」

「はっ!? まさか先ほどの天丼は最期の晩餐ばんさん……!? 油モノを取らせることで小生の毛艶けづやを良くする罠だったのですか!?」

「だから落ち着けって。俺は腐っても特級退魔師だぞ? 罠なんぞなくてもやる気ならいつでもやれるっての」

「ぴぃぃぃぃっ!? 命だけはぁぁぁぁぁ!?」


 半ばパニックを起こしたまめが、涙と鼻水とよだれを垂らしながら紺にしがみつく。

 だらしなく頬を緩めた紺がまめを撫でながら抱き寄せるが、


 ——結果として、それがまめの命を救った。


 遥か上空から甲冑と戦鎌サイスで武装した影がのだ。


 死神が持っていそうなサイズの戦鎌は先ほどまでまめが立っていた場所を通り抜け、そのままアスファルトに深々と突き刺さっていた。


 白亜の武装に対し、肌は塗りこめたような闇色。

 さらには目があるはずの場所は赤みがかった光を放っていた。


「ぴゃぁぁぁぁぁぁっ!? 小生なんて食べても美味しくありませぬっ! それよりもこっちのニンゲンの方がずっと呪力も大きいですし美味しそ――」


 紺を差し出そうとするまめを小脇に抱え、紺は大きく飛び退いた。

 位置関係の問題で、路里家の邸宅入口からは離れる形となる。


「……式神、それもかなり特殊な術式だな……」


 一瞬で襲撃者の正体を見抜いた紺が空いた片手でポケットを探る。紙質や並び、端の触り心地など多数の目印を元に狙った呪符を取り出す。

 式神は即座に追いかけて戦鎌を振りかぶるが、紺の方が早かった。


「路里流符術——妖除守護結界ようじょしゅごけっかい!」


 呪符が光を放ち、戦鎌と紺たちとの間に半透明の結界が出来る。

 ハニカム構造になったそれは戦鎌の尖端を受け止めて火花を散らしていたが、裂けることも割れることもなかった。


「ソノ妖怪ヲ……寄コセ」


 黒い影がノイズのような声を発した。

 年齢も性別も分からない、ざらざらとした声だ。


「声に認識阻害系の術式……ってことは式神の声じゃなくて、術者の声か。遠隔で声を届けてるのか? 聞こえているなら交渉がしたい」

「お師様っ!? 小生を売らないでくだされぇぇぇ!」

「対話カ。何ヲ望ム?」

「……驚いたな。本当に話せるのか。お前は誰だ? 何故この子を狙う」

「交渉以外ハ受ケ付ケナイ。ソノ妖怪ヲ寄コセ」

「残念ながら、そんな選択肢は存在しない」

「お師様っ! 小生は信じておりましたぞぉぉぉぉ!」


 戦鎌を振るう式神に対し、紺は次々に呪符を繰り出して対応していた。


 ——まずいな。


 退魔師としていつでも呪符を持ち歩いている紺だが、戦闘を想定していたわけではない。手元には上位術式が描き込まれた呪符もなければ、そもそもの枚数も少なめだった。


 さらには、まめを抱えたままなので取り出せる呪符も限られていた。 


 対する式神は紺の攻撃を何度か受けたものの、ダメージを受けた様子はない。

 本体はおろか、武具にすら傷がついていななかった。


 ——武具にも何か術式加工さいくがしてあるな。


 このままではじり貧であることを理解した紺が打開のための呪符を放つ。


「路里流符術——鶴兵多天獄つるぺたてんごく!」


 現れたのは呪力で構成された鶴だ。上空に舞い上がった鶴は鋭い嘴を構えて滑空する。


「……?」


 だが、鶴の向かった先はそもそも敵対する式神ではなかった。

 路里家である。


 鶴の嘴が、空中のにぶつかる。

 ガラスが破砕するような音とともに敷地を覆っていた結界が砕ける。


 同時、みひとつなかったはずの白塀に、等間隔に貼られた呪符が浮かび上がる。

 術式が描き込まれていた呪符を中心にして、白塀の部材が人の形を作りだしていく。


 現れたのはずんぐりとした肢体にのっぺりとした顔の白い土人形だ。


 それも一体や二体ではなかった。広い敷地を覆う白塀の一面。その全てが土人形へと転じたのだ。


「貴様ッ、何ヲシタッ!?」

「我が家の防犯機能だよ――いけ、塀魔駆衆べいまっくす!」


 戦鎌が土人形を切り裂くが、すぐにと傷口が埋まっていく。痛みを感じず、傷も勝手になおる土人形の群れが式神を取り囲んでいく。


 自身の損耗を無視して、そのまま圧殺するつもりなのだ。


「クゥッ!?」

「潔く投降するなら命までは取らないでおいてやるぞ」

「お師様、お師様! まるで悪役のような台詞です! かっこいいです!」


 手を出す必要すらなくなった紺とまめを尻目に、式神は戦鎌を両手持ちに切り替え、片脚を軸に思い切り回転した。遠心力を使った一撃が土人形の胴体を切り裂き、上下に割断する。


 すぐに再生が始まる土人形たちだが、式神は一瞬の隙を突いて抜け出していた。

 土人形たちを足場にして跳んだのだ。


「……コノ借リハ、必ズ返スゾ」

「利子は十日で一割トイチだぞ」


 捨て台詞を放った式神は踵を返して逃げ出した。


「助かった、か」

「ざまーみろなのです! 見ましたかお師様! 最後に小生が睨んだのがよほど怖かったのか逃げ出しました!」

「追っ払った俺を相手にそこまでドヤれるのすごいな」

「えへへ……それほどでもぉ……!」


 土人形が塀に戻っていく中、小脇に抱えられてぷらんとしたままのまめがイキり始める。


 褒めてない。

 褒めてないが、はにかむ幼女を前に紺は突っ込むのをやめた。

 ロリの笑顔の前では全てが野暮なのだ。


 とはいえ。


「……とりあえず家に入るか。落ち着いたら、事情を聞かせてもらうからな」

「あっ」


 先ほどまでのイキりが嘘のようにまめはうなだれた。

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